『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.4

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『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』解読・翻訳シリーズ第4回のアイキャッチ画像。ウェイト=スミスタロットを徹底追究し、表面的な解釈を超え、より魅力的なタロットの世界へ!!

こんにちは。

前回は、『ろくに根拠もないのに勝手な推測や憶測だけで判断をするんじゃない!!それが一体どのような影響をもたらすのかわかっているのか!?』というような一文でした。

こちらは個人的な解釈を多く含み、かなりコンパクトに要約したものになります。

より正確な理解のために、ぜひ前回の記事もご覧いただければと思います。

きっと、このようなことも、ウェイト=スミスタロットを理解するにあたってとても大事なことなのだとは思うのですが、新しい章に切り替わり、なんとなく「リーディングの話が始まるんだ~♪」なんてわくわくしていたものですから、「あと、どんだけこんな話が続くんだろう。。。」という思いがあるのも正直な気持ちです。

まだ、しばらく続きそうな気配がありますが。。。

ですが、そうは言っても〝やめる〟という選択肢はありません。

当然、今回もひたすら前進あるのみなんですが、果たして今回はどんな内容でしょうか。

楽しみです!!

では早速、本題に入りましょう。

今回の一文 オカルトの基準とは?独自の『証拠の規範』を徹底追究

今回の一文です。

Now, occultism is not like mystic faculty, and it very seldom works in harmony either with business apti-tude in the things of ordinary life or with a knowledge of the canons of evidence in its own sphere.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

このくらいの長さだと「ふっ」と安心できますね。

いつも通り区切りの良さそうなところ、3つに分けていきます。

〝Now, occultism is not like mystic faculty,〟

〝and it very seldom works in harmony either with business apti-tude in the things of ordinary life〟

〝or with a knowledge of the canons of evidence in its own sphere.〟

apti-tude〟は本書の中で改行時に用いられるハイフンをそのまま引用しているだけで間違いではありません。

では、今回もよろしくお願いいたします。

オカルトとは力ではなく知識—その違いを整理する

では、まずNow, occultism is not like mystic faculty,から見ていきたいと思います。

それぞれの単語の意味を少し細かく見ていきましょう。

〝now〟「さ~て」みたいな感じですね。

何故「今」という意味の〝now〟「さて」になるのか、よくわかりませんが、ですがもうこういうものなんですよね。

以前にもお伝えしたのですが、アメリカ大統領の演説や、英語圏のミュージシャンのMCとか、そういったものを見ていると、割と話し始めに「Now、、、」と言っています。

恐らく、私たちで言うところの「えーと」とか「では、、、」とか、そんなようなものだと思います。

そして〝occultism〟ですが、こちらは「秘教的な学問」ということですね。

続いて〝not like〟とありまして、こちらは「似ていない」というような意味になります。

何に似ていないのか?

それが〝mystic faculty〟で、こちらは「神秘的な能力」というような意味になるそうです。

〝mystic〟には「神秘的な」という意味があり、〝faculty〟には「能力/才能/機能」というような意味があって、「何かを成し遂げる」といったようなニュアンスがあるそうです。

ですので、、、

〝Now, occultism is not like mystic faculty,〟

さて、オカルトは神秘的な能力とは似ていない。

直訳すると、このような形になるかと思います。

でも、、、なんですがね?

このまま「オカルトは神秘的な能力とは似ていない。」と終わらせてしまってもいいのですが、事実「神秘的な能力って何?それどういうこと?」とは思いませんでしょうか。。。

みなさん、改めて聞かれたら答えられますか?

ということで、私なりにですが、ここで敢えてしつこく、そして少し細かく『Occultism(オカルト)とMystic faculty(神秘的な能力)の違い』について調べたいと思います。

OccultismとMystic facultyの違い

1.【定義の違い】
Occultism:秘教的知識
→ 隠された知識や象徴を探求する体系
錬金術や占星術、カバラなど、特定の象徴や儀式を通じて世界の仕組みを理解しようとするもの。
Mystic faculty:神秘的能力
→ 直感的な洞察や精神的な覚醒に関わる能力
生まれ持った才能や、神秘的な体験を通じて得られる知覚のこと。

2.【アプローチの違い】
Occultism
→ 学習・研究を通じて知識を深める
象徴や儀式を体系的に理解し、秘教的な知識を探求する。
Mystic faculty
→ 先天的な才能や直感に依存
訓練や学習ではなく、個人の霊的な資質に基づく。

3.【目的の違い】
Occultism
→ 知識の探求と体系化
世界の隠された法則を理解し、象徴を通じて知識を得る。
Mystic faculty
→ 精神的な覚醒や直感的な理解
神秘的な体験を通じて、より深い洞察を得る。

4.【歴史的な視点】
・Occultismは、錬金術や占星術などの形で長い歴史を持ち、体系的な知識として発展してきた。
・Mystic facultyは、宗教的な神秘体験や啓示の中で語られることが多く、個人の霊的な資質に依存する。

【結論】
〝Occultism〟は「知識の体系」であり〝Mystic faculty〟は「個人の霊的な才能」という違いがあると言えます。

100%の正解とは言えませんが、割とネットで見られる一般論として有用そうなもの、また、AIの力を駆使して(日本語以外のサイトを探してもらったり、日本語ではないサイトの情報を抽出してもらったり)まとめてみました。

参考程度に捉えていただけると幸いです。

また、念のため、お伝えしておきたいなと思ったのですが、、、

何故か日本では、こういった分野についてあまり知られていません。

現に私も、つい最近まで、オカルトというのは主に『地獄先生ぬ~べ~』みたいなものを指すのだと思っていました。

ですが、早稲田大学や京都大学、東京大学という名だたる名門校に、この〝オカルト〟という分野を研究している専門家が存在します。

いいなぁ。。。(小声)

私はそのような公のきちんとした専門家ではありませんが、世界的に見れば、日本の方が特例(異例?)だと私は考えます。

何故なら、世界ではオカルトの研究が珍しいことではないからです。

例えば、イギリスにはUniversity of Exeter(エクセター大学)というイギリスの中でもトップレベルの研究大学があります。

そこには『The Centre for Magic and Esotericism』という研究機関が設立され、魔術や秘教的思想を専門とする研究が進められているそうです。

また、例えば、アメリカのUniversity of North Carolina(ノースカロライナ大学)というアメリカ最古級の名門州立大学では、宗教学の分野で神秘主義やオカルトの思想に関する学術的な研究が行われているそうです。

わかります?

未だに『オカルト=エンターテインメント』という認識が根強い日本の異常性。。。

とまで言うと、少し言い過ぎかも知れませんが、このように日本のオカルト、もっと言えば個人的には宗教なんかについてもそうだと思いますが、世界基準で言えば私は日本の方が特例だと思っています。

いいなぁ、、、あと30年くらい私も若ければすぐにイギリスとか行っただろうなぁ、、、英語が話せなくても^^

、、、なんて♪

ちなみになんですが、先ほどご紹介しましたイギリスの名門エクセター大学は、我らがハリー・ポッター!!の、生みの親であるJ・Kローリングさんの母校でもあるそうです。

まさしく現代のホグワーツと言ってもいいかも知れませんね。。。

ところで、こんな風にまとめてはみましたが、、、

個人的には「調べるまでもなかったかなぁ、、、」というような結果で、もう少しわくわくするようなものを期待していたのですが、どうやら私は〝〝Mystic faculty〟は、そんなに好きではなさそうでした。

一緒にしたら怒られてしまうかも知れませんが、個人的にはもう超常現象とか心霊現象とかと言ってるようなことは同じかなーと思ってしまっています。

早い話、私自身にそういったもの(経験や力)がないので、私の世界にそういったものは〝存在しない〟んですね、そもそも。

かなり大袈裟に言っていますが、でもそうなんです。

別に何かを攻撃しようと思っているわけでもないですし、そういったものを推奨する人のことをとやかく言う気もないのですが、とにかく事実として私が体験していないことなので「信じる」「信じない」以前の話なんですよね。

改めて、そういったことは表明しておいた方がいいかなぁと思いました、一応。

ですので、言ってしまえば、こんなにも私は今オカルトに一生懸命になっているわけなので、ウェイトが「オカルトは神秘的能力とは違う」と言ってくれて心底良かったなぁと感じています。

そこで、ふと、気が付いたんですけどね。。。

毎回、このような言葉の違いや、自分なりの解釈をいちいちお伝えするのが面倒だなって、、、(笑)

わかる方はわかると思うんですけど、特にこういった世界に興味のない、または興味を持ったばかりだという方にとっては、ほぼほぼ同じようなものに聞こえると思うんです。

そうではありませんか?

ですが、例えば〝オカルト〟だって、実際の日本で広く知られているオカルトの意味と、本来の〝オカルト〟という意味には物凄い乖離、誤解が生じているように思いました。

現に私自身、「え?そうだったの?」と思いましたから。

偉そうにするつもりはないのですが、私も「もう毎回毎回同じようなこと言うの面倒くさーい!!」という思いになってきてしまい、ちょうどそれが今爆発したいみたいなんです(笑)

ですから、いいことを思い付いたんです!!

その名も『ここで終わらせる。オカルト、魔術、神秘学、ミステリー、それぞれの似たような言葉の違いがわかる、決定版!!』と題してですね(多分実際には少し違うタイトルになっていると思いますが)、あくまでこのサイト上でという風にはなりますが、このような言葉の意味や、それぞれの解釈やらをある程度「こういうものだよ」と決めつけておくことで、できるかぎり誤解が生まれないようにできるかも知れないと考えた結果、「このようなことについてまとめた記事を設ければいいんだ!!」と思いました。

そして、すぐさま取り掛かったのですが、思いの外、時間が掛かってしまっています。

必ず、みなさんが「なるほど!!」となれるようなものを作っていますので、ぜひ楽しみにしていてください!!

はい、では、新たな試みをお伝えしたところで、本題に戻りたいと思います。

では次に参りましょう。

調和しないオカルトと経済と暮らし

はい、では〝and it very seldom works in harmony either with business apti-tude in the things of ordinary life〟です。

先に細かな単語の意味をさっと見ていきます。

seldom → めったにしない

either → 2つのうちのどちらかを指す意味で使われる

aptitude → 適正/能力

ordinary → 普通の/通常の/平凡な

※これらはほんの一例です。

はい、では前から順番に見ていきましょう。

〝and it very seldom〟とありますが、こちらは「そして、それは、非常に滅多にない」という感じだと思うのですが、もはや「全否定はしないし0でもないんだけど、でも物凄くない!!(確率的に)」というような強い意志を感じます。

「滅多に」だけでも十分に「ほとんどない」というようなニュアンスだと思うのですが、それに〝very〟ですから「もう超絶ほぼほぼありえない、ないないないない」みたいな感じでしょうか。

面白いですね。

そして〝work in harmony〟とありますが、こちら直訳しますと「調和の働き」というような意味になりますが、「調和して機能する」というようなニュアンスを含むそうです。

こちらはこの後の文脈によって、少し調整が必要かも知れません。

続いて〝either with〟ですね。

〝either〟という単語は若干癖が強めです。

〝either〟は、単体では肯定文にも否定文にも使うそうなのですが、〝either with〟の形になるとほぼほぼ否定文にしか使われないそうです。

ですが完全に肯定文に使えないというわけでもないという、はっきりしない熟語です。

本文自体はTHE否定文というものではないのですが、〝seldom〟がやや否定っぽい意味を持つのでこの〝either with〟が有効なんだとか。。。

とりあえず「AもBもどちらも~ない」という意味だと思っていただければ良いかと思います。

ですので〝either with〟を否定(を思わせる)文で使うと「AもBもどちらとも~ない」みたいな意味になるわけなのですが、、、

それは理解できるのですが、単純な私は「なら肯定文で使えば『AもBもどちらもある!!』ってことでしょ?」と思ってしまうのですが、そうは問屋が卸さないというわけなんです。。。

何故か「どちらかと~」という意味になるそうなんですよね。。。

もうこのように決して覆ることのない何かに噛み付くのもお門違いな話かも知れませんが、個人的には「なんでだよ!!」という思いが払拭しきれず、AIと小1時間ほどやり取りを繰り返しました。。。

今も納得は言っていませんが、「あまりにも〝either〟に時間を使い過ぎてしまったな、、、」とふと我に返った頃、窓の向こうがあまりにも暗くて虚しくなりました。。。

「もういいや」となってしまったので、これはこれとして、そういうものだと思ってスルーすることにします。

〝either〟嫌いです。。。

では、気を取り直して〝business apti-tude〟ですが、こちらは「事業の適正」といった感じでしょうか。

いつも通りですが、「急に〝事業〟って何?」という感じがしまして、ここからどうタロットの話に入れるのか、、、

文筆業を生業とします私にとっても目を見張るものがあります。

そして〝in the things of ordinary life〟ですが、こちらは「普段の生活の物事の中で」というような感じでしょうか。

まとめてみますね。

〝and it very seldom works in harmony either with business apti-tude in the things of ordinary life〟

そして、それはとてつもなく滅多に調和して機能することはない、事業の適正としても普段の生活の物事の中でも

といったような意味になると思いますが、もう少し〝either〟を効かせてみましょうか。

すると「そしてそれは、事業の適正としても、普段の生活の中でも、調和を成して機能することはほとんどない。」というような感じになるかと思います。

つまり、ここではオカルトが実生活や仕事としてどのような働きをするかという点について述べられていると思うのですが、この感じですと「ほとんど自然には機能しない」というようなことを言っているかと思います。

改めてお伝えしますが、このウェイトの言葉が綴られているのは1910年頃のことですからね。。。

その頃よりはきっと、少しは日常的に機能していることもあるんじゃないかなぁと思います。

だってほら、現に今ウェイトの思想に面白さを感じて、こうしてタロット(と今はまだ呼べないかも知れませんが)に夢中になっている人間がここに1人いるじゃないですか?

イコールそれが「機能している(調和している)」にはならないかも知れませんが、私はこの世界観が楽しいなって、すごく思います。

それに「時間が足りない」と思うようになるほど、一生かかっても遊び尽くせない何かを見付けられた気分でもいます。

それに事業といった面でも(内容はともかく、、、)恐らく、当時よりかは事業として成り立っていることもあるんじゃないかなぁ?と思います。。。

敢えてもう1度言いますが、内容はともかく、、、(小声)

なんとなく、ふと「いつかウェイトのお墓に行ってお花を添えてあげよう!!」と思ったので調べてみたのですが、なんと、イギリスにありました。(当然っちゃ当然かも知れませんが、ウェイトはアメリカ生まれのイギリス育ちですから)

イギリスは、ケント州のビショップスボーンという、名前からもわかる通り、多分キリスト教と深く関わりのある場所の(ビショップはチェスで〝司教〟という駒なので)St Mary Churchという教会にあるそうです。

こちら海外の方が書いたものになりますが、今は簡単に翻訳ができますし、すごい良い記事でしたので良かったら見てみてほしいです。

▶▶ Esoteric Isle: A Grave Matter - 'cene Magazine

ウェイトのお墓が見れます。

長らく放置されていたそうなのですが、この記事を書いた方を筆頭に、ウェイトのお墓を掃除している内容が描かれています。

周りの様子(風景)なんかも見れてすごく良い記事だと思います。

また、Googleマップなんかでも調べてみたんですけど、すごい歴史を感じる教会でした。▶▶こちら

ただ、申し訳ないのですが、どのSt Mary Churchがウェイトのお墓がある教会かもわからないくらいSt Mary Churchがたくさん出てきました。

私は、これまでにほとんど教会には縁がなかったので、どれを見ても「おぉぉぉぉ!!」となってしまいますが、良かったらこちらも見てみてください。

ステングラスが施された壁(窓?)が、すごく素敵だなと思いました。

では最後です。

オカルトの証拠の規範とは?何とも交わらない独自のルール

では、最後のor with a knowledge of the canons of evidence in its own sphere.を見ていきましょう。

既に私も満身創痍です、がんばりましょうー!!

あと、ちょっとです。

意味を知らない単語が多めなので、先にそれぞれの単語の意味を見ていきます。

knowledge → 知識/理解

canon(s) → 規範/ルール/基準

evidence → 証拠/根拠

sphere → 領域/範囲/分野

※これらはほんの一例です。

単語を調べていて1番最初に思ったことは「え!?canonってカメラ(系)の言葉じゃなかったの!?」ということです。

2つ目に思ったことは「sphere(スフィア)だぁ~♡(FFⅩより)」でした。

ちなみに気になったので調べたのですが、カメラやプリンターでお馴染みの『Canon』さん。

実は、今お伝えした〝canon〟とは別物で、元々は「観音(Kwanon)」というカメラの名前から取ったそうでした。

世界に向けて発進しようとした時、現在の『Canon』になったそうです。

余談でした。。。

はい、ではいろいろと整いましたので先へ進みましょう。

まず〝or with a knowledge of〟ですが、こちらは「または~についての知識を持っている/兼ね備えている」というような意味になると思います。

続いて〝the canons of evidence〟ですが、こちらは「証拠の規範」というような意味になると思うのですが、ますます何を言いたいのかよくわからなくなってきました。。。

そして最後は〝in its own sphere〟で、〝sphere〟には「特定の分野を指す」というニュアンスがあるそうで、「それ自身の分野の中に」というような意味になりますでしょうか。

全部まとめてみましょう。

〝or with a knowledge of the canons of evidence in its own sphere.〟

あるいは、それ自身の分野における証拠の規範についての知識を兼ね備えている。

という感じでしょうか?

あ!!

ちなみになんですが、ここだけの文章で見れば上記の通りですが、前文が否定文のような文面でしたよね?

「滅多に全然調和しない」というようなフレーズ。

それに続いて〝or〟ですので、こちらもその影響を受け「あるいは、それ自身の分野における証拠の規範についての知識とも調和しない。」というような訳になると思います。

すみません、夢中になり過ぎて、そのことを忘れてしまっていました。。。

また「それ自身の分野」というのはオカルトのことだと思います。

そして、前文では「オカルトが社会的な成功(事業の適正)や実生活にはほとんど調和しない」と言っていて、そしてここで「(学問的な)証拠の規範とも調和しない」というようなこと言っているのだと思うのですが、、、

が、、、

みなさん、これで意味わかりますか?

正直、私はわかりません。

訳としては問題ないはずです。(自分で言いますが。。。)

ですが、私は「訳せたには訳せたけど、はて?証拠の規範?なんのこっちゃ。。。」という感じなんですね。

というか、単語の意味を調べている時から「???」でした。

ですので、こちらもすごい調べました。

この文章は、つい先ほどお伝えしました通り、「オカルトという分野における証拠の規範」の話で、「それも調和しないよ、滅多にね」ということなんですね。

オカルトという分野にも独自の「証拠の規範」というものがあるのだそうです。

ですが「証拠の規範」と聞いてぴんと来る方はそう多くはないと思います。

何故なら私がこれまで生きてきた中で、絶対に1度も聞いたことのない言葉でしたので。。。

それで、この「証拠の規範」というものが一体何なのか?ということがわかると「な~んだ」というようなことになれると思うのですが、オカルトにおいての証拠の規範というのは、科学や法律のように、実証可能なデータを集め、それを証拠(根拠)とするわけではない、ということなんですね。

例えば、科学であれば〝実験〟という再現性あるものが証拠となったり、法律では目撃情報や実際の物とかが証拠となったりしますよね

しかしオカルトの世界では、このような証拠とは違う枠組みで証拠というものが定義付けられているそうなんです。

個人的には「むしろ一般的な基準(証拠)では、証拠という証拠を出せないんじゃない?」というのが素直な意見なのですが、だからこそ独自の枠組みで『オカルトの証拠の規範』というものが必要であるということなんだと思います。

要は、それが本当にオカルトなのかどうか証明しなさい、と言われた時に、次(下記)のようなことを知っていたり、答えられなかったりすると「曲者---!!」というような感じになってしまうのだと思います。

元々は『知る人ぞ知る』といった、公にはされていない文化(分野?秘教?)だったわけですから。

そして、そのオカルト独自の証拠の規範というのが、例えば特定のシンボルやパターンであったり(例えば五芒星とか六芒星とかホルスの目だったり)、長い歴史の中で受け継がれてきた秘教的知識そのものが証拠となったりもするそうで(グノーシス主義、ヘルメス主義、カバラなど、、、特にカバラは口伝ですから知らない人はその門のものではないという1種の証拠になったのではないでしょうか?)、なので「一般的な証拠の規範とは調和しない」と言っているのだと思いました。

さすがに「そんなもん知るかーーー!!」というのが正直な気持ちなんですが、できる範囲にはなりますが、このように調べた結果、恐らくこういったものがオカルトの証拠(根拠)となるもので、「一般と調和しない」と言っている意味も、ようやく「そうだよね、一般とは違うもんね。」と飲み込めるようになりました。

よくもこのような話題を急に持ってきましたよね、ウェイトは。

おかげですっかり窓の外は朝ですよ。

それにしても、、、

実際にこれを示せと言われるような時があるのでしょうか。。。

あるみたいですよ、儀式なんかの時に。。。

ただちょっと、儀式なんかにつきましては私もまだまだ知らない部分なので、またいずれ、、、またいつか、、、という感じでお願いします。

いかがでしたか?

ようやく私自身も腑に落ちたところなのですが、みなさまにもこの部分の意味、伝わってくれましたでしょうか。。。

伝わっているといいなぁ。。。☆彡

もしかしたら間違っている部分もあるかも知れませんが、ご容赦くださいね。

はい、ではまとめに入りましょう。

まとめ|結論・解説・考察

では、改めて今回の一文をご紹介します。

Now, occultism is not like mystic faculty, and it very seldom works in harmony either with business apti-tude in the things of ordinary life or with a knowledge of the canons of evidence in its own sphere.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です。

→ さて、オカルトは神秘的な能力とは似ていない。

「そしてそれは、事業の適正としても、普段の生活の中でも、調和を成して機能することはほとんどない。」

→ あるいは、それ自身の分野における証拠の規範についての知識を兼ね備えている。

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

その上、仮にそのような病気が存在するとしても、それは経験則に基づいた判断に過ぎず、そもそも基準なんてものも存在せず、診断とすら呼べるものではないだろう。

最後に、これらの考察を踏まえ辿り着いた当サイトの結論がこちらです。

さて、、、オカルトは神秘的な能力とは異なり、事業や日常生活において、それらと調和することは滅多にない。
またオカルトそのものも一般的な証拠の規範の知識とは調和しない。

はい、というわけで、このような訳にしてみましたがいかがでしたでしょうか?

「証拠の規範の知識」のところを、もう少し誰が聞いても「ふーん」となれるような訳にしたかったのですが、ちょっと難しかったです。

まぁ、その辺りは「証拠の規範」の解説の部分を見ていただいて、、、という感じで、ひとまずはこの訳とさせていただきます。

では、お疲れ様でした。

最後まで見てくださった方、ありがとうございます。

ではまた次回。

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