『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.13

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『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』解読・翻訳シリーズ第13回のアイキャッチ画像。ウェイト=スミスタロットを徹底追究し、表面的な解釈を超え、より魅力的なタロットの世界へ!!

『研究者なら白衣が必要だ!!』ということで、暑い夏が始ろうとしているのに、思わず白衣を注文してしまった私です。

現在、私が暮らしている弘前市は、割となんでもは揃っていると思いますが、さすがに東京にいた頃の生活環境とは違うので「試着したいんだけどな~」と思っても、なかなか近場で、しかも白衣なんかを試着できる場所はありませんでした。

ですが、試着できるサイトを見つけてしまって、、、すぐさま注文しました。

研究と言っても、私が研究しているのは『タロットの世界』ですから、化学薬品なんかを扱うわけもありませんので、本当はまったく必要のない物ではあるのですが、、、ちょっと良くないですか?

これから暑い夏が始まると申しましたが、エアコンの冷え対策にも、薄い羽織としてちょうど良かったかも知れません。

私が子供の頃の弘前なんて、夏でも、夜になればちょっとひんやりするくらいの肌寒さはあったはずなのですが、、、

今日、東京の天気を見たら、弘前の気温と同じだったので「は?冬はむちゃくちゃ寒くて雪も降るのに、夏の暑さは同じってか?」と、そう思わずにはいられませんでした。(今年の初めの雪なんて本当にすごかったんですよ!!)

みなさん、元気に過ごしましょう!!

では本題に入りたいと思います。

前回の一文には、世の中に広がり続ける、ウェイトにとっては不本意極まりない『タロットの解釈』、しかし「それはある程度は仕方のないことだ」と著述する『物書き』がいる、という内容が描かれていました。

そして、「何故、一介の物書きが、不本意な形で『タロット』が広まってしまうことを『仕方のないことだ』という判断ができるのか?」という私自身の疑問点にも着目し、その考察を挙げました。

自分で言うのもなのですが、、、割と良い着眼点だった気がします。

何故なら〝The Pictorial Key to the Tarot/writers/誰の事?〟と、この程度の検索ではありますが、そのように検索をしてみても、当サイトすら出てくるくらいで、大したヒット数はなかったんですね。

それに、実際、そんなことを書いている記事はなかったんですよ。

といういことはですよ?

「現状、ここまで執拗に深掘りする人はいないのかも知れないな♪」なんて、安易ですがそんな風にも思えてしまいました。

世の中にはこれほど、タロット、タロットと言っているサイト(人?)が多いにも関わらず。。。

ですが正直、私も自分の翻訳が、実際にあっているかは私もわからないまま突き進んでいるので、もし、この業界の超有識者の方にお会いする機会があれば、ぜひそのことを聞いてみたいです。

神話とか歴史とか、他にも書きたいことが、いっぱいあるんですよね。。。

翻訳をしているうちに、あっという間に今年も終わってしまいそうです。。。

少し前は「まだまだ全然終わりが見えないな、、、」と気が遠くなる思いでいましたが、最近、たまたま本をぱらぱらと見ていたら「あ!カードのページには文がないじゃないか!」ということを発見してしまいました!!

先日「文の長さでいちいち一喜一憂するのはやめだ」なんていうことをお伝えしましたが、カードが載っているページは1ページ分使われいたので=当初予想していたよりも78ページ分(タロットの総枚数)減ったということなんですね!!

これはもう、一度に78ページ分訳せたようなものでしょう?

違うか。。。

では、今回の一文です。

今回の一文 秘義としてのタロットを問う—揺れるウェイトの思想と現実

今回の一文は、聞き慣れない単語が多いです。

The suggestion is fantastic on the surface, for there seems a certain anti-climax in the proposition that a particular interpre-tation of fortune-telling—l'art de tirer les cartes—can be reserved for Sons of the Doc-trine.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

少し長くなってしまうのですが、今回は2つに分けて見ていきます。

〝The suggestion is fantastic on the surface, for there seems a certain anti-climax in the proposition〟

〝that a particular interpre-tation of fortune-telling—l'art de tirer les cartes—can be reserved for Sons of the Doc-trine.〟

赤字の部分は改行時のハイフン(-)であり、誤りではありません。黒字のハイフンは本文通りです。

では、ぜひ最後までお付き合いください。

よろしくお願いいたします。

秘義であることの意味、しかしその現状は?

では、最初にThe suggestion is fantastic on the surface, for there seems a certain anti-climax in the propositionを見ていきます。

過去1番かも知れないというくらい、使われている単語の意味がほとんどがわかりません。。。

よって先に、単語や熟語の意味の整理から始めます。

suggestion → 提案

fantastic → 素晴らしい、非現実的な

surface → 表面、外側、外観

on the surface → 表面上は、一見すると

seem(s) → ~のように見える/思われる

certain → ある特定の、ある程度の

anti-climax → 期待外れ、拍子抜け

proposition → 命題、提案

※これらはほんの一例です。

では参りましょう。

まずは〝The suggestion is fantastic on the surface〟です。

意味はわかりませんでしたが、文章的にはそこまで難しくありませんでした。

「その提案は表面上は素晴らしい。」と言っておられますが、これは完全に皮肉だと思います。

まぁ、皮肉と言いますか、普通に「見た目は魅力的に映るかも知れないが、実のところは、、、」というような感じで、良い意味での〝fantastic〟ではありません。

そして〝for〟なのですが、「これをわざわざ1語で見ていくの?」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。

確かに、〝for〟は、通常なら「~のために」と訳すのが主流です。

ですが、〝for〟には「何故なら」「というのも」というような意味もあるそうなのですね。

「じゃぁ、〝because〟でいいじゃん!」と、すぐに私はそのようなことを思ってしまうのですが、もちろんこれには理由があると推測することができます。

  • 同じ「何故なら」でも役割りが違う
    becauseは明確な理由付け
    forは説明の補足
    この文章では「何故そうなのか?」という直接的な説明ではなく、「そう考えられる理由を補足する」ために〝for〟を選んだ可能性が高い。
  • 文章の流れを滑らかにする
    becauseは直接的に因果関係を強調するので、理由が結論の核となることが多い。
    forは補足的な説明として機能し、「このように解釈されるのは、こうした理由があるからだよ」というようなニュアンス。
  • フォーマルな響き(出ました!!)
    ・forは書き言葉としてややフォーマルで古風な響きがあるので、ウェイトは『格式のある文章』を意識していると考えられますから、forを使うことで重みのある雰囲気や、哲学的な文章の響きを作り出したかったのかも知れません。

開幕してすぐに、このような細かい部分の考察を始めてしまい恐縮なのですが、〝for〟を選ぶ理由には、このような可能性があるかと考えられると思います。

これらのことを踏まえ、一気にいきます。

〝for there seems a certain anti-climax in the proposition〟ですが、こちらは「というのも、その命題にはある特定の期待外れがあるように思えるから。」というような感じになるかと思います。

〝a certain〟には「はっきりとはしていないが、確実に存在する何か」というようなニュアンスがあるそうです。

また〝anti-climax〟は、期待された方向に話が進まず、落胆を伴うという展開を指す言葉だそうです。

例えば、映画では「クライマックス」と言えば、その映画の中で最も良いシーンとなりますよね?

ですが、それに対して「アンチ(反対/反抗)」というわけですから、「そうは問屋が卸さないぜ」ということになりまして、「私たちが期待しているような結末は迎えない」というニュアンスだと思うんですね。

日本語訳としては、まだ少しぎこちないですが、その辺りは最後の方で調整しますね。

では、一度まとめます。

〝The suggestion is fantastic on the surface, for there seems a certain anti-climax in the proposition〟

その提案は表面上は素晴らしい。というのも、その命題にはある特定の期待外れがあるように思われるから。

少し不自然ですが、敢えて超直訳の形にしています。

では、後半を見ていきたいと思います。

終焉か?継続か?秘義は解き明かされる運命なのか?

では、後半のthat a particular interpre-tation of fortune-telling—l'art de tirer les cartes—can be reserved for Sons of the Doc-trine.を見ていきましょう。

また単語と熟語の整理から始めます。

particular → 特定の

interpretation → 解釈

fortune-telling → 占い

l'art de tirer les cartes → カードの技術(仏語)

reserved → 予約された 、確保された(受動態)

・reserved for ~のために取っておかれた、限定された

・doctrine → 教義

Sons of the Doctrine → 教義の息子たち

※これらはほんの一例です。

ほとんどでしたね。

意味を調べても「は?」と思うものがちらほら。。。

以前扱ったことのある単語もありますが、久しぶりでしたので、なんとなく記載しておきました。

では順番に見ていきましょう。

まずは〝that a particular interpretation of fortune-telling〟です。

直訳ですと「占いの特定の解釈」という形になると思いますが、もう少し〝a particular〟の役割を強めて、「占いにおける特定の解釈」とか「ある特定の占いの解釈」という感じでも良い気がします。

いつもお伝えしていることになりますが、この〝fortune-telling〟は、私も興味がない方の占いで、いわゆるその辺によくある占いのことを指しているかと思います。

ウェイトも、その手のタイプの占いが好きではないようで、それこそが、私の嬉しくも共感できる大きなポイントであり、だからこそウェイトに惹かれるものがあるのだと思います。

そして、l'art de tirer les cartesですが、こちらはフランス語で「カード占いの技術」というような意味になるかと思います。

以前〝cartomancy(カード占い)〟という単語を扱ったことがあるのですが、覚えていらっしゃいますでしょうか?▶▶こちら

「何故、突然フランス語?」と、みなさんは思われませんでしたか?

それについては「恐らく、これかな?」と思われる素材がいくつか見当たりましたので、『まとめ』の方でお伝えさせていただければと思います。

例によって、膨大な量になりそうなので、ここでは一旦割愛します。

続いて〝can be reserved for Sons of the Doctrine〟ですが、こちらは「『教義の息子たち』のために限定される」といったような意味になるかと思います。

〝reserved for〟だけだと、「~のために取っておかれた/限定された」というような意味になりますが、これに〝can〟が付くことにより「~のために取っておかれる/限定される」という意味になります。

微妙な違いですけどね、こういう細かなニュアンスは私は割と大事にしたい方かなと思います。

また、ここでの〝for〟は、先ほどの〝for〟とは違い、普段通りの使い方でOKかなと思います。

それにしても、、、

「教義の息子?」ってなんですか?

こちらの解説も後回しにしようかな。。。

うん、そうしましょう。

ということで、一度まとめたいと思います。

〝that a particular interpre-tation of fortune-telling—l'art de tirer les cartes—can be reserved for Sons of the Doc-trine.〟

ある特定の占いの解釈(カード占いの技術)は、『教義の息子たち』に限定される。

という意味になるかと思いますが、いわゆる「訳せても意味がわからない」という、ウェイトの一文ではよく見られる、一種の『イベント』みたいなものですね。

これを解き明かすことにより、こちらの『経験値』が増し、そしてウェイトを理解するという点において『レベルアップ』する、という構図が出来上がっているんですね。

では、今回もまた、経験値を積みに出掛けましょう!?

まとめに入ります。

まとめ|結論・解説・考察

では、改めて今回の一文をご紹介します。

The suggestion is fantastic on the surface, for there seems a certain anti-climax in the proposition that a particular interpre-tation of fortune-telling—l'art de tirer les cartes—can be reserved for Sons of the Doc-trine.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です。

→ その提案は表面上は素晴らしい。というのも、その命題にはある特定の期待外れがあるように思われるから。

→ ある特定の占いの解釈(カード占いの技術)は、『教義の息子たち』に限定される。

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

少なくとも、この『タロット』の理解が誤った形で知れ渡っていることについては、2~3人の著作者によって、「これは免れられないことだった。」と示唆されている。というのも、本来のタロットについて正しく理解する者はごく僅かで、その限られた者たちは、ある誓約のもと門外不出の秘義を継承しており、その誓いを破ることは決して許されないことだからである。

最後に、これらの考察を踏まえ辿り着いた、当サイトの結論(意訳)がこちらです。

この提案は一見良さそうに思えるが、実はそうではない。
と言うのも、その考え方では期待される効果は得られないと考えられるからだ。
その理由として、ある特定の占いの解釈(l'art de tirer les cartes)は、限られた人たち(『教義の息子たち』)にだけ与えられるべきだと考えられていることが挙げられる。

はい、このような形になりましたがいかがでしょうか?

だいぶ直訳するより、わかりやすい文章に仕上げられたのではないでしょうか?

そして、ここからはお待ちかね、今回の一文の解説と考察に入りたいと思います。

l'art de tirer les cartes』とは?

ここでの『この提案は一見』というのは、前回の訳にもあるような「本来のタロットというものの概念が限られた人にしか理解できないもの」ということを指していると思うのですが、その誓約が「一見は素敵に見えるよね?」ということを言っているのだと思います。

確かに、私も前回そのような掟を「かっこいい」と言った記憶があります。。。

ですが、ウェイトはそれを「実際にはそうではなと思う。」と言っているわけです。

何故「実際にはそうじゃない」というようなことを言っているかと言いますと、それこそが本来のタロットというものの在り方が損なわれている1つの原因であると言っているのだと思います。

本来、団の秘義であるからこそ、深い知識を得られるもののはずなのに、それどころか実際は、実に不本意なままタロットというものの在り方が広まり続けてしまっていいて、「それでは本来のタロットの尊厳がちっとも守られてはいないではないか!?」というような言い分だと思うのです。

そして、ウェイトがそう思うのには理由があって、「その1つとして、ある特定の占いの解釈(『l'art de tirer les cartes』)は、限られた人たち(『教義の息子たち』)にしか与えないことが問題として挙げられる」と言っていて、つまり!!

本来のタロットと呼べる秘義を一部の人、団体が独占してしまうからこそ、ただただ歪んだ解釈だけが蔓延してしまっているのではないか?それが本来、タロットの在るべき姿だと言えるのだろうか?というようなことを言いたいのだと思うのですね。

なんとなくでも伝わるものがありますか?

更に踏み込みます。。。

はい、そうです。

先ほどお伝えしましたl'art de tirer les cartesです。

「どうしていきなりフランス語なんだ?」ということで、私は望んで振り回されているのですが、、、

この言葉、単にフランス語を用いて何かを伝えているのではなく、当時あった『Le Grand Etteilla, ou l'Art de tirer les cartes』という占いの本のタイトルから引用していると考えられます。

ウェイトよりは少し昔になりますが、18世紀のフランスにはEtteilla(エッテイヤ/エッティラ)という人物がいたそうで、この『Le Grand Etteilla, ou l'Art de tirer les cartes』は彼の著作だそうです。

以前、これまでのタロットの歴史の中には「タロットはエジプト発祥だ!!」というような、ありもしないことを吹聴して金儲けをする人がいた、、、というようなことをお伝えしたことがあるのですが、この人がその張本人だそうです。。。

彼を紹介する文章には『占い師』との記載がありましたが、個人的には、いわゆるその辺のよくある占いを用いた占い師だとしても、その風上にも置けないような人だなという印象だったので、敢えて〝人〟としてお伝えしています。

まぁ、でもすごく大きな目で見れば、こういう人の存在もあって『タロット』というものの、〝物〟としての広がりの一助になっているとも言えるでしょうけど。。。

実際、18世紀後半~19世紀にかけては、このエッテイヤさんがタロット占いを広めた人でもあるそうですからね。。。

個人的にはあまり尊敬はできませんが、でもウェイトは偉くて、そんな彼の思想なんかも研究していたみたいです。

とても、こんなやり方の人にウェイトが惹かれるとは思えませんが。。。(すごい個人的な意見ですみません。。。が、そうだと思います。)

どちらかと言うと、ウェイトの時代のヨーロッパでは「フランス語を使うとなんだか素敵」という認識があったそうで、もしかしたらウェイトも『格式』を高めるために起用したということも十分に考えられます。

日本人が英語を格好良く思ったり、海外の人が漢字をタトゥーにしたり、こういう現象は世界共通なんですね^^

また、きっと大衆には広く名の知れ渡った人だろうとも考えられるので、そういう意味では「ある特定の占いの解釈」を伝えるための適切な言い方だったのかも知れません。

もしかすると、いわゆる一般的な占い(fortune-telling)よりも、こだわりのある(ように見える)占い(l'art de tirer les cartes)として差別化を図ろうとしたのかもしれませんね。

『Sons of the Doc-trine(教義の息子たち)』とは?

はい、そして、今回のもう1つの疑問点、『Sons of the Doc-trine』=『教義の息子たち』ですね。

ですが、これよくよく考えたらそこまで難しいものではない気もしてきました。

恐らくですが、要するに、いつも通り、ウェイトしかり、黄金の夜明け団しかり、このような秘儀とされるものを受け継いでいる人たちのことを指すのかなぁと思います。

これまでにも〝doctrine〟という単語は割と至るところに出ていますが、『教義』と言うからむしろわかりにくくなる、、、と、個人的にはそのように思っています。

基本的には、宗教や思想体系における基本的な信念や原則のことを指す言葉だそうですが、宗教などに馴染みの少ない我々多くの日本人にとっては、そもそもこの「教義」という言葉自体、何を示すのかが曖昧だと言えます。

もちろん血縁関係における直接的な『息子』ではないことはご理解いただけていると思います。

例えば、、、

『哲学の父』『近代科学の父』『看護の母』といったような称号は、本人が名乗ったものではなく、後世の人たちがその功績を称えて付けたものですよね。

要は、それの逆とでも言いましょうか?

例えばですけど、ウェイトが『秘義の父』を黄金の夜明け団(=教義)と捉えているとすれば、その息子となる者はウェイトしかり、他の団員であったり、また黄金の夜明け団ではなくとも同じような神秘思想を持った他の集団の団員のことを指すのではないかと考えられます。

でもすごいですよね、そうであるからこそ得られる最強知識であるはずなのに、もちろんそれを敬愛しているからという思いが根底にはあるのでしょうけど「本当にこのままで良いのだろうか、、、いや、良くない!!」と思って、実際にこうして声を挙げているわけですから。。。

私は、そんなウェイトをかっこいいなと思いました。

はい、以上で今回の一文に関するまとめは終わりになります。

いかがでしたでしょうか?

けっこう深いところまで踏み込んでいけたのではないでしょうか^^

では、月並みな表現で恐縮ですが、いつも見てくださり本当にありがとうございます。

またこの度も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

また次回、お会いしましょう^^

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