『The Pictorial Key to the Tarot』を解読しながら訳していく Vol.2

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『The Pictorial Key to the Tarot』を解読・翻訳するシリーズ第2回のアイキャッチ画像。タロットの歴史や解釈を深掘りする内容を示す視覚的な要素を含む。

はい、では続きをやっていきたいと思います。

『続き』と言ってもまだ序文にも入っていないところなのですが、こういう、地道な努力の積み重ねなんでしょう。

そんなことからも、前回お話しした「大アルカナと小アルカナの違いって本当はそこまでないんじゃないの?」と言う私の考えも、少しは「なるほど!!」と思っていただけるのではないでしょうか?

結局〝大〟きなことを成し遂げるには、日々の〝小さな〟積み重ねなんです、きっと。

そんな飛び級みたいなこと、滅多にないんです、きっと。

あってくれてもいいんですけど。。。

なんて思ったりしました。

ではいきます。

Preface

はい、ということで今回から〝Preface〟に入ります。

〝序文〟のことですね、〝前置き〟とか。

その訳に入りたいと思います。

実は前回の準表紙みたいなページと、このPrefaceの間には、出版社の概要みたいなことが書いてあるページが1枚だけあるのですが、なんとなくそこはいいやとあまりやる気になれません。

ですが、いずれはやっておいた方が良いんだろうなという感じがしますので、こちらは最後の方に、もし気が向いた時にやろうと思います。

Prefaceは全部で5枚のページから成るんですが、何故か2枚目のページから頁が振られています。

何故1枚目からではないんでしょう?

また、ここでの頁はいわゆるローマ数字と言われるものが(ⅠⅡⅢ)振られていますが、Ⅲから始まるんですよね。

Prefaceの1ページ目なのに〝Ⅲ〟なんです。

不思議。。。

また、何故か次の章になると私たちも最も使うアラビア数字(123)になっています。

最後の340ページまで全部。。。

私はこれまで、本を読む機会があまり多くはなかったのですが、こういうのは普通なのでしょうか?

まぁいいか。。。

そんなわけで5ページに渡る序文〝Preface〟を私なりに訳していきたいと思います。

最初の一文『IT seems rather of...my personal position,』まで

さくさくやっていけると思っていたのですが、最初の一文がとても長いので、既に頭の中まっしろ、軽くフリーズしております。

大変そうなので分割することに決めました。

区切りの良いところで一文ずつ訳していこうと思います。

ではまず、今『長い』と言った一文を紹介します。

IT seems rather of necessity than predilection in the sense of apologia that I should put on record in the first place a plain statement of my personal position, as one who for many years of literary life has been, subject to his spiritual and other limitations, an exponent of the higher mystic schools.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

長いですよね?

これ打っていて思ったんですが、「ウェイトも、もしかしたら私と同じでまとめるの下手くそなんじない?」なんて思ったりしてしまいました。

そんなわけないか♪

当然そんなことはありえないと思うんですけど、でもたった一文、されど一文ですが、打っている中「読点(,)多くない?」と思ってしまって。。。

やはり読めてはいても意味はわからないので、そういうわかる部分の浅はかな情報が入ってきちゃうんですかね。。。

というわけで、そんな長々とした一文を区切っていきたいと思います。

『IT seems rather of necessity than predilection』

あっ、ここで言うのもなんですが、毎回引用元を記載するのもあれなんで「省いてもいいかな?」と思ったところは省いていきます。

どうせみなさんも、もう何の本のことだかわかってらっしゃいますし、私も引用元を偽ろうなんて気さらさらありませんから。

これからも何度でもこの本をご紹介していくと思いますが、どうかそのことを知っておいてください。

では、区切りの良いところの一文を1つ目としてを引用します。

IT seems rather of necessity than predilection in the sense of apologia that I should put on record in the first place a plain statement of my personal position,

どうでもいいことかも知れませんが、、、みなさん。

なんで〝IT〟なの?

なんで〝It〟じゃないの?

とは思いませんでしたか?

まぁいいのかな、、、進みます。

読めるのにわからない単語しかないという具合なんですが、やはり粘り強く根気良くやっていきましょう、こつこつこつこつ。

rather than

最初に〝IT seems rather of necessity than predilection〟とありますが、この〝rather than〟は〝○○より○○〟みたいな風に使われます。

言ってしまうと、ここでは〝predilectionよりnecessity〟というわけです。

昔カナダへ行ったことがありますが、その時に教えてもらったのを思い出しました。

その時は耳だけで聞いていたのでスペルも知りませんでしたが(rather thenだと思っていました)まさかこんなところで役に立つとは。。。

あまり文法みたいなものを一生懸命やるつもりはなかったんですけど、、、どうもそうは言っていられなさそうですね。。。

というわけで、今度はその辺りの単語を紐解いていきましょうか、しかし長い。

seem(s)

○○のように見える、○○のように思える

といった意味。

多分これは、そこまで奇想天外なことにはならないと思いますのでそのままスルー。

では、何が〝○○のように見える(思える)〟のか?

というところが後ろの文に書かれております。それが、

necessity

必須事項、必要性、必然性、否応なしの状況として、、、なるほど。

もはや「絶対!!」ってことなんですね、多分。

predilection

特定のものに対する好み(嗜好とか?)、強い傾向や趣向、、、

ちょっと強めの〝好き〟ということでしょうか?

どちらかと言うと、necessityは義務とか、責務、任務という感じが含まれている気がするのですが、それに対しこちらは自ら進んでみたいなニュアンスに捉えられる気がします。

少し対照的な言葉な気がします、なんて。

大アルカナと小アルカナのところでもそんなような話をしましたね。

というわけで、『自分がやりたいと言うより、やるべきことのように思う』みたいな感じでしょうか?

この本を書いたことについてなのかな、、、なんでしょう?^^

これでも間違っていないと思うのですが、なんとなくそれっぽい言葉を持ってこようとすると、

『そうするべきだと思ったからだ!!』みたいな感じはいかがでしょう?

ちょっとどこかのアニメで聞いたようなセリフ。。。

とりあえず〝IT seems rather of necessity than predilection〟はそんな風にして、後の文も参考にしながら読み解いていきましょう。

続きます。

『in the sense of apologia that I should put on record in the first place a plain statement of my personal position,』

はい、後半ちょっと長いですが頑張りましょう。

この〝apologia〟だけ斜めになってるのは何故ですか?

後ほどまた気が向いたらやります。

〝in the sense of apologia

こちらは「アポロジアのセンスの中で!!」と言っているわけなんですが、それは一体どういうことなんでしょう。

sense

〝sense〟はご存じの通り〝センス〟なのですが、どちらかと言うと日本ではセンスって〝才能〟みたいな感じで使われている気がしませんか?

「ファッションセンスが良い。」だとか、「言葉選びのセンスがある。」だとか、何かその分野においての才能がある、みたいな使われ方をしている気がします。

間違ってはいないんでしょうが、〝sense〟には元々このような意味があります。

感覚や知覚、意味や意義、理解力、良識、判断力、分別、察知する能力、感知、機能や能力、などなど。

確かに言われてみれば、どれもセンスっぽい。。。

こうしてみると日本語って実に繊細ですね。

それでななんですが、調べていくと、こちらは

in the sense of

という1つの熟語なんだそうです。

「~という意味で」とか「~の観点から」という使われ方なのだそうなんですが〝apologia〟を解決しないことには意味がわかりませんね。

続きまして、はい、

apologia

こちら待望の〝apologia〟なんですが、意味といった意味をお伝えするのが少し難しそうです。

と言うのも、〝弁明〟や〝弁護〟〝申し訳〟〝謝罪〟などと、意味としてはそれっぽい単語が出てくるのですが、copilotは『通常使うような〝apology(謝罪)〟とは異なり謝罪の意味は含まれません』と言ってきます。

余計にわからなくなりました(笑)

ですが、apologiaはそもそもラテン語から来た言葉で、apologyは英語と聞くと、「あっ、なるほど!!」となりました、少し。

あまり言葉で言い表せないですが、でもそれを敢えて頑張って言葉として表現してみようと思いますが、ラテン語ってみなさんご存じですか?

聞いたことある方はたくさんいらっしゃると思うんですが、では「ラテン語って何処の国の言葉でしょうか?」と聞かれたら、多分おおよそ答えられない人の方が多いんじゃないですかね?

私だけかな。。。

実のところ、この私自身、つい最近までラテン語が何処の国のものだか全然知りませんでした。

あっ、基本的になんですが、私、自分が知らないと思ったことはみんなも知らなくて、自分が知っていることはみんな知ってると思ってる節があります。

「みんな仲間、仲間だ♪」みたいなイメージ。

なので、このようです。

すみません。

続けますね。

そんなわけで、私はなんですが、多分『ラテン語』という単語を聞くもっと前から『ラテン系』という言葉を先に知っていたんですね。

で、そのラテン系なんですが、これがどういうわけか私の中では勝手に、もうオートマティックに「ブラジルの方!!」と、要は南米とかジャマイカとか、なんとなく暖かい日差しの気候と、勝手なイメージですが、サボテンだったんですね。(今思えばサボテンはメキシコかな?)。

でも、それは間違いではなかったんです。

なのですが、このラテン系も、そもそもの始まりはこれらの近くではなかったんですよ。

で、あまりにも詳しく言っているとあっという間に1万文字とかになって、読む方も大変になってしまうでしょうからなるべく抑えますが、でもラテン系も、ラテン語とラテンと同じ、元は古代ローマで生まれたものだったそうなのです。

要は、ヨーロッパの方のことを指すんですよ!!

びっくりしません?

世界って繋がってるんですね。

タロットのことを調べていると、頻繁に『ラテン語』と聞く機会が多くなりました。

私はいつもその度「なんでヨーロッパで生まれたものなのにブラジル(っぽい)の言葉が使われているんだろう?」と思っていました。

学があまり深い方ではないのも確かなんですが、こんなの学校でも習わなかったと思いますよ、少なくとも私が通っていた中学校なんかでは。

というわけで、このようなことを踏まえて『ラテン語』と聞くと、もはやタロットのルーツ、本場ヨーロッパと言いますか、そもそもタロットと言うよりか、医学や哲学なんかのちゃんとしたと言うとタロットがちゃんとしてないみたいに聞こえてしまいますが、でもそういうわけではなくて、何て言いましょう。。。

社会的にもすごく立派な分野で使われていた言葉(言語)、というわけなんですね。

なので、もしかしたら宗教とかでも使われていた可能性があると思うので、そうするとウェイトがこういった言葉を用いてくるのもなんとなく理解できる気がします。

ラテン語は元々は紀元前6世紀頃に生まれた言葉なんだそうですが、長い年月の間に段々と今のフランス語やスペイン語、また英語やドイツ語に変化していったそうです。

時にほとんど廃れてしまったこともあったそうで、ルネサンス期(15~6世紀ですかね?)には復活もしたりしていたそう。

なんだかヘブライ語みたいですね、復活って。

そんなわけで今日ではもう、使われることはあまりないラテン語なんだそうですが、タロットの世界において、私は英語よりラテン語の方がちょっと強め、妙な説得力があると思うんですよ。

ちなみに私は何の宗教にも属していないです。

そんなわけで話を戻しますが、こう聞くと、先ほどの〝apologia〟と〝apology〟は似ているけど少し違うみたいな、copilotの言い分も少し頷けるような気がしませんか?

すごく納得です、、、よね?

ちなみにウェイトはアメリカ生まれのイギリス育ちだとか。

なんかこう、『私は突き動かされている!!』みたいな感じでしょうか。

でも本当はもう少し固い感じで、でもそうすると私の辞書にはそのような言葉が載っていません。。。

なんとなくイメージなんですが、もしかしたら全然違うかも知れないのですが、私たちが小学生くらいの頃って「先生が言ってるよ!!」とか「先生が言ってたから!!」」みたいな言葉を付け加えると、急にその言葉の持つイメージというか、パワーみたいのが強くなりません?

例えば何々ちゃんが何々くんに「掃除しなさい!!サボるんじゃないわよ!!」みたいなことを言ったとするじゃないですか?

すると何々くんは「へ~んだ♪そんなの知らね~よ~、ば~か」みたいに言うんですね。

すると何々ちゃんは「私じゃなくて先生が言ってるから!!」と言った途端、急に「掃除しなさい!」のキーワードが持つ力は強くなりませんかね?

子供の頃ですからね、当然何々くんは「うぅっ、、、」ってなりませんでしょうか?

この例えが全然相応しくなかったらごめんなさい。

ですが、何を言いたかったっていうと、何かのせいにして(何かを盾にしてかな?)、その言葉自体に何らかのパワーみたいなものを作用させる効果がある気がします。

もう1度言いますが、もし全然違っていも怒らないでくださいね。

そんな時はサイトのお問い合わせ欄とかから「違うよ~」って優しく教えてくださいね。

できれば否定でなく「こういった考え方もあるよ。」みたいに、優しく丁寧に教えていただけると助かります。

そんなわけで、仮にそのような言い方をすると、それを言っているのは自分なんだけど、だけど「それを言っているのは私の意思じゃない。」「先生が言ってるんだ。」みたいになって、なんとなく強さが増すのに自分は悪くない、みたいな。

弁護されているような気分になれるのかな~と、個人的にはそう思いました。

なので何度も考えてはみるのですが、どう表現したら良いのか、全然良い言葉が思い浮かび上がりません。

後ほど一文全部を訳す時には、もしかしたらこの部分は敢えて訳さず、事がなかったように振る舞うかも知れません。

ですがこういった経緯があってということを知っておいてください。

では先に続く文章も見ていきましょう。

長くて申し訳ないですが、もう少し、頑張りましょう!!

that

は、大丈夫だと思いますので、、、次にいきます。

・I should put on record

『私は記録に残すべきだ』と言っていますね。

やはりちょっと義務っぽいというか、あくまでこの本を書いたこと(ちょっとまだ定かではありませんが)が自分の意思からではない、、、みたいなことを言いたいのでしょうか。

たまたまかな?

次です。

〝in the first place a plain statement of my personal position〟

わぁ~!!〝P〟がいっぱいという感じですが、少しずつ。

in the first place

〝まず第一に〟〝最初に〟という意味です。

plain

〝簡潔〟〝率直〟〝無地〟〝装飾がない〟など、他には〝平野〟なんていう意味もあるみたいです。

また〝明らか〟とか〝明白〟などにも使うそうです。

statement

〝宣言〟〝声明〟〝発表〟〝記述〟〝明細書〟割と幅広く使えそうな言葉です。

そんなわけで、一見〝a plain statement〟だけ見ると「簡潔に述べる!!」みたいなニュアンスにも聞こえなくないんですが、そうなんでしょうか?

『余計なことは言わない。』みたいな、『シンプルに!』『わかりやすく!』といった感じでしょうか。

なんとなく個人的には〝余計な装飾をせず〟という表現が好きですが。

そして最後、仮にも最初の一文の最後ですが。

・〝of my personal position〟ですね。

これは1つ1つ見ていかなくても「あぁ、なんとなくこれね!!」とわかる気がすると思うんですけど念のため。

直訳すると〝私の個人的な(個人の)立場という感じになると思うのですが、すごい固い言い方なのかな?って感じがします。

なんとなくですが「my positionで良くない?」という気がしたので。

ですがやはり、たった一文ですが、既に「お堅い、、、」と感じられていたので、文脈的には前者だと思います。

と言うか、それ以前にウェイトのような頭の良い人が書いているので絶対そうだとは思うのですが、要は硬い、堅固、厚み、重厚感のようなものが増している、と言いたいのです。

ということで、全部一通りの単語を見ていきましたので、まとまらないなりにまとめてみましょう!!

まとめ

さて、そんなわけで序文の一文目の、更に3~4つ区切った一文目がやっと終わったわけなんですがいかがでしたでしょうか?

それでなんですが、本当申し訳ないですが、ちょっとこの一文じゃ、私の語彙力ではちょっと訳せそうにありません。

仮にこれらを翻訳アプリとかに聞いてみせても「?」みたいな答えが返ってくるんですよね。

こりゃ日本語訳のものを買う必要性が出てきた知れません、、、〝necessity〟ですかね、、、なんて。

ひとまず一旦、わからないものはわからないまま、このまま進んでいってみます。

まだわかりませんが、もしかしたらちゃんと一文を読んだ後であれば、もう少し納得できるような、それらしい日本語にできるかも知れません。

できますように。

では、まだまだ先は長いですが、でもほら、そうは言っても4段目の途中まではなんとか終わりました^^

「まだまだだなぁ、、、」とは思いますが、「でも今年中には終わるかな?終わりそうかな♪」なんていう気もしています。

そもそも例えばこのくらいのボリュームの本であれば、得意な人ならともかく、そうでない人の訳し時間なんておおよそ他人それぞれだと思います、、、と大昔先生が言っていました、、、嘘です。

まぁ、気長にやります。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

また次回。

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