『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMPS MAJOR)』翻訳・解読【奇術師】Vol.1

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『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMP MAJOR)』翻訳・解読【奇術師】Vol.1のアイキャッチ画像。

こんにちは。

『タロットの世界』にお越しいただきありがとうございます。

お元気でいらっしゃいましたか?

§2に入るにあたり、マルセイユタロットの基礎知識が必要だなと感じ、先日、また超大作『マルセイユタロット徹底解剖』という記事を書き終えました。他ではあまり見られないような、少しマニアックな小話なんかも随所に盛り込んだ力作になっています。

みなさんもご存知の通り、私は〝占い〟そのものに関してはあまり興味がありません。ですので、どちらかと言えば、フラットな視点で『マルセイユタロット』というものを捉えることができたのではないかと思っています。

また研究やまとめを終えた今だからこそ、私の中では、マルセイユタロットは『タロットカード』という分類ではなくなってしまったような感覚も少しあります。

だからこそなのか、より早く、ウェイト=スミスタロットがどういうものなのかを知りたくなってしまいました。

ウェイト=スミスタロットの作者本人が、それまで定番だったマルセイユタロットに対し何と語るのか…それを早く聞いてみたいのです。

今後§2でどのようなことが語られるのかはわかりませんが、一応『マルセイユタロット徹底解剖』をご覧いただいているという前提で、これからのことを扱っていきたいと思っています。まだご覧になっていない方がいらっしゃいましたら、ぜひ『マルセイユタロット徹底解剖』をご一読ください。

よろしくお願いします!!

マルセイユタロット徹底解剖

マルセイユタロットを徹底調査。国内外の資料を独自にまとめた解説記事。15世紀イタリアのカードゲーム『トリオンフィ』から起源を遡り、歴史的背景や派生版、占いへの転…

では、先日の超大作の宣伝を終えたところで、早速§2に取り掛かろうと思うのですが…実は、まだ方針と言いますか、どのように進めていけば良いものなのか見当が付いていません。

と言いますのも、この§2はマルセイユタロットの大アルカナの一覧表となっており、各カード毎に記述されています。

よって、これまで同様一文ずつ扱うのが良いのか、それともカードごとにまとめるのが良いのかが、まだよくわからない状態なのです(ましてや、カードによって文章の長さも様々で…)。

ですが、一文ずつだと簡単と言いますか、多分物足りない気がします。

かと言って、カードごとにまとめるのでは、私の技量が追い付かず、かなり牛歩的なペースでの更新になってしまうのではという、若干の申し訳なさのようなものもあります。

私自身、まだペース配分がわからないのと、久しぶりということもあり、最初はやや手探りな状態で進めていくことになると思います。

そのため、これまでの記事の見せ方等も変わっていくこともあるかと思うのですが、どうか温かく見守っていただけますと幸いです。

さて、では本題に入っていきましょう。

今回から始まるこの§2は、全部で20ページあります。

前回までの【PART1 §1】は9ページ程でした。

更に、最初の〝Preface〟は5ページ程、どんどん増えていくのでしょうか。(笑)

とは言え、「頑張る」以外の選択肢はありません。

またしばらく長い旅路になると思いますが、どうか最後までお付き合いください^^

では、よろしくお願いいたします。

「【PART1】『THE VAIL AND ITS SYMBOLS』の終わりってどんな話だったっけ?」という方は、こちらからどうぞ。▶▶ こちら

本編に入る前に…【副題】

タイトルの通りですが、本編に突入する前に、この§2に付けられているタイトルにも目を向けていきたいと思います。

というわけで、まずは§2のタイトルの方から見ていきましょう。

アーサー・エドワード・ウェイト著『The Pictorial Key to the Tarot』PART1の§2の冒頭。それぞれの大アルカナの歴史的解釈が綴られている。
Arthur Edward Waite 著
『The Pictorial Key to the Tarot』 p.12

――はい、このような記載がされています。

CLASS Ⅰ
§ 2
TRUMPS MAJOR
Otherwise, Greater Arcana

では、まず〝CLASS Ⅰ/§2〟ですが、こちらは「第一部/第二節」というような意味です。

そして〝TRUMPS MAJOR〟とあり、こちらは「トランプの切り札」と訳すのが適切かと思います。

元々、タロットカードはカードゲームでした。我々が思う現代のトランプとは違い、当時の〝TRUMPS〟が示すものこそタロットカードそのもので、ゲームの中では大アルカナのことを「切り札」と呼んでいました。

現代では、タロットの大アルカナのことを英語で〝Major〟と呼ぶことが一般的ですが、これまでもお伝えしてきています通り、ウェイトは自身のタロットの大アルカナに対しては〝Greater〟と記述しています。

これは、ウェイトがカードゲームとしての大アルカナと、自身のタロット(もしかしたらそれ以外の神秘主義に基づいたタロット)の大アルカナを、明確に区別していたことが見て取れます。

続いて〝Otherwise, Greater Arcana〟とありますが、これらのことを踏まえた上で「またの名を大アルカナ」というような意味になります。

つまり、日本語にすると「第一部 第二節 トランプの切り札 ~またの名を大アルカナ~」というような雰囲気になると思います。

この頃(1910年頃)は、まだ、カードゲームとしてのマルセイユタロットと、占いなどに使われるマルセイユタロットとが交差するような時代でした。そのため、ウェイトはこのような書き方をしているのではないかと考えられます。

ですが、この表記、実はかなり曖昧です。

物凄く細かいことになりますが、よくよく目次を見ていると「ん?」ということに気が付きます。

これから翻訳をしていくこの§2は、上記の表記を見る限りでは「PART1 > THE VAIL AND ITS SYMBOLS > CLASS Ⅰ§2 >TRUMPS MAJOR」という並びに感じられると思うのですが、目次を見てみますと「PART1 > THE VAIL AND ITS SYMBOLS > §2CLASS Ⅰ > TRUMPS MAJOR」とあるのです。

更に、続けて§3を見てみますと「PART1 > THE VAIL AND ITS SYMBOLS > §3 > CLASS Ⅱ > THE FOUR SUITS」とあり、この【PART1】の最後は「PART1 > THE VAIL AND ITS SYMBOLS > §4 > THE TAROT IN HISTORY」と記載がされています。

つまり何が言いたいのかと言いますと、結局はどのセクション(§)も内容自体は独立しているわけですから、「わざわざ〝CLASS〟まで用いてクラス分けする必要はあったのかな?」ということです。「どう考えても要らなかったでしょ?」というのが個人的な意見で、どのような経緯でこのような仕上がりにしたのか少し気になりました。

では、大変長らくお待たせいたしました。

本編へと進みましょう!!

今回の一文とカード【奇術師】

では、改めて今回のターゲット「奇術師」のカードを確認してみたいと思います。

すぐに今回の一文をご覧になりたい方は ▶▶ こちら

ニコラ・コンヴェル版タロット〝奇術師(Le Bateleur)〟のカード。人物が卓上のアイテムとともに描かれ、伝統的なマルセイユ版の様式が反映されたデザイン。
マルセイユタロット(グリモ―版):「奇術師」

また、『マルセイユタロット徹底解剖』でもお伝えしていることなのですが、念のため、こちらでも再度お伝えしておきたいことがあります。

それは、一般的にタロットの大アルカナ1番は「魔術師」というカードになりますが、いざフランス語で〝 Le Bateleur〟を調べてみると「大道芸人/手品師/魔術師/奇術師」など訳が様々である、ということです。

実際に一つずつ調べていくと〝魔術師=magicien〟〝奇術師=illusionniste〟とも出てきます。〝Le Bateleur〟が「魔術師」とされているのは、恐らく、タロットの普及と共に広まった訳ではないかなと思っています。

ですが、いつも通り「どれも意味が違うのに同じ単語になるわけないだろ!」というのが当サイトの考えです。

また〝Le Bateleur=ジャグラー〟と訳されるサイトもあったのですが、どう見てもジャグリングをしているようには見えません(ボールのようなものはあるのですがちょっと違う気が…)。そのため、「奇術師」を「ジャグラー」と呼ぶのは適切でないと考えます。

よって、今後はわかりやすさを重視するため、当サイトではマルセイユタロットの1番を「奇術師」と呼ぶことに統一いたしました(よろしくお願いいたします)。

ということで、最初の一文です。

今回の一文:ウェイトから見た当時の「奇術師」

ひとまず、いつも通り一文ずつ、そして原文から見ていきたいと思います。

Ⅰ. The Magus, Magician, or Juggler, the caster of the dice and mountebank, in the world of vulgar trickery.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

PCでは一行で収まっているのですが、妙に短く感じますね。

今までの長文に鍛えられたのかも知れません。「ラッキー!!」だなんて思ってしまっていました。…はっ、誠実、誠実。(笑)

では、参りましょう。

〝Ⅰ. The Magus, Magician, or Juggler, the caster of the dice and mountebank, in the world of vulgar trickery.〟

まずは各単語の整理から。

Magus → 魔術師、魔法使い、賢者(ラテン語)
Magician → 魔術師、手品師
Juggler → 大道芸人、奇術師、曲芸師
caster of the dice → サイコロ(賽)を振る者
mountebank → いかさま師、偽薬売、偽医者
vulgar → 低俗な、下品な
trickery → ごまかし、ペテン、詐欺

※ここでは代表的なものを挙げています。

ほとんどの単語を登場させてしまいました。

〝Magus〟は「マグア(ナ)ス/マグス/メイガス」などと読むようなのですが、『ハリー・ポッター』で言うところの、アルバス・ダンブルドア(校長先生)を思わせるよるな解説が多く見られました。

また、いつか何処かで取り上げたキリスト教の聖書『マタイによる福音書』では「東方の三博士」を示し、キリスト教とも深く関係する言葉だそうです。みなさんもご存知の通り、ウェイトが熱心なキリスト教信仰者ですので、敢えてこの語を選択した可能性があるかも知れません。

訳では「魔術師」とすると思いますが、各説明を読んだ感じでは「大魔法使い/大賢者」というような印象でした。

この一文は「奇術師」のカードに対する説明書きのようですが、構えていたほど難しい文章ではなかったので一度に訳します。

〝Ⅰ. The Magus, Magician, or Juggler, the caster of the dice and mountebank, in the world of vulgar trickery.〟

→ 1、魔術師、手品師、あるいは大道芸人、賽を振る者、そしていかさま師、低俗でペテンの世界に属する。

ひとまずは、文の構造に沿って訳してみましたが、何を言っているのか意味は伝わりますよね。

当時の「奇術師」という象徴に付けられた意味が、これらのような解釈だったということなのですが、「随分と幅が広いな~」と思ってしまいました。

みなさんにはどんな風に見えていますでしょうか。

脳みそがほとんどゲームでできている私にとっては、「大魔法使い、改め大賢者には見えないなー」という気持ちです。

…はて、これで終わってしまうのもなんですよね。

ねっ?

思っていたよりずっとずっと簡単でしたので、このまま次の一文も見ていきましょう^^(ずっとこの調子ならいいののですが…ぼそっ)

ウェイト=スミスタロットの「魔術師」とマルセイユタロットの「奇術師」

なんとなく、ここでウェイト=スミスタロットの「魔術師」とも並べた「奇術師」の画像も置いておきます。

タロットカード比較:ウェイト=スミスタロットの魔術師とニコラ・コンヴェル版の奇術師
【左】:ウェイト=スミスタロット「魔術師」
【右】マルセイユタロット(グリモー版)「奇術師」

一応、改めてお伝えしておきたいのですが、よく「左右が反転している」と見聞きすることがあるのですが(どちらを基準にしているのかはわかりませんが)あくまでも右=マルセイユタロットはカードゲームとしてデザインされたものです。

誤解を恐れずに言うならば、ウェイト=スミスタロットは初めから『タロットカード』としてデザインされたものですが、マルセイユタロットは言わばカードゲームとしてデザインされた遊戯用の『カード』です。今で言う、ポケモンカードや遊戯王といったものと近しいものでしょう。

もちろん、私自身「今となっては…」という点については重々理解しているつもりですが、そもそも出発点が異なるものですから比べる意味もあまりないのではないだろうか、というのが本音です。

ですが、だからこそ、それまであったタロットに対しウェイトが何と語るのか楽しみで仕方がありません。

ちなみに、ウェイトの時代にはまだヴィスコンティタロットは発見されていませんでした。ヴィスコンティタロットが発見されたのは20世紀後半で、この『The Pictorial Key to the Tarot』が出版された時よりも60年近く後のことになります。(つまり、まだウェイトの周辺にはヴィスコンティタロットの存在がなかったということです)このようなことも踏まえた上で読み進めていくのも、また別の面白みとして楽しんでいただけるのではないかと思います。

次の一文:俗的な解釈 VS 神秘主義に基づく解釈 

では、もう一文も見ていきましょう。

This is the colportage interpretation, and it has the same corres-pondence with the real symbolical meaning that the use of the Tarot in fortune-telling has with its mystic construction according to the secret science of symbolism.

※本文をそのまま引用しています。赤字の部分は改行時に使用されるハイフン(-)で間違いではありません。ハイフンを除いたものが元の単語になります。

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

まず、単語や熟語の整理から行います。

colportage → (主に宗教関連の)書籍の行商
interpretation → 解釈
correspondence → 関係、対応
real symbolical meaning → 本来の象徴的意味
fortune-telling → 占い
mystic construction → 神秘的な構造
according to → ~に従って、~に基づいて
secret science of symbolism → 象徴学の秘教的科学

※ここでは代表的な意味を挙げています。簡単にですが、以前〝symbol系〟〝mys○○系〟の単語の違いをまとめたことがあります。宜しければぜひそちらもご参照ください。 ▶▶ こちら

補足が必要なものは都度、解説を加えていきます。

では、まず初めに〝This is the colportage interpretation〟ですが、「これは通俗的な解釈です」というような意味になります。

この〝colportage〟の意味が少しわかりづらいかと思うのですが、「本屋には取り扱ってもらえないような書籍を、戸別に訪問販売するという感じなのかな?」というのが私の解釈です。

表向きには「世間に知れ渡っている解釈」というようなことを言っているのだと思うのですが、ここでの使い方はもう少し攻撃的と言いますか、ちょっと見下しているようにも感じられます。

元々は、「地方や農村などの書店がないような地域に宗教を広めるための手段」のことをそう呼んでいたみたいですが、ウェイトの時代より少し後(19世紀後半)には宗教の書籍だけではなく、教育的な小冊子や、まだ名のない作家の小説なども配布されるようになったそうです。

ですがやはり、この〝colportage〟はあまり良い意味では使われていないと思います。

ウェイトの時代では「安価で大量に配布される」「誰でも手に入れることができる通俗的な出版物」というような認識が強かったそうで、先程「本屋」とは言いましたが、そもそも庶民が本を手に入れること自体まだまだ難しい時代で、恐らく、ウェイト的には〝colportage〟を使うことによって「安っぽい」とか「誰でも知ることができる(=ウェイトにとっては価値のないようなもの)」というようなことを込めたかったのだろうと考えます。

みなさん、『THE VAIL AND ITS SYMBOLS』最終回の内容を覚えていらっしゃいますでしょうか。

その時にもお伝えしたのですが、この「世間(一般的)に知れ渡っている解釈」に対しウェイトはこれからその一つひとつに物申していくわけで、この一般的に知られている解釈についてウェイトは、最終回の一文でも遠回しながら強い皮肉を込めていました。(あくまで個人的な見解ですが)

これまでのウェイトの文章からも感じ取れますように、ウェイトはそういう批判的、否定的なことを言いたい時、直接的な表現をほとんどしません。

大抵、何か別の言葉で表し、私たちを悩ませるのです。(笑)

先へ進みます。

続いて〝and it has the same correspondence with the real symbolical meaning〟ですが、こちら直訳すれば「そして、それは本来の象徴的意味と同じ関係を持っています」という意味になると思います。

また、この〝has(have) with〟があることにより、「AがBと持つ関係/対応」という意味になるそうなのですが、最初、私はこの意味がよくわかりませんでした。(正直この記事を書き終えた後もまだあまりしっくりは来ていません…)

何故かあまり情報もなく、突き詰めていくと「対応関係がある」とか「対等関係が同じ」という説明が書かれていたりはするのですが、正直、それを聞いて「なるほど!」とはなりませんでした。

非常に歯痒いのですが、最終的な言いたいことはわかるというのに、何故か説明をしようとすると良い日本語が見付からない…。

ですが、物凄く飛躍してしまうのですが、要は「同じ」というような認識で良いと思われます。

ただし、直接的に「AとBが同じ」ということではなく、「AとBが持つ関係と、CとDが持つ関係が同じ」みたいなニュアンスだと思います。(ここ、ウェイトの拗らせが非常に際立っている部分で本当にとても大変でした)

こちらは、また後程じっくりと解説させてください。

そして〝the use of the Tarot in fortune-telling〟とありまして、こちらが「占いにおけるタロットの使用が」というような意味になります。

こちらは、ウェイトが想い描く占いではなく、一般的な〝占い〟を指していると思います。

そして〝its mystic construction according to the secret science of symbolism〟とありますが、こちらは直訳しますと「それの象徴学の秘教的科学に基づく神秘的な構造」という意味になります。

この、「象徴学の秘教的科学」という表現はとてもわかりづらいと思ったので、文法は一旦無視し「秘教的な象徴学」とします。「科学」も省いてしまったのですが、ここでの「科学」は学問としての科学ではなく〝(科学)反応〟や〝作用〟というようなことを表現したかったのだろうと考えています。よって、この部分はウェイトの思想がより強く言語化された箇所だと感じており、無視して良いとは思いませんが、訳すことでかえってわかりづらくなるなら省略した方がいいと判断しました。

ですが、先程の〝has with〟が意味する「AとBが持つ関係と、CとDが持つ関係って一緒だよね?」という見えざる訳が存在し、それが〝that〟以降の文章に掛かるそうなので、「それの(タロットの)秘教的な象徴学に基づく神秘的な構造(が持つ関係と同じ)」という訳になります。

また、この「秘教的な象徴学」というのは、ウェイトが愛する神秘主義から得られる学び全般のことを指していると考えられます。

『神秘主義』というものの中にキリスト教を含めて良いものなのか私にはわかりませんが(ご承知の通りウェイトは熱心なキリスト教信仰者で、これまでの文章にも多くのキリスト教のエッセンスを含めています)、ウェイトにとっては、黄金の夜明け団やフリーメイソン、薔薇十字団といった秘密結社が神秘主義であり、そこで学んだものこそが、ここで言われている「秘教的な象徴学」なのだと解釈しています。

これまでも、ウェイトは様々な言い回しをしていますが、恐らくこの一文もまた、ウェイトの好きなものとそうでないものを比べているような文章になっている可能性が高いです。

では、ここで一度まとめてみましょう。

〝This is the colportage interpretation, and it has the same correspondence with the real symbolical meaning that the use of the Tarot in fortune-telling has with its mystic construction according to the secret science of symbolism.〟

→ これは通俗的な解釈であり、そして、それは本来の象徴的意味と同じ関係を持ち、それは占いにおけるタロットの使用が秘教的な象徴学に基づく神秘的な構造が持つ関係と同じです。

ひとまずはいつも通り、文の構造に沿った愚直な訳にしてみましたが、恐らく、このままでは「?」の方も多くいらっしゃるのではないかと思います。(ちなみに私は理解するのに丸2日もかかってしまいました泣)

ここから、どうにかわかりやすい日本語と解説に仕上げていけるように頑張ります。

では、『まとめ』に入りましょう。

まとめ|結論・解説・考察

では、改めて今回の一文をご紹介します。

Ⅰ. The Magus, Magician, or Juggler, the caster of the dice and mountebank, in the world of vulgar trickery.
This is the colportage interpretation, and it has the same corres-pondence with the real symbolical meaning that the use of the Tarot in fortune-telling has with its mystic construction according to the secret science of symbolism.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です。

多少不自然でも、なるべく原文に手を加えずダイレクトに訳したものになります。

→ 1、魔術師、手品師、あるいは大道芸人、賽を振る者、そしていかさま師、低俗でペテンの世界に属する。

→ これは通俗的な解釈であり、そして、それは本来の象徴的意味と同じ関係を持ち、それは占いにおけるタロットの使用が秘教的な象徴学に基づく神秘的な構造が持つ関係と同じです。

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

タロットの形態や数に関しては、既に多くの方に知れ渡っており、改めて列挙する必要はほとんどないはずですが、しかし何事も〝当然〟と決めつけるのは早計、また他にも理由があるため、以下、簡潔に一覧にしておきます。――

最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。

1、「魔術師」、「手品師」、あるいは「大道芸人」、低俗な誤魔化しの世界に属する賭博師、そしていかさま師。
これは通俗的な解釈であり、それが本来の象徴的な意味を持つという関係性は、占いにタロットを用いることが秘教的象徴学に基づく神秘的な構造を持つという関係性と同じである。

このように仕上げましたが、すみません。この訳では不十分だと思います。

ですが、私には今回はこれが限界でした。

自分でもやや納得がいかない点はあるのですが、いくらわかりやすくするとは言え、この一文をわかりやすく意訳に近い形にすると、本文をほとんど無視するような形になってしまって、さすがにそれも良いとは思えず…。

苦肉の策と言うと聞こえが良いかも知れませんが、解説の方で詳しく説明をさせてください。

解説・考察

では早速、今回の一文について解説を始めます。

結論からお伝えしますと、今回の一文でウェイトは――「奇術師」のカードには、魔術師、手品師、あるいは大道芸人、低俗な誤魔化しの世界に属する賭博師、そしていかさま師と、呼び方は違えど、それらはどれも一般的な安っぽい解釈に過ぎず、それが本来の象徴的な意味を持っているなどということはあり得ないのだ。それは、本来の神秘主義の教えに基づく秘義や体系が組み込まれたタロットを占いなんぞに使うことと同じようなものだ――というようなことを言っています。

意味、伝わりますでしょうか…。(不安)

ウェイトは「奇術師」という一つの〝象徴〟に対し、「手品師、あるいは大道芸人、低俗な誤魔化しの世界に属する賭博師、そしていかさま師」という〝解釈〟を多くの人がしている――という、一つの『見え方』のことを言っているんですね。

この〝象徴〟と〝解釈〟の関わり方が一つの『見え方』であり、「関係性」としているわけです。(わかりますよね?)

そして、ウェイトはこの一つの関係性に〝colportage〟と称しました。

道中でもお伝えしましたが、直接「安っぽい」という表現ではありませんが、〝colportage〟 には「通俗的、安っぽい、表面的」というニュアンスが含まれており、ウェイトがそれらの解釈に対し良い印象を持っていないことは一目瞭然です。この一文は、ネイティブの方が読んでも「彼は占い(fortune-telling)的な解釈を馬鹿にしているんだな」と感じられるそうです。

そこへ、今度は自身の愛するタロットの話を持ち出してきました。

何故でしょう?

そして、「これから言うことは、今伝えたことと同じ関係性だ」ということを述べています。(〝has with〟があるため)

少し大袈裟に代弁しますが、後半は「神秘主義による知恵や秘義に基づいて作られた真のタロットカードを、そんな表面的な解釈でしかない占いなんぞに使いやがって!!(怒)」という解釈で差し支えないと思います。

これまで翻訳してきた中で、ウェイトは神秘主義に基づかないタロットはタロットとは認めていませんし(その場合〝Tarot〟とも呼んでいません)、一般的な占い(fortune-telling)に対しても否定的です。

つまり何処まで行っても、ウェイトにとっての一般的な占いは「安っぽいもの」であり、一貫して「表面的な解釈」というようなことを言い続けています。本当に表現は様々ですが。

道中でもお伝えしました通り、この一文は「前半と後半の文章の関係性は同じだ」というような内容になっていて、ウェイトはこの短い一文の中で、『何処にでもある安っぽい占いと表面的な解釈 VS 本来の神秘主義に基づいた秘義(知恵)と真のタロット』というような比較をしつつ、その上で前半と後半の文章を対比している、ということなんですね。

ですが、あの訳だけでは多分「?」を思い浮かべる方続出だったと思います。

翻訳アプリやソフトなんかを使っても、然程変わらない訳が提示されていたのですが、今、ふと我に返ると「そう言えば、いつもウェイトはそうだった…」ということを思い出しました。

解説は以上です。

この解説が、少しでも多くの方の参考になると良いです。

最後に、一つ気になっていたことがありまして、それをお話しして終わりにしたいと思います。

それは、「なんでわざわざ〝低俗〟や〝誤魔化し〟などという言葉を使ったのだろう?」ということです。

私的には、きっと「賭博師」「いかさま師」と聞いた時点で、一般的にはあまり良い印象は持たれないと思うのですね。

それなのに、既にあまり良い印象ではないであろう職業を更に悪く言う必要ってなんなのかな?って、そんな風に思いながら読み進めていました。

それに、今回の〝trickery〟は良い方の意味では使われませんでしたが、言ってしまえば、魔法使いも、大魔法使いであっても、手品師も大道芸師も、みんな「まやかし/誤魔化し」みたいなものじゃないですか(ちなみに私は、魔法も手品もめちゃくちゃ好きですし、サイコロの目を操ったりできることはすごいと思っています)。

ちなみに、この〝in the world of vulgar trickery=低俗な誤魔化しの世界に属する〟は、「賭博師」と「いかさま師」にだけ掛かっているそうなんですね。

最初は全部に対して言っているのかなと思ったので調べてみたのですが、文法的には後ろの二つに対してだけだそうです。

それでなんですが、〝mountebank〟=「いかさま師/ペテン師/詐欺師」、言い方は様々でも(個人的にはどれも似たようなものだと思ってしまうんですけど)「賭博師」もとい「サイコロ師(つまりサイコロを振る人)」って、そんなに悪いものなのかな?と思って、こちらも少し調べてみました。

すると、ウェイトの時代(1910年頃)では、いわゆる〝賭博〟というものは一般的には「好ましくないもの」としての認識が高かったそうなのです。ですが、だからと言って法律で禁止されていたわけでもなかったようです。

上流階級の人々が集うクラブなんかでは息抜きのような遊戯場として設けられていたり、逆に庶民層の中では非合理的な賭け事として存在していたそうで、パブや路地裏などでされる賭博行為は警察の取り締まりの対象だったそうです。

つまり、「人の環境や状況によって価値が異なる」ということなのだと思うのです。

そうです。

要は、『いつも通り』ということなんです。

あくまで私の一つの見え方に過ぎませんが、一見ただマルセイユタロットに意味付けされている一般的に知られている解釈と、自分の愛する神秘主義によって付与された解釈の比較を行っているようにも見えますが、もしかすると、そういった社会の格差的な面においてもウェイトの皮肉が込められていたのかなと思いました。

以前、何処かでもお伝えしたかも知れないのですが、1910年頃のイギリスです。

きっと世論に対する声をストレートに挙げることすら許されない時代だったと思います。今の時代の私たちが読んでいると、ただ皮肉に聞こえたり、やたらと難しい表現を用いて遠回しな言い方をしているようには感じられるのだとは思うのですが、これまでのこうした時折見られるタロットとは関係ない部分での皮肉だったりは、ウェイトなりの世の中に対する反論や反撃だったのかも知れませんね。とは言え、ハロルド・ベイリー氏の時のようなやり方は私は好きにはなれませんが。

今回は「奇術師」の記述を半分ほど読み進めました。

残り半分は次回にしたいと思います。

では、最後まで見てくださった方、ありとうございます。

また次回。

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