『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMPS MAJOR)』翻訳・解読【運命の車輪】Vol.4
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こんにちは。
『タロットの世界』へようこそ。
§2「運命の車輪」第四回目、今回で「運命の車輪」は最後となります。
これまで散々、「運命の車輪」「運命の車輪」とお伝えしてきましたが、今更ながら、恐らく一般的には「運命の輪」と呼ばれることの方が多いと思います。
このことは、最初からわかっていたことではあるのですが、個人的に「「輪」だけを表すなら〝ring〟の方が適している。あるいは〝circle〟の方が適切ではないだろうか?」という気持ちがあったので、敢えて「車輪」としていました。
正直、この§2の「運命の車輪」に差し掛かっても、カードそのものについてはほとんど語られていないため、タイトルとして用いられている〝Wheel〟が(ウェイト的に)実際何を表しているのか、私自身まだよくわかりません。
かと言って、今後読み進めていればわかるとも言い難く…だからと言って、立ち止まることもできそうになく……前進あるのみです。(笑)
ということで、今しばらく「運命の車輪」として進めていこうと思います。
個人的な考察(推測?)ではありましたが、前回は私なりに良い点に気付けたのではないかと自負しております(ぜひ読んでください!!)。
しかし、文章としてまとめるのはとっても大変でした。自分が感じている違和感をあまり上手く言葉にできなくて…。
できれば、今回はシンプルなものでお願いしたいです。
では、参りましょう。
前回の記事はこちら
今回の文章:エリファス・レヴィの「運命の車輪」
今回扱う文章です。
These are replaced in the reconstruction by a Hermanubis rising with the wheel, a Sphinx couchant at the summit and a Typhon on the descending side.
Here is another instance of an invention in support of a hypothesis; but if the latter be set aside the grouping is symbolically correct and can pass as such.
※原文にある改行時に用いられるハイフン(-)は省略しています。
Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より
いつも通り、一文ずつ見ていきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
一文目:ヘルマヌビス、スフィンクス、テュポーンへの置き換え
一文目は〝These are replaced in the reconstruction by a Hermanubis rising with the wheel, a Sphinx couchant at the summit and a Typhon on the descending side.〟です。
また、単語等のチェックから始めます。
・replaced → 置き換えられる
・reconstruction → 再構成、復元
・Hermanubis → ヘルマヌビス(アヌビスとヘルメスの合成神)
・couchant → 伏せている、横たわっている(heraldry用語)
・Typhon → テュポーン(ギリシャ神話の怪物)
※ここでは一般的なものを挙げています。
またしても、ゲーム好きな私に嬉しい単語が多めです。
では、まず最初に〝These are replaced in the reconstruction〟ですが、こちらは「これらは再構成の中で置き換えられた」というような意味です。
「これら」というのは、前回当サイトで暫定的に断定した Court de Gébelin(コート・ド・ジェブラン)の「運命の車輪」を筆頭に、当時ウェイトにとって気に入らなかった「運命の車輪」の描写全てを指していると思います。
続いて〝by a Hermanubis rising with the wheel〟とありまして、こちらが「車輪と共に上昇する(一体の)ヘルマヌビスによって」という意味だと思います。
この「ヘルマヌビス」という語は初めて聞きました。
〝ヘルメス + アヌビス = ヘルマヌビス〟ということなのですが、恐らくあまり有名ではないと思うのですが、だからこそ、ここで語られているのが意外でもあります。
ヘルメス(ギリシャ神話の神)と、アヌビス(エジプト神話の神)、異国の神話の神同士が合わさるなんていうことがあって良かったのでしょうか。
なんとなくですが、歴史的なことを考えますと、ちょっとタブーな感じがしますが…実際は、そうではなかったから成立しているのでしょうね。
では次に〝a Sphinx couchant at the summit〟ですが、こちらが「頂上で伏せている(一体の)スフィンクス」という意味です。
リストにも「heraldry用語」と記載したのですが、こちらは〝紋章学〟という学問で使われる専門用語だそうで、〝couchant〟という言葉自体が動物の姿勢を厳密に分類した用語だそうです。
つまり、〝couchant〟を用いた時点で、「動物が前足を伸ばして伏せている姿勢、頭を上げていて、寝ているわけではない」という様子を表しているようです。
日本でも紋章学は存在するそうなのですが、そもそも日本国内で〝紋章〟というものが一般的でない気がするので、恐らく知らない方も多いのではないでしょうか(私は初めて聞きました)。
そして〝and a Typhon on the descending side〟ですが、こちらは「そして下降する側の(一体の)テュポーン」という意味です。
スフィンクスは、スフィンクスですね。

出典:Barcex, CC BY-SA 3.0
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4483211
ですが、文中の〝Sphinx〟がどういう扱い方をされているのかは定かでありません。
個人的にスフィンクスは、『神話』と言うより歴史的な〝王の威厳を象徴するための建造物〟という認識ですが、もしかすると、神話としてのスフィンクスという扱いかも知れません(どちらかと言えば後者ですかね…)。
いいな~、エジプト行ってみたいです(というか住んでみたいです、いいな~)。
では、一度まとめてみましょう。
〝These are replaced in the reconstruction by a Hermanubis rising with the wheel, a Sphinx couchant at the summit and a Typhon on the descending side.〟
→ これらは再構成の中で、車輪と共に上昇する(一体の)ヘルマヌビス、頂上で伏せている(一体の)スフィンクス、そして下降する側の(一体の)テュポーンによって置き換えられた。
わっ、これは、そのままでもわかりやすい(嬉しい)。
しかし、今度はこれに該当する「運命の車輪」を探さねば、ということですよね。
ところが、もう見つかっていたり…。
はい、今回の記事を作成するにあたり、また前回の記事を見返していたところ、「あれ?なんか間違えてた…(この件は既に修正を加えてあります)」と気付いたことがありました。
その際に改めて、Etteilla(エッテイヤ)、Éliphas Lévi(エリファス・レヴィ)、Papus(パピュス)の「運命の車輪」に相当する図版を調べました。
今後も間違えることは多々あると思いますが、出来る限り一次資料から得た正確な情報をお伝えしたいと考えています。
かなり時間は掛かりましたが、苦労の甲斐あって無事、御三方の図版を見付けることができました。
その中でも、ウェイトがここで述べている「運命の車輪」の描写は、エリファス・レヴィのものである可能性が高いと思います。

出典:Internet Archive
ヘルマヌビス(右)、スフィンクス(上)、テュポーン(左)と、みな揃っていますよね。
1861年に出版されたとは思えないほど、とても綺麗な本でした(タイトルをクリックすると実際にご覧になれます)。
終始白黒ですし、決して多いわけではないのですが、「(当時から)こんなに綺麗に印刷ができたんだ?」と驚くほど線画が細かく、掲載されている図版は本当にどれも素敵でした。驚きました。
しかしながら、この図は『タロットカード』として描かれたものではないと思います。
さっと調べただけになりますが、『Le clef des grands mystères』内を確認してみても、この図版に関する説明のようなものがなさそうでした。
ひとまずは、「ないよりはいいかな?」と思い共有してみたのですが…何か参考になりましたら幸いです。
では、次の文章に進んでみましょう。
二文目:図像の構図自体は褒めつつ批判するウェイト
二つ目の文章は〝Here is another instance of an invention in support of a hypothesis; but if the latter be set aside the grouping is symbolically correct and can pass as such.〟です。
また、単語等のチェックから参りましょう。
・instance → 例、事例
・invention → 発明、(ここでは)作り話、捏造、こじ付け
・support → 支持する、裏付ける
・in support of → ~を支持するために
・Hypothesis → 仮説、憶測
・latter → 後者
・aside → 脇に置く、無視する
・set aside → ~はさておき、一旦脇において
※ここでは代表的なものを挙げています。
まず最初に〝Here is another instance of an invention in support of a hypothesis〟ですが、こちらは「ここに、一つの仮説を支持するための一つの作り話の、もう一つの例があります」というような意味です。
ここでの〝invention〟は「発明」という意味ではなく、「こじ付け」といったニュアンスが強いようです。
また〝in ~ of(ここではsupport)〟は、「~するために」という意味ですが、〝for〟とは違い、「正当化する」というようなニュアンスが強いそうです。
〝Hypothesis〟は「ハイポセシス」というような読みで、この単語自体にも「根拠の薄い理論」とか「仮の仮説」「まだ証明されていない考え」というようなニュアンスが含まれるそうです。
いつもながら、使う語の選択が一貫していますね。
直訳では少しややこしく聞こえてしまうかも知れませんが、要するに「ある仮説を正当化するために捏造された作り話の例がある」ということだと思います(敢えて極端に言い換えています)。
どんな例があるのでしょう?
そして〝but if the latter be set aside〟ですが、こちらが「しかし、もし後者を一旦脇に置くのであれば」というような意味でしょうか。
この「後者(latter)」というのは直前の「仮説(Hypothesis)」を指していると思うのですが、個人的には「え?(その例を)言わないの?」という気持ちです。
続く〝the grouping is symbolically correct〟は、「そのグループ化は象徴的に正しい」というような意味です。
ひとまず「グループ化」としましたが、前文のカードの構図(もしくは配置=つまり、ヘルマヌビスとスフィンクス、ティポーン)のことを指しているのだと思います。
最後に〝and can pass as such〟とありまして、こちらが「そして、そのようなものとして通過(通用)する」というような意味だと思います。
「象徴的な配置としては合格なんじゃない?」といったニュアンスだと思います。
終始、上から目線でしたね…。
ですが、確かにウェイトにも思うところはあったのだと思いますが、前文で取り上げたエリファス・レヴィの図版を見たら、誰もがその真剣さを感じ取れるのは間違いないでしょうし、ウェイトも認められない部分はありながらも、きっとエリファス・レヴィの図には心を動かされたのではないかと、個人的にはそう感じます(本当にすごかったんです)。
一度まとめます。
〝Here is another instance of an invention in support of a hypothesis; but if the latter be set aside the grouping is symbolically correct and can pass as such.〟
→ ここに、一つの仮説を支持するための一つの作り話の、もう一つの例があるのだが、もし後者を一旦脇に置くのであれば、そのグループ化は象徴的に正しく、そのようなものとして通過(通用)するであろう。
ということで、今回の§2の「運命の車輪」は終わってしまうのですが、かなり中途半端な終わり方をしている気がします。
最後の解説や考察の方で、また詳細を少し掘り下げたいと思いますが、正直私的には「おい、今すぐそれを言うのじゃ!」という面持ちです。
個人的には後ろ髪惹かれる思いですが、まとめに入ります。
まとめ
改めて、今回扱った文章をご紹介します。
These are replaced in the reconstruction by a Hermanubis rising with the wheel, a Sphinx couchant at the summit and a Typhon on the descending side.
Arthur Edward Waite
Here is another instance of an invention in support of a hypothesis; but if the latter be set aside the grouping is symbolically correct and can pass as such.
『The Pictorial Key to the Tarot』より
また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、前回の結論もお伝えしておきます。
近年、このカードは数々の奇抜な表現に見舞われ、(その象徴性においては示唆的ではあるが)一つの仮説的な再構成にも晒されてきた。
その車輪には七本の放射線があり、十八世紀の版では、上昇し下降する動物たちは実に得体の知れない姿をしており、そのうちの一体は人間の頭をしていた。
頂上には、正体不明の獣の身体を持つ別の怪物がおり、肩には翼、頭には冠を載せていた。
その爪には二本の杖が握られていた。
そして、今回のこれまでの訳です(日本語としては不自然でも、なるべく手を加えず、ほぼ文法通りのダイレクトな訳になります)。
→ これらは再構成の中で、車輪と共に上昇する(一体の)ヘルマヌビス、頂上で伏せている(一体の)スフィンクス、そして下降する側の(一体の)テュポーンによって置き換えられた。
→ ここに、一つの仮説を支持するための一つの作り話の、もう一つの例があるのだが、もし後者を一旦脇に置くのであれば、そのグループ化は象徴的に正しく、そのようなものとして通過(通用)するであろう。
続いて、なるべく本文に忠実に、その上で日本語としてもう少しわかりやすく整えた(当サイト比)訳がこちらです。
これらは再構成により、車輪と共に上昇するヘルマヌビス、頂上で伏せているスフィンクス、そして下降側に位置するテュポーンに置き換えられた。
ここに、ある仮説を裏付けるために作られたもう一つの例があるのだが、もし後者を一旦脇に置くのであれば、その構図は象徴的には正しく、そのようなものとして通用するであろう。
そこまで大きな差はありませんが、整える程度に仕上げました。
二文目の「そのような」は、「象徴として見るだけなら(象徴的には正しく)」ということだと思います。
逆に言うと、「つまり、仮説そのものはまったく通用しない」と言っているような気もします。
今回はそこまで細かな解説は必要ではないと存じていますが、最後に少しだけ考察をお伝えして終わりにしたいと思います。
解説・考察
正直なところ、「残念なことこの上なし」という気持ちの上、「一体、この§2の「運命の車輪」では何をやっていたのだろう?」と言いたくなるほど、ただただウェイトの一方的な主張を聞かされていたような気がします(いつもに増してという意味で)。
〝いつも通り〟と言えばそれまでなのですが、個人的にはやはり、もう少し「運命の車輪」そのものの話を聞きたかったです。
それについても、エリファス・レヴィやエッテイヤなど、当時のオカルティストと呼ばれる人物たちの本を読んだ方が早そう…と、とうにそのような見解は出ていますが。
私なりの解釈になりますが、「隠者」ほど長編ではなかったので、これまで「運命の車輪」で語られていたことを、改めてまとめてみます。
§2「運命の車輪」で語られた内容
- Vol.1 自作自演とも言える過去作の宣伝(▶▶ こちら)
-1:他者を装い、新しく追加した部分を除く過去に別名義で出版した本を全力で批判
-2:世の中のタロット的なものの大アルカナ22枚は、ウェイト=スミスタロットの「運命の車輪」一枚に相当すると主張 - Vol.2 他者を批判するためには自らを落とすし、謎の主張(▶▶ こちら)
-1:引き続き他者を装い、過去作に新しく追加した部分だけを肯定
-2:「どうしてこんなことも考えられないのか」と、当時のタロット制作者を遠回しに批判
-3:突然 Vol.1-2について「最初から副題に書いてあったから」と言い張る(しかし何の因果関係もない) - Vol.3 伝統的な描写に対する被害届(▶▶ こちら)
-1:当時の「運命の車輪」の描写を批判(まるで自分が被害者かのような物言い)
-2:とある仮説によって被害を受けた、というような言い分
-3:ウェイトが指す図版はコート・ド・ジェブランのものである可能性が高い - Vol.4 ウェイトにとって褒めるのと貶すのは等価交換ではないといけないのか(当記事)
-1:コート・ド・ジェブランの図版に関する描写を淡々と述べていたものの、急にエリファス・レヴィの図版と思われる描写の話に変わる
-2:エリファス・レヴィの図版の構図だけは良いとしているが、根本的には挙げられている仮説を否定している
いかがでしょう?
本当に、当時の「運命の車輪」そのものには、ほとんど触れられていないんですよね…。(涙)
何と言いますか、基本的に「高圧的」「他者を見下したような姿勢」「批判」「否定」という物言いが目立つのは、確かにその通りだと思うのですが、だからと言って、ウェイトも何の根拠もなく述べているわけではないと思うのですよね。
実際、そうだと思います。
ですが、なんでしょう。
私の表現の仕方や、文章の拙さについてはさておき…ぼそっ(小声)
どう考えてもウェイトの文体って、誰が読んでもあまり気持ちの良いものではないと思うんですよね。
ウェイトって、こんなにも複雑な文章を作るのに長けていて、その上、本当にいろいろをよく知っていますし、(良くも悪くもかも知れませんが)強烈なしたたかなさもあります。
個人的に、もっと受け取られやすい表現を用いることが可能だったのでは?と思ってしまうんですよね。
「こういうスタイルが好きなんだ」と言われてしまえば、それまでなんですが…。
今回の「仮説」も、恐らくは「タロットの起源はエジプトにありー」という説のことを言っているのだと思うのですが、これを全否定するわけですから、ウェイトなりの根拠があったのではないかと思うんですよね。
実際に、タロットの起源が15世紀頃のイタリアだと学術的に確定したのも、19世紀後半~20世紀初頭だそうです。
ウェイトがそのことを知っていたかはわかりませんが、また、その根拠等については、まだ『The Pictorial Key to the Tarot』内でも語られたことがないと記憶していますが、何もかも、敢えて見下したような言い方をする必要性が、私にはよく理解できないんですよね(けどこのことすらウェイトに自覚がないのであれば、元も子もない話ですが…)。
かと言って、大衆的には名の知れていないウェイトが、『(ウェイトにとっての)真実』を広めるには、正攻法では難しかったのかも知れない、とも考えられなくはないのですが…。
まぁいいか♪
何はともあれ、今回は非常にシンプルな文で助かりました。
ほとんどと言っても差し支えないほど、他者の「運命の車輪」を否定、非難してきたわけですから、ぜひ本編では頷かざるを得ないような、圧倒的なウェイト論を示してほしいですよね(期待し過ぎかな笑)。
では、今回はこれで終わりになります。
最後まで見てくださり、ありがとうございます。
次回からは「正義」のカードになります。お楽しみに!!

