『The Pictorial Key to the Tarot』を解読しながら訳していく Vol.14

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『The Pictorial Key to the Tarot』を解読・翻訳するシリーズ第14回のアイキャッチ画像。タロットの歴史や解釈を深掘りする内容を示す視覚的な要素を含む。

こんにちは。

これまでのおさらいを兼ね、一度訳したものだけでも全文載せようと思ったのですが、思っていた以上に文字数が多かったので、一旦その考えを止めにしました。

この〝Reface(序文)〟が終わるまでは突き進んだらいいよ、ということなのかと思いましたので、全文の訳のまとめはまた後日改めることにします。

言うまでもなく、毎度調べることが多く、内容もボリューミーでして、私自身、これまでの内容を忘れてしまうことがあるんです。。。

なんだか振り返ってみますと、すごい昔のことのように感じます。

前回の一文がとても長く、気付けば序文も残り半分となりました。

数え間違えていなければですが、ピリオドで1つの節目としますと、〝Reface(序文)〟には18個の一文があるんですね。

ちょっと表現があっているかわかりませんが。。。

今回のタイトルには『Vol.14』とありますが、タイトルのページをVol.1にしてしまったり、長い一文は2回に分けたりもしましたので、少しずれてはいますが、今回の一文が11個目の一文となります。

久しぶりに短いので気が楽です。

ですが、勘違いしてはいけませんが、恐らく今回の一文も一般的には短くはないんです、きっと。。。

長いんですね、基本、ウェイトの文章って。。。

さて、今回も頑張ります。

今回の一文 ウェイトの決意ータロットにおける認識の改革と無知なる偏見の排除

では今回の一文です。

It is time that it should be rescued, and this I propose to undertake once and for all, that I may have done with the side issues which distract from the term.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

PC上でのことですが、前回の一文は3行ありましたので、今回1行で収まっているのがとても短く感じます。(スマホでは10行くらいになると思います)

これまで、その時その時の良い感じのところで一文を区切り、そして、それをそのままタイトルにしていたのですが、私自身「なんだか長いよなぁ、、、」と感じていました。

ですので、今回から新しい試みとして、その区切った文1つ1つにも、簡単な日本語訳を付けまして、それぞれの文章にどんなことが描かれているのかを少しわかりやすくしてみました。

ちょっとでも見やすくなったらいいなと思ったのですが、どうかそのようにありますよう。。。

では、よろしくお願いいたします。

タロット本来の価値を取り戻す時が来た

はい、では〝It is time that it should be rescued, 〟ですが、そこまで難しくないと思いますが、念のため、さっと見ていきます。

〝It is time〟はそのまま「それは時間です。」といった意味で「その時が来た!!」みたいな感じで良いかと思います。

そして、何の時が来たのか?というのが〝that〟以降に書かれています。

〝 it should be rescued〟は「それを救うべきです」と言っていますね。

前回、ウェイトは、タロットは、一見頭の良さそうに見える人たちや、商売道具としてしかタロットを見ていない人たちによって、本来のタロットとは間違った解釈を広められてしまったというようなことを言っていました。

そして、ここでそれを救う時が来たのだ!!と言っているわけですね。

まぁ直訳ではそのような形ですが、「本来のタロットの価値を取り戻すべき時が来たのだ!!」というようなニュアンスだと思います。

本当、今に通ずるものがありますよね。

では次に行きます。

ウェイト、歪められた解釈に終止符を打つ

次は〝and this I propose to undertake once and for all〟です。

わからない単語がありました。

  • propose
  • undertake

わからないと言いますか、「何故、急にプロポーズ?」と思い、「きっと日本で使われているプロポーズの意味とは全然違うんだろうな」と思ったので、せっかくですから追究してみることにしました。

では1つずつ見ていきましょう。

propose

プロポーズ(propose)って結婚を申し込むことなのかと思っていました。

恐らく、みなさんもそのようでは?と思うのですが、〝propose〟は本来「申し出る」や「提案する」といった意味で使われるそうです。

知りませんでした。

ですので〝and this I propose to〟「そして私はこの~を申し出る/提案する」みたいな感じになるかと思います。

undertake

こちらは「引き受ける/着手する」というような意味だそうで「責任を持って」というニュアンスが含まれるそうです。

〝once and for all〟「1度で全部」というニュアンスがあり、「最終的に決着をつける」「完全に終わらせる」というような意味だそうです。

ここでの訳をまとめます。

〝and this I propose to undertake once and for all〟

そしてこれを私は完全にやり遂げるということを提案する

というような感じになるかと思います。

次が最後です。

タロットの本質をゆがめる問題の排除

段々と、これまでに出てきたことのない単語まで「あ、前にもやったな!!」という勘違いが増えてきてしまいました。

最後は〝that I may have done with the side issues which distract from the term.〟という文章です。

〝that I may have done with〟「それによって、私は~を終わらせるつもりです。」というような意味になります。

ここで、生まれて初めて聞く言葉が出てきました。

『イディオム』っていう言葉、みなさんご存じですか?

今の〝have done with〟が、まさしくそうなんですが、一見、単語を見ただけではわからないような意味のあるフレーズのことをそう呼ぶそうなんです。

『イディオム』、私は初めて聞きました。

というわけで〝have done with〟には「~を終わらせる」「片付ける」という意味があり、「それについてもう悩まなくても済む」というニュアンスがあるそうなんです。

確かに〝havu(持つ)+done(した)〟で「片付ける」というような解釈は、私には生まれなかったと思います。

他にも〝break the ice〟なんていうフレーズがありまして、直訳すると「氷を割る」ですが、これは「場の雰囲気を和ませる」という意味だそうです。

面白い表現ですよね。

また〝spill the beans〟というフレーズは、直訳では「豆をこぼす」という意味ですが、こちらは「秘密を漏らす」という意味があるそうなんです。

古代ギリシャの投票制度をモチーフにしたイラスト。白と黒の豆が賛否を示し、秘密を漏らす(spill the beans)の語源を表現。民主主義と歴史的背景を視覚的に伝える画像。
〝spill the beans〟のイメージです。

こちらは〝break the ice〟と違い、「え?なんで?」という感じがするかも知れませんが、由来は古代ギリシアの投票制度にあるとか。。。(諸説いろいろあるそうですが)

なんでも当時のギリシアでは、白色(賛成)と黒色(反対)の豆を使い、投票を行っていたそうで、豆の入った投票箱を、誤ってひっくり返してしまった時、内容が明らかになってしまうことから、このような言われになったとされています。

実際使われ始めたのは、20世紀初頭のアメリカだったそうで、古代ギリシアとの直接的な関係は明らかではないそうなのですが、こちらも面白いですよね。

本題に戻ります。

では「何を終わらせるのか?」を見ていきます。(もうタイトルにしてしまっているので、何かはわかると思うのですが。。。)

〝the side issues〟は直訳すると「横/側面の問題」みたいな意味になり、メインの問題ではないということが言えるとも思います。

ですので「枝葉の問題」という風に訳したりもできるかと思います。

そして〝which(~するもの)〟が指すものが、

distract

こちらは「気を散らす」「注意をそらす」「集中を妨げる」といったような意味だそうです。

term

こちら「ターム」と読むのですが、私は初めて聞きました。

文脈によって意味が変わるそうで用途が幅広そうです。

「用語/言葉」や「期間/任務」「契約条件/規定」という意味があるそうなんですが、ちょっとまだここでの意味として良さそうなものが私にはわかりません。

一度まとめてます。

〝that I may have done with the side issues which distract from the term.〟

それにより、私は言葉から注意をそらす枝葉の問題を終わらせるつもりです。

みたいな感じでしょうか。

一旦ここでは〝term〟の訳を「言葉」としましたが、全体の流れを見て調整したいと思います。

いやぁ、すさまじい速さで終わりました^^

ではまとめたいと思います。

まとめ&解説

では、改めて今回の一文を載せます。

It is time that it should be rescued, and this I propose to undertake once and for all, that I may have done with the side issues which distract from the term.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

驚きの短さですね!!

=自分がウェイトの長文に慣れてしまっているということでもあるかも知れませんが。。。

一応、前回の訳も、当サイトの見解の方だけ載せておきます。

『ここで言いたいことは、、、長いこと、タロットカードはタロット業界における商売道具の1つとして、カード占い師たちの手中にあった。
私は、私が属している集団以外には、このことが重要なのか、またはそうでないのかということにおいて、説得したり追求しようとも思わない。
だが、歴史的な観点や解釈といった側面からでは、決して良い状況になったとは言い難い。
本来であれば、洞察力に長けているはずの哲学者たち、また証拠や根拠を正しく評価できるはずの者たちによって、それは完全に蔑まれる物として広められてしまった。』

そして、まず今回の直訳風です。

直訳風

それが救われるべき時が来た。そして私は、これを完全に遂行することを提案し、それによって私は本題から注意をそらす枝葉の問題を終わらせることができるであろう。

多分こんな感じです。

文章の構造なんかも含め、割と忠実に訳せていると思います。

これでも言っている意味はわからなくないとは思うのですが、もう少しわかりやすく、日本語らしい日本語に仕上げていきたいと思います

当サイトの見解がこちらです。

タロットの世界の見解

時は来た!!今こそ(それを)救うべき時なのである。私はこれを完全に成し遂げると誓い、そして私はタロットの弊害となる不毛な議論に終止符を打つであろう。

いかがでしょう?

けっこう自信作なんですが^^

例によって、少し解説をさせてくださいね。

最初の『時は来た!!今こそそれを救うべき時なのである。』辺りは、割とそのままな気がします。

ちょっとウェイトが言っているみたいに、想像してこのようにしました。

ですが、そうは言っていますが、『タロットの真の価値を取り戻すと時が来た!!』ということだと思うんですね、まったくそのようには言っていませんが。

そして、次は「誓う」と訳したことについてですが、こちらも原文では「誓う」という意味の単語は使われていません。

ちなみに「誓う」や「宣誓をする」という意味を持つ単語はとても多いです。

これは私の推測ですが、、、

先ほどお伝えしました通り〝propose〟は、本来「申し出る」とか「提案する」という意味なんですが、どう考えても「提案」や「申し出る」という、そんな下からのような、物腰柔らかな感じではない気がするんですよね。

もちろん、私の勝手な妄想ですが、個人的には、これが『宣戦布告』とも受け取れるような文章に感じたのです。

提案する?

申し出る?

全然。。。

私には、ウェイトは、彼が認めたくない非神秘族だったり、自分が思う本来のタロットの価値を疎かにしてしまう人たちにだったり、そして単なる商売としての道具として扱ってしまうような人たちに対して、喧嘩を売っているかも同然のような言い方に思えました。

また、たくさんある「提案する」「申し出る」のような単語の中から〝propose〟を選んだのも、個人的には、私は、ウェイトがこの決意と結婚をする、というような意味で言っているのではないかという考えも浮かび上がりました。

〝term〟は、これと言った情報が少なく、あまり深掘りすることができなかったのですが、言うなれば、ウェイトが思うタロットの真の価値(それが〝term〟ですよね)を取り戻す、そしてそれを彼は「完全に遂行する」「終わらせる」というようなことを言っているのですが、要は、この決意と添い遂げる、という解釈でも良いと思いませんか?

もしかしたら飛躍し過ぎているかも知れませんが、〝term〟に誓いを立てた、というニュアンスで〝propose〟にしたんじゃないかな?なんて思ったのです。

そう考えると、けっこうロマンチックな人ですよね、ウェイトって。

そのくらいに、固い決意、ということだったのだと思います。

また〝term〟をどう訳そうか迷ったのですが、これを「タロット」としたのは、言うまでもなくタロットのことだからなのですが、〝term〟を使ったのは、やはり「タロットの言葉」という意味で、やはり、本来タロットがそれぞれに持つ意味のことを指しているんだと思います。

カードの意味を「カードの言葉」として表現しているのですね。

これらは、やはり今にも同じことが言えると思います。

今でも、タロットのそれぞれの意味をよく知らず、なんとなくで占いを行っている人は多いと思います。

現に私はそういう人の動画なんかを見て「ちゃんと知りたいな」と思ったわけですから。。。

そういった方を責めるつもりではありませんが、私自身は、ちゃんとした意味も知らずに、よくそれで人からお金を頂戴しようと思えるなぁというのが正直なところです。

きっと、似ているところがあるんでしょうね、私は、ウェイトに。。。

話を戻しますが、恐らくウェイトにとってそのような状況は決して面白いものではなかったと思いますが、ですがやはりここでも「でもそれらは大した問題でもないけどね」というような言い回しで〝side issues〟という表現をしているのだと思います。

「本質的には何の影響もないんだけどね、タロットには」みたいな、「取るに足らないけんだけどね、本当は」みたいなニュアンスを込めるために〝side issues〟すなわち「枝葉の問題」と言っているのではないかなと思いました。

「不毛」と訳しましたのは、そのように本筋とはかけ離れた問題、という皮肉も込めたかったのかな?、という気がしたので、単に「無益」や「役に立たない」とか「間違った解釈」「誤解」とするより、「もっと無意味で生産性のないもの」というような意味を持たせたくてそのように訳しました。

やっぱり現代に通じてしまうのですよね。

SNSでは真偽が定かではない情報が瞬く間に広がり、それを深く考えず鵜呑みにしてしまう人は少なくありません。

このような傾向は、ウェイトが終止符を打つと言っている、偏った思い込みや不毛な議論に通ずるものがあるかと思います。

彼が目指した、表面的な理解ではなく、本質を見極められる視点を持つということ、、、それは、今の時代にも必要なことだと思います。

また、少し余談になってしまうのですが、私は最近、天使や悪魔に関する物語なんかも調べているのですが、みなさんはやはり天使の方がお好きでしょうか?

私は幼い頃からゲームが好きだったこともあり、悪魔もかっこいいキャラクターがいっぱいいるので、「どっちも好き」なんですね。

ですが、個人的には、悪魔の話の方が面白く感じられてしまうんです。

だからと言って、それが悪魔の方が良いということでもないのですが、そういった神話なんかを見ていると、大事なのは「どっちが良い悪い」「どっちが正しい」ということではない気がするのですよね。

それらの良し悪しを定義している人たちに目を向けることの方がよっぽど大事だなって、いつも思うんです。

キリスト教の書物に書かれている話には、基本的には悪魔は悪者として描かれているのですが、中には人間に知恵を与えたという悪魔もいたりするそうなんですね。

もちろん神話の中での話ですが。

私的には、神様でも龍神様でも天使でも悪魔でも恐竜でも、みんないた方が面白そうなのにな、と思っています。

話を戻しますが、そういったお話の中に、悪魔は人間にさまざまな知識を与えたとされているものがあります。

武器の製造、占星術、魔術など、その当時を思わせるような言葉の並びですが、そこには薬草の使い方という知識もあったみたいで、医学に通ずるものとされるものもあったそうです。

ですが、それは、神様からすると「人間を堕落させた!!」ということになり、神の怒りに触れてしまったそうなんです。

すると、怒った神様は、その堕落した人間を、悪魔共々洪水を起こし一掃してしまうのだとか、、、

何処かで聞いたことあるかも知れませんが、そうです。

これはノアの物語に繋げられた1つのお話なんですね。

神話ってけっこう面白くて、「本当にその人(悪魔)たちは悪いのか?」と思わされるほど、「神様の方が殺している数は多いんじゃないか?」と思われる場面がたくさんあります。

だいたい一掃です。

いつも1番強いんです。

ですが、こんな風に少し見方を変えると、どちらが正しいかなんてわからないと思うんです。

もちろん、私にも、それなりの善悪や正義、みたいなものはあります。

ですが、こういったタロットもそうなのですが、それと、ぱっと思い付く限りでは、特に日本は宗教なんかについてもそうかと思いますが、個人的には「タロットが悪いの?宗教が悪いの?」という感じがしましてですね、、、。

だってそうじゃありませんか?

タロットそのものは誰も殺したりなんかできませんよね?

カード以前に基本的にはただの紙ですから。

ですが恐らく、タロットを使ってなら、人殺しはできると思います。

同じように宗教なんかもそうじゃありませんか?

何故なら宗教そのものには人を殺す力なんてありませんから。

誰かを恨んだり憎むこともできません。

ナイフを持って出掛けることもしません。

私は、いつの時も、扱ってる側の人間の問題だと思うのです。

そんなことを考えていますと、大事なのはいつも、何が正しいかということではなく、それをどう扱うか、ということでもあると思うんですよね。

恐らく、ウェイトもそのようなことを意識していたのだと思います。

ということで、最後にもう1つ解説をします。

ちょっと弱気、、、という表現が正しいか思うところがありますが、この〝mey〟があることによって、断言というよりかは「この不毛な議論に終止符を打とうとは思っているんだけど、けどそれができるかはわからないよね、けど僕はこの誓いを立てるよ、この問題を終わらせるつもりで臨むよ」、、、というよう心持ちだと思いました。

今回はこれで終わります。

最後まで見てくださった方、ありがとうございます。

また、次回。

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