『The Pictorial Key to the Tarot』を解読しながら訳していく Vol.15

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『The Pictorial Key to the Tarot』を解読・翻訳するシリーズ第15回のアイキャッチ画像。タロットの歴史や解釈を深掘りする内容を示す視覚的な要素を含む。

はい、では始めます。

前回は、これまでの、タロットに対して歪んだ認識や解釈を一掃する!排除する!!という内容でした。

ウェイトのタロットに対する熱い思い、そしてタロットが持つ本来の価値、それらを取り戻したいんだ!!という強い意志が伝わる一文でした。

そこからどのような展開になるのか楽しみです。

早速見て参りましょう。

今回の一文 美と象徴、言語の限界ー語り尽くせない神秘

では、今回の一文です。

As poetry is the most beautiful expression of the things that are of all most beautiful, so is symbolism the most catholic expression in concealment of things that are most profound in the Sanc-tuary and that have not been declared outside it with the same fulness by means of the spoken word.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、これらを3つの区切り良いところに分けます。

〝As poetry is the most beautiful expression of the things that are of all most beautiful,〟

〝so is symbolism the most catholic expression in concealment of things that are most profound in the Sanc-tuary〟

〝and that have not been declared outside it with the same fulness by means of the spoken word.〟

また、それぞれの文にどんな内容が描かれているか、なんとなくでも、日本語でまとめたものをタイトルに付けました。

前回から、そのような試みを始めたのですが、みなさまのお役に立てていたら嬉しいです。

では、よろしくお願いいたします。

美の宿命ー宿命的に光り輝く美の本質とは?

最初は〝As poetry is the most beautiful expression of the things that are of all most beautiful,〟です。

前から順にやっていきましょう。

〝As poetry is〟とありますが、こちら直訳であれば「詩として」と訳したりするみたいなのですが、私の考えでは、きっとそのようではないと思います。

楽しみです。

そして〝poetry〟なんですが、ぱっと見て「詩的なものかな?」ということはわかると思うのですが、「詩」単体であれば、みなさんもご存じ〝poem〟ですよね。

〝poetry〟はすごく簡単に言いますと、表現方法の1つとしてある言葉です。

主に文学において使われるのだそうですが、正直こちらは、単純に訳していいものではない気がします。

〝poetry〟についてしつこく検索してみても、いまいちわかりづらいことばかり書かれていたので、すっごく簡単にご説明するという意図で、私の解釈をお話しします。

英語にも、日本語にも「Wow!!」という言葉がありますよね。

みなさんは、この「Wow!!」が何を意味しているかということを、大方ご存じだと思います。

ですが、これには厳密な意味という意味って、ありませんよね?

言葉ではなく、驚きや、何か感情の一瞬を表す言葉ですよね。

そういったものを『感嘆詩』とも言うのですが、個人的に〝poetry〟は、それに似ていると思います。

ただちょっと、使い方に癖があると言いましょうか、使う場所が限られてると言いましょうか、、、

〝poetry〟は少し複雑で、それこそもっと詩的なニュアンスを含んだ表現方法だそうなんです。

ですから、会話の中で使われることはほとんどないそうです。

ですが、概念として理解しようとするのなら、敢えて会話の中で使った例の方がわかりやすいと思ったので、もしかしたら間違っているかも知れませんが、1つ例を挙げて説明してみます。

Life is poetry!!

どうでしょう?

もし、私がこのようなことを伝えているとしたら、そこにはどんな意味があると思いますか?

ぱっと見は「人生は詩のようである!!」と言ってるようにも思えるかもしれませんが、もう少しそれっぽいことを言っていそうかも、、、とは考えられませんでしょうか?

仮にですが「詩(poem)」というものを文学的な表現で説明したとします。

すると、「詩とは言葉の美しさを最大限に生かした文学の形態で、通常の文書とは異なり、音やリズム、象徴や感情をさまざまに駆使して表現されるものです。」というような説明になると思います。

ですが、これではわかりづらいと思うので、更に例を挙げます。

今度はもっとフラットな言い方で。。。

例えば、短い言葉の中に深い意味や感情を込めたり、これまでのウェイトの文章にもあったように、規則的に言葉を並べてみたり、直接的にストレートに説明をするのではなくイメージを通して伝える、といったようなこと、こういったことが「詩」に含まれると考えます。

そういったもの全部をひっくるめて〝poetry〟という言葉を使うそうなのです。

ですから、恐らく「Life is poetry!!」という言葉を訳しましたら、10人が10人、違う訳をするのだと思います。

そのようなことから、〝poetry〟をただ一言「詩」と訳してしまうのではあまりに限定的だと考えました。

恐らくウェイトはもっと深い意味を込めているように思えます。

伝わっていますでしょうか、、、

ですので、ここでの使い方としましては、単に文学の1つのジャンルの「詩」を指すのではなく、美しい言葉の表現や、感情や象徴を通して心を揺さぶるもの、というような意味を〝poetry〟一言に込め、そして、それこそがまさしくタロットなんだ!!というようなことを言っているのだと思います。

意味としては少し曖昧かも知れませんが、なんとなくでも〝poetry〟の持つ世界観みたいなものをお伝えできましたら嬉しく思います。

随分と〝poetry〟に時間を取られてしまいました。。。

次に行きます。

続いて〝 is the most beautiful expression〟ですが、〝expression〟「表現」「言葉の遣い方」という意味で、「最も美しい表現である」というような意味になると思います。

そして〝of the things that are of all most beautiful,〟とありまして、こちらは「全部の最も美しいものの中で」というようなことを言っています。

ダイレクトで伝わりやすいかな?と思い、敢えて愚直に表現しましたが、こちらもまた後ほど調整していきます。

ということで、一度まとめます。

〝As poetry is the most beautiful expression of the things that are of all most beautiful,〟

全てのものの中で最も美しいものたちを最も美しく表現する

といった感じでしょうか。

〝poetry〟を敢えて訳しませんでしたが、理由は先ほどお伝えした通りです。

それこそ概念や象徴といったもののように、イメージとして受け取るものだと思いました。

また、たった今思い付いたのですが、〝poetry〟と文字ではありますが、絵文字のような感覚に近いのかな?という考えも浮かび上がりました。

また少し長くなってしまうのですが、以前、カナダに行った時のことをお話したことがあります。

その時に出会った友人から教わったことなんですが、、、

実は〝fuck〟という単語も意味という意味がない単語なのだそうです。

〝fuck〟〟にあまり良いイメージを持っていない人の方が多いと思いますが、でも宜しければ参考程度にでも聞いていただけると嬉しいです。

どうしてそのような会話になったかと言いますと、その友人は会話の端々で「What the fuck!?」と言っていたんですね。

「What? What? What the fuck!!」みたないな感じで。

どのくらいの感覚かと言うと、その時、実際どんな会話をしていたかはもう覚えていないのですが、感覚的には1分話していれば3回くらいこの「What the fuck!?」が出ていたように思います。

相手の会話に対する返答みたいなものとしても、また自分自身の言った何かに対しても、すごい言っていました。

あまりの多さに、さすがに気になりまして聞いてみたんですよね。

「先からなんでそんなにfuckって言ってるの?日本でfuckなんて言ったら、、、」というような質問をしてみたんです。

すると友人は「知ってる知ってる!!日本人はみんなそう言うんだよね。けど全然違うんだよ。これね、今まで会った日本人全員に聞かれたから考えてみたんだけど、俺は〝fuck〟はエクスクラメーションマーク(!)って言うのが1番近いと思うんだよね!!」と教えてくれました。

確かに友人は、まったくもって性的な会話をしてない中で「What the fuck!?」と連呼していましたので、そう聞くと、なるほどと、それは日本で言うところの「マジ!?」みたいなものに近いのだろうと瞬時に悟りました。

あまりイメージがないかも知れませんが、女性でも、カナダや他の英語圏では〝fuck〟が1つ感嘆詞として普通に使われることもあるそうです。

ただ、スラングの方の、悪い意味の方の〝fuck〟があまりにも広がり過ぎてしまっているのは事実ですから、使う場面や相手を選ばなくてはならないのは間違いないと思います。

ちょっと横道に逸れてしまいましたが、〝pooetry〟の大枠だけでも、よりわかりやすくなったらいいな、という思いで、少し勇気を出してお話ししてみました。

では次に行きましょう。

象徴の役割ー象徴とは何なのか?聖域が覆い隠す深遠とは?

続いて〝so is symbolism the most catholic expression in concealment of things that are most profound in the Sanc-tuary〟です。

意味を知らない単語もあったので、調べながら進みます。

〝so is symbolism〟は直訳ですと「それだからは象徴です」というだいぶ特殊な日本語になってしまうのですが、恐らくまたウェイト特有の言い回しかな?と感じていて、また後程、前後の文と合わせて調整していきたいと思います。

多分「だからこそ象徴とは~」みたいな感じになると思います。

続くthe most catholic expressionは「最もカトッリクな表現」と言いたいところですが、〝catholic〟にはキリスト教カトリックの他に、「普遍的な」「包括的な」「広範囲に及ぶ」という意味があるそうなんです。

意味を聞くと、「なるほど」と思えるほど、実にキリスト教カトッリクはそれを表していますよね、すごいです。

ですので、「最も普遍的な」という意味になるかと思います。

「普遍的」というのは「全てに共通して当てはまる」だとか「幅広く適用される」というような意味です。

恐らくは、ウェイトから見た非神秘族、一般の大衆に向けて、という意味で、この言葉をチョイスしているのだろうと思います。

これまで「ふへんてき」という言葉をさまざまな場所で耳にしていましたが、私はどれも「不変的」だと思い込んでいまして、同じ「ふへんてき」でも普遍的・不変的・不偏的と、違う言葉があるということを初めて知りました。

そして〝in concealment of things〟ですね。

私は〝concealment〟という英語を初めて聞きました。

ですが、お化粧の好きな方であれば、コンシーラーって、知ってますよね?

イメージしやすいかな?と思い、例えに出してみましたが、〝consealment〟はこのコンシーラーと家族みたいなもので、お化粧のコンシーラーと同じ「覆い隠す」という意味があります。

元々は〝conceal〟という動詞で「隠す」「覆い隠す」「秘密にする」という意味だそうです。

ということで、直訳すると「ものを隠すことの中で」という意味になるのですが、こちらもまた要調整ですね。

続けます。

続いては〝that are most profound in the Sanc-tuary〟ですね。

〝Sanc-tuary〟は例によって改行の部分のためハイフンが入っているだけで、〝Sanctuary(聖域)〟です。

〝profound〟には「深遠な」とか「奥深い」という意味があるそうですが、ここで「深淵な」は違うのかな?という疑問が浮かび上がりました。

「深淵な」と訳すことに問題はなさそうなのですが、「深遠」と「深淵」では、同じ「しんえん」でも少し意味が違うんですね。

敢えてここでお伝えしますが、「深遠」って「奥深く、広がりがあるもの」という意味なんですね。

哲学や思想といったものにはよく使われる言葉だそうで、片や「深淵」は「底知れぬ深さ」や「暗闇や未知なる領域など、何か到達しにくいものを指すことが多い」というような意味なのだそうです。

恐らく、ただ〝profound〟と調べるだけでは、普通は「深淵」は出てこないと思います。

ですが、私が何故そのように思ったかと言うと、それには理由があります。

それは、ウェイトが自身のタロットに組み込んだ思想、ユダヤ教のカバラである『生命の木』の中で使われている言葉だということを知っていたからです。

実際にあるんですね、「深淵」という領域みたいなものを指す言葉が。

ですが、私はまだ生命の木についてほとんど知りません。

ですから、そのような私がああだこうだ言うのは気が引けるのですが、調べてみて、わかった範囲で、さっと『生命の木』における「深淵」についてまとめたいと思います。

以前、黄金の夜明け団の位階というものをイメージできる図を作った際にも、ちらっとお見せしました。

またインターネットでも、調べればすぐに図が出てきますので、興味のある方はぜひ検索してみてください。

生命の木における「深淵」とは、いわゆる〝障害〟のようなものだそうです。

一言〝障害〟と言ってしまいますと、なんだか悪いイメージかも知れませんが、もう少し見て行きますと「通常の意識では越えられない霊的な壁であり、下位の世界(人間の認識できる領域)と、上位の世界(神の叡智が宿る領域)を分ける境界線のようなもの」ということだそうなんですね。

私たちは普段、目に見える世界の中で生きていますよね?

ですが、目に見えない世界というものも存在しますよね?

例えば、人の心や意識といったものはもちろんのこと、またその奥深くには、自分でさえ気付かないような領域がまだまだ広がっています。

その「未知の領域」とも言える領域の、入り口となる概念の1つが「深淵(Abyss=アビス)」なんだそうです。

また、私が子供の頃に好きだったゲームにも「アビスゲート」という言葉は出てきていました。

「ロマンシング サガ3のゲーム画面。生命の木に関連する『アビス(深淵)』の概念がすでに登場していることを示すシーン。画面には魔王と思われるものが位置し、不気味且つ幻想的な雰囲気が漂い、深淵の象徴が描かれている。
© SQUARE ENIX Planned & Developed by ArtePiazza ILLUSTRATION: TOMOMI KOBAYASHI

こちら、そのゲームのオープニングの画面なのですが、冒頭って「アビス」って言っているんですよね。

ゲームの中でのアビスゲートは、主人公たちが暮らす世界と、魔物が住む異世界を繋ぐ門のような役割をしていてます。

アビスゲートが開いている限り、自分たちの星はモンスターで溢れ返り、やがて滅亡する、、、なんとかしなきゃ!!ということで、各場所に位置するボスを倒しつつ、アビスゲートを閉じていく、、、という内容なんですね。

当時は、それが、このような一、思想の概念としてあるものだなんて、そんなこと考えたこともありませんでした。。。

ちなみに各ボスの名前は『ソロモン72柱』という魔術書に出てくる、72体の悪魔の名前から取ったのだとか、そうでないとか^^

それから何年も経った後、私は『生命の木』と出会いました。

「心に関するものなんだな」ということは直感的にわかりましたから、好奇心が動き始めるまでに時間は掛かりませんでした。

そして朧気にでも、少しずつ生命の木について調べていくと「深淵(アビス)」はもちろんのこと、これまで私が遊んできた数々のゲームの中で聞き慣れた言葉がたくさん出てきたのです。

多分そのようなこともあり、入りやすかったのだと思います。

ゲームで知ったアビスゲートでしたが、ゲームの中のアビスゲートが、生命の木の「深淵(アビス)」から来たものだったのだということもすぐにわかりました。

すごく嬉しかったです。

そうなんですよね。。。

神秘主義の方(って今もいるのでしょうか?)、または神秘主義に詳しい方であれば、天使や悪魔、神様の名前なんかは知っていて当然のものなのかも知れませんが、それはゲームがお好きな方であれば同じようなことが言えると思います。

ですが、それまでの私と同じように、それらはあくまでゲームの中のキャラクターとして作られたもの、そう思い込んでいる方もまた少なくはないと思います。

名前の由来や意味まで知っている人は多くはないかも知れませんが、事実、ゲームにはもう、こういったものがなくてはならない存在となっています。

まさか自分がこのような活動をするだなんて、子供の頃は思ってもみませんでしたが、昔から聞き慣れた様々なキャラクターたち(の名前)が、こんなにもタロットの世界と繋がっていることを知ってしまったら、楽しいと思うのは当然ですよね。

長年を共にした、旧友に会っているかのようですから♪

大袈裟かも知れませんが、ゲームにはだいぶ時間を割いてきましたので、ついそのような感覚になってしまうんですね。

ということで、意外かも知れませんが、私たちの身近には、生命の木やタロット、神話なんかに関する用語が、実はとっても多いのです。

あるゲームでは、生命の木の丸い部分(スフィラ)に属する神様たちの名前が、そっくりそのままモンスターとしてキャラクターになっていたりもします。

また、かの有名なFINAL FANTASY Ⅶの人気キャラクター、セフィロス(Sephiroth)は、この生命の木の別名『セフィロト(Sephiroth)』から来ていて(セフィロトの表記は一般的にはSefirotみたいですが、私はこうだと思っています)、物語とも深く結び付きがあるんです。

そのことに気付いた時は、すぐさま昔のゲーム機たちを引っ張り出してきたんですが、どういうわけか途中からソフトが読み込まないという現象が起きてしまいまして、、、

諦め悪くも同じソフトをもう1度購入してきたのですが、それでもまた同じところで止まってしまうという不思議な現象が起きてしまい断念してしまいました。。。

ですが、今でもとっても大好きな作品です!!

そのうちPCでやろうと思います。

話を戻しますが、ゲームの中のアビスゲートでは、あまり良いイメージを抱きにくい気もしますが、本来の意味としましては、この「深淵」は、精神的な成長と変容の試練の場とされるものであり、越えるもの、だそうなんです。

「深淵」という言葉自体にも「底知れぬほど深いもの」「容易には到達できな場所」という意味があるそうで、知識や霊的(精神的、内面的なもの)な成長において越えるべき境界線の象徴、という解釈で良いかと思います。

この「深淵」という言葉の意味、ウェイトが好きそうだなぁと思いました。(小声)

この考え方は、特に神秘思想や哲学の中で重要な役割を果たしているそうで「何かを深く追求しようとすると、その追求する者自身も変わらなければいけない」という考えに通じ、ニーチェというドイツの有名な哲学者、及び思想家が遺した「深淵を覗く者は、深淵に覗かれる」という言葉もあるのだそうです。

しかし「深淵」には〝混沌〟という要素もあり、越えたくても、迷いや恐れに飲み込まれてしまうこともあるのだそう。。。

恐らくゲームの中のアビスゲートは、こちらをメインの意味として起用していたのだと思います。

これらのことから、「深淵」とは、目には見えないものの中にこそ、本質的な知識や悟りが隠されている、精神的な成長と変容の試練の場というような見方ができると思います。

もしみなさんが、自分の「深淵」を覗き込んでみたら、そそこにはどんな世界が広がっていますでしょうか。。。

これで「深淵」の説明は終わります。

何か伝わるものがあれば、嬉しいです。

結局「深淵」についても、だいぶ長々とお話ししてしまいましたが、続けますよー!!

一度まとめます。

〝so is symbolism the most catholic expression in concealment of things that are most profound in the Sanc-tuary〟

であるからこそ、象徴は聖域の中で最も深遠(深淵)なものを覆い隠す上で、最も普遍的な表現である。

はい、このような感じだと思います。

今のところ表向きには「深遠」、ですが「わかる人にはわかる」というウェイトお得意の表現方法の可能性もあるのでは?と思いましたので、裏の意味として「深淵」であると考えます。

また、自分でも、「どうしてこんなに「深淵」にフォーカスしているのに、、、」という気持ちなのですが、たった今思い付いたことなんですが、恐らくこの〝Sanc-tuary(Sanctuary)〟は『生命の木』そのものを指しているんじゃないかな?と思いました。

生命の木(カバラ)の図にタロットカードが重ねられたイメージ。生命の木は三つの柱と十のスフィラ(球)に分かれており、それぞれ異なる存在や意識の側面を表している。各スフィラには英語と日本語で名称が記され、対応するタロットカードが配置されている。柱には『縮小/制限』『拡大/可能性』『慈悲の柱』といった特徴が記され、スフィラ同士はヘブライ文字とタロットカードによって結ばれている。
生命の木の図です。
左上段に「深淵」というゾーンがあります。

本当に今更なんですが、最初からこの画をお見せすれば良かったです。

直さなくてはいけないところがあったのを知っていたので、「面倒くさっ♪」と思い、1度はやり過ごしたのですが、、、やっぱりあった方がいいなと思って慌てて手直ししてきました。

遅くなってごめんなさい。。。

これ、少し前に趣味で私が作ったものなんですが、もし宜しければ、以前の黄金の夜明け団の位階の図なんかと併せて見ていただくだけでも、知らないよりかは、格段にイメージが掴みやすくなると思うので、ぜひご覧ください。

もしかしたら、間違っている箇所もあるかも知れませんが、その辺りはご容赦ください。

一応、またいつか、もっと強い生命の木を作ろうと思っています^^

ここでは生命の木ついては触れませんが、もしウェイト=スミスタロットを深く知りたいという方であれば、この生命の木を理解することはとても重要だと思います

私もいずれ、そのことについても記事を書きたいと思っていますが、きっとそれはまだまだ先のことでしょう。。。

では最後の文章です。

言語の限界ー言葉では象徴を完全に再現することができない

はい、では最後の〝and that have not been declared outside it with the same fulness by means of the spoken word.〟をやります。

また前から順にやっていきます。

〝and that〟「そして、それは~」ですね。

続いて〝have not been declared 〟ですが、こちらの〝declared〟には「公に述べる」「宣言する」「発表する」なんていう意味があり、dēclārāre(デクララーレ)というラテン語から派生したものだそうで「はっきりと述べる」というニュアンスが含まれているそうです。

ですが〝not〟がありますので「公にされたことがない」「宣言されたことがない」という感じになりますかね。

最近思うのですが、英文を理解する時に、意味よりもこのニュアンスがすごい大事な気がします。

特にウェイトのように、すごく遠回しな言い方をする文章は、基本的に本文そのままのストレートな訳ですと対一般的=表面的になってしまう気がするので、「ウェイトはどんなことを言いたかったのかな?」とわかりづらい時に、このニュアンスを深く掘り下げていくと、けっこう「なるほど!!」となれることが多い気がします。

日本語は、漢字そのものにも意味があるじゃないですか?(もしかしたら英語にも、そのようなものはあるのかも知れませんが、私はわかりません。)

ですので、多少意味を知らなくても、漢字の意味さえわかっていれば、多少は何のことを言っているのか想像ができると思うのです。

そして、たった今お伝えしたように、意味がわからなくても漢字から意味が推測できます。。。

というものの英語版が、ニュアンスというものなのかな?という気がしています。

ということで「これまで公にされていない」というような意味になります。

そして〝outside it〟ですが、これは「それの外側で」というような意味で、続く〝with the same fulness〟「同じ完全さを持って」というような意味です。

〝fulness〟は現代の〝fullness〟と同じなのですが、昔の英国式の表記だそうです。

意味は「完全さ」「満ちていること」「充実感」といったような感じです。

最後が〝by means of the spoken word〟になりますが、こちらは「話し言葉によって」というような意味で〝by means of〟「~を用いて」〝spoken word〟「話し言葉」「口頭での表現」というような意味です。

いけそうですかね。

〝and that have not been declared outside it with the same fulness by means of the spoken word.〟

そしてそれは、それの外側では、話し言葉を用いた、同じ完全さでは、公にされたことがない。

また、敢えて愚直に訳しましたが、だいぶわかりづらいですよね。

私も理解を深めつつ、まとめと見解に入っていきたいと思います。

まとめ&解説

はい、では揃いましたのでまとめたいと思います。

まず、今回訳してきたものです。

全てのものの中で最も美しいものたちを最も美しく表現する
であるからこそ、象徴は最も深遠(深淵)なものを覆い隠す上で、最も普遍的な表現である。
そしてそれは、それの外側では、話し言葉を用いた、同じ完全さでは、公にされたことがない。

そして、再度今回の一文です。

As poetry is the most beautiful expression of the things that are of all most beautiful, so is symbolism the most catholic expression in concealment of things that are most profound in the Sanc-tuary and that have not been declared outside it with the same fulness by means of the spoken word.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

また前回の見解が、こちらになります。

時は来た!!今こそ(それを)救うべき時なのである。私はこれを完全に成し遂げると誓い、そして私はタロットの弊害となる不毛な議論に終止符を打つであろう。

では、文の構造や、意味なんかを、割とそのまま直訳した直訳風です。

直訳風

全てのものの中で最も美しいものたちは、最も美しく表現されるであろう。
それだからこそ、象徴は、聖域の最も深遠なものたちを覆い隠す上で、最も普遍的な表現となる。
そしてそれは、それの外側では、話し言葉を用いた完全さでは、公にされたことがない。

まぁ意味はわからなくはありませんが、すっとイメージできる感じでもないですよね。

これらをもう少し、日本語としてわかりやすくします。

タロットの世界の見解

この世の最も美しいものたちが最も美しくあることは必然で、最も深遠なものもまた美しいとあれば、それらはどちらも目を背けたくなるほど輝かしいことに違いない。
それ故、それらを存在として認識する上で最も普遍的な方法が〝象徴〟である。
だが、この物質世界においては同じ言語をもってしてもそれらを完全に再現することはできない。

という感じなんですが、いかがでしょう。。。

かなり変化させてしまっていて、本文で使われている単語の意味もだいぶ飛躍させてしまいました。

ですが、正直、どう考えても直訳したものよりはわかりやすい表現になったのでは?と自負しています。

物凄く簡単に言いますと、まず「美し過ぎるものは目を向けられないほど眩しいんだ/光輝いているんだ」というようなことを言っていて、続いて「それは生命の木における深淵も同じで(表向きには深遠ともっと幅広い意味で起用)、それもまた目を向けられるようなものではない、光輝き過ぎて直視できないのだ」という前提があり、「それを少しでも目に見えるように、光を抑えるよう覆うようにして(カードに閉じ込めたというようなニュアンスだと思います)、肉眼でも見れるようにしたんだよ。」「それに多くの人たちの目にも映れば良いと思って、その表現として最適だったのが〝象徴(すなわちカードのイラストのことだと思います)〟だったんだ。」と、そして「でも生命の木の神秘や思想を、それらの象徴や、物質的なこの世界の言葉だけでは、とても完全には再現できないんだ。」というようなことを、全体を通して言っているのだと思います。

なんとなく伝わりますか?

伝わってたらいいなぁ。。。

前提として、この『The Pictorial Key to the Tarot』を理解するにあたり、すなわち、ウェイト=スミスタロットを理解するにあたり、『生命の木』の存在だけでも知らないと、理解にかなりの差が生まれそうです。

それもまた、ウェイトの罠なのでしょうか。。。

個人的には、ウェイトって物凄い発明(開発?)をした人だなぁと思っているのですが、訳していると、「わかる人にはわかればいい、けどまぁわからない人でもそれなりには読めるようにしてあるけどね」というような言い分が見え隠れしている気がするんです。

ですが、実際にそうですよね。

実際訳していると、表面的と言いますか、もはや一般的に訳されるであろう意味の他に、物凄い含みを持たせ裏の意味のようなもの、大まかにですが2種類の訳が生まれます。

後者を説明するのにどれほど頭を働かせているか、、、

それもほぼ毎回です。

おかげで、買っても買っても、すぐおやつのストックがなくなってしまいます。。。

タロットを神聖なものとして扱っているのはよくわかるつもりですが、自身の本にすら商売っ気1つない気がします。

不思議な人です。。。

解説

最後に少し解説をさせてください。

最初にお話しした通り、〝poetry〟は訳しませんでした。

その代わり、なんとなくでもpoetry感が伝わればいいなと思い、少し大袈裟に訳してみました。

また、見解では一旦「深遠」と訳しました。

それは、恐らくなんですが、もし『生命の木』の「深淵」を意味しているのであれば、新参者でおなじみの〝Neophyte〟のように、〝Abyss〟〝Tehom〟と、生命の木と関係のある用語を使ってくるんじゃないかな?と思ったからです。

ちなみに私の調べ方が間違っていなければ、〝Abyss〟が英語で〝Tehom〟はヘブライ語、どちらも「深淵」という意味です。

恐らくその「深淵」も、「わかる人にはわかるであろう、、、」という、ウェイト特有の、少し上から非神秘族をながめるようなつもりで、敢えての「深遠」なのではないでしょうか?

というのが私の考え方です。

あくまで推測で、憶測でしかありませんが。

日本では、従来の〝タロット占い〟とはまったく別の観点で、ウェイト=スミスタロットを扱った本ってあまりないと思います。

需要が少ない、と言えばそれまでなのかも知れませんが、もはや、この『The Pictorial Key to the Tarot』って、よくあるその辺の占い解説書とはまったくの別の物なんですよね。

洋書であればそんなこともないようなのですが、私は「まずは本人が書いたものを読むのが1番でしょ!!」と思ったので、このような形を取っているわけなんですが、それ故、「よくこのような人が、一、ゲームカードでしかなかった遊具に対し、自らがそれほどまでに大切にする神秘なるものを取り入れたなぁ、、、」と思うんですよね。

後々、そのように至ったきっかけなんかも載っていればいいのですが、どうでしょう?

ウェイトの自伝が訳された本が出てきたらいいのに。。。

また、経緯を知らないからこそ、そう思うのかも知れませんが、これだけ文章においてもスペシャリストなのに、どうしてタロットという〝絵〟を重視するものを手掛けた始めたのか、それがけっこう不思議です。

少し、それについて調べていたら、新たなタロットを見付けてしまいました。

ウェイトが影響を受けたと言われているタロット『ソラ・ブスカ・タロット』、なんとなくそそられます。

いつかご紹介できるといいです。

では、解説はこれで終わりになります。

今回もまたかなりディープな内容だったかも知れませんが、最後まで読んでくさだりありがとうございます。

それでは、また次回。

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