『The Pictorial Key to the Tarot』を解読しながら訳していく Vol.4
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はい、こんにちは。
たった一文ですが、されど一文。
たった一文訳せただけで、なんだかやる気が出てきてしまいました。
前回の〝Reface(序文)〟の一文目に続き、今回から二つ目の文章を訳していきたいと思います。
たった今「今回から」と言いましたが、別にシリーズ化していくわけではなく、多分前回までの一文が、いきなりハードルが高かったんだと思います。
ですので、疎かにするつもりはありませんが、できる限りさくさく進んでいきたいなと思っています。
私自身も早く見たい(知りたい)んですよね。。。
では、今回もまたよろしければ最後までお付き合いください。
今回の一文
もしかしたら次の一文もいけるかなぁなんて思ったのですが、あんまり先のことは言わない方がいいかなと思ったので、やはり1つずつやっていくことにします。
今回の一文です。
It will be thought that I am acting strangely in concerning myself at this day with what appears at first sight and simply a well-known method of fortune-telling.
Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より
ちょっとこれまでより随分と楽な気がしませんか?
何でしょう、前の文章よりもわかる単語がずっと多い気がしますし、長いと言っても割と日常の英会話でも出てきそうなフレーズな気がするので、ちょっと「楽勝だ♪」なんて今は思っています。。。
では訳していきましょう。
・It will be thought
こちらは「きっとそう思う(思われる)でしょう。」みたいな感じです。
で、何をそう思うのか?ということが後ろの〝that〟のところに書いてあります。
・I am acting strangely
〝act〟と聞くと、日本では〝演じる〟と使われることの方が多いのかなという気がしますが、〝acting〟には〝振る舞い〟や〝行動〟といった意味もあるそうです。
ですので「私は奇妙な行いをしている」というような感じになります。
続きます。
・ in concerning myself
この〝concerning〟というのが少しやっかいで、前置詞だと〝○○について〟みたいな感じ、一方で形容詞だと〝心配だ〟〝不安な〟みたいな意味になります。
この「形容詞だと」とか「前置詞だと」というのが私は今もいまいちよくわかっていません。
普段、私たちが会話をする時にそんなの気にしないじゃないですか。
なので、これからも覚えようとはしません。
そんなのやっていく中できっと覚えます、きっと。。。
ということで、今後もこういった文法みたいなことはあまりやりたくありませんのでご容赦ください。
あと、なんとなくですが、これを読んでくださっている方の中で、「私、僕、まったく英語だめなんだよね。」という方もいるかも知れませんが、私も特段得意というわけではありませんのでよろしくお願い申し上げます。
好きは好きなんですけどね。
では続きます。
ということで、あまり細かいことは言いたくありませんが、ここでの〝concerning〟は一応前置詞という使われ方をしているので、〝in concerning myself〟は「私自身について」といったような意味になります。
いいですね、さくさく進んる気がします♪
・at this day
これはそのまま〝今日(こんにち)〟ですね。
次!!
・with what appears at first sight
これもまたちょっとややこしい。。。
〝what〟は抜きます。
この〝what〟はまた後ろの文章を指している感じになりますので。
でなんですが、たった今しがた〝It will be thought〟「そう思われるでしょう。。。」みたいなことを言ったばかりですが、この〝appesre〟も〝~のように見える〟とか〝思われる〟みたいな意味があります。
知名度的には〝姿を現す〟とかそういった意味の方が有名な気がしますが、そうなんですね。
とすると、「そう見える」の後にまたすぐ「そう見える」があるように、私にもそのように見えます。
ヴェール、ヴェール、ヴェールに続き、見える、見える、見える、、、ですかね?
で〝at first sight〟ですが、こちらは熟語ではありませんが、「一見して」とか「第一印象では」とか、よく使われるフレーズなんだそうです。
ですので、『一見して○○のように見える』ということを言っているんだと思います。
あっ、当たり前に〝with〟を飛ばしてしまいましたが、、、察してください。
withも含め直訳みたいにすると『一見○○のように見えると共に』という意味になると思います。
次行きます。
・simply a well-known method of fortune-telling
〝simply〟はそのまんまですね。
〝シンプル〟〝単純〟ここでは〝単なる〟みたいな感じになると思います。
〝a well-known method〟は「よく知られている方法(の1つ)」みたいな感じでしょうか?
多分日本語っぽい文章にするなら、いちいち「1つの」とかとは言わないとは思うのですが一応書いておきました。
こういうところは英語の面白いところだと思います。
日本語も繊細な部分がたくさんありますが、こういった部分は英語の方が細かいですよね。
本編では多分抜いてしまうと思います。
はい、そして、、、
〝fortune-telling〟こちら、私が興味ない方の〝占い〟のことですね。
多分ウェイトも区別していそうで安心しました。
良かった。
ということで、だいたいの単語の意味が出揃いました。
直訳すると『単によく知られた方法の占い』という感じですが、私ならこう訳します。
『よくあるその辺にあるような一般的な占い』
ちょっと個人的な感情を入り込ませてしまいましたが、まだわかりませんが、恐らくウィエト自身このように表現しているってことはやはり「自分の〝占い〟はそれとは別!!」ということを明らかにしておきたいのではないでしょうかね。
何せ、今彼は弁明をしている途中ですから。。。
まとめ
というわけで少し早い、と言いますか、これまでが長過ぎだったので、やたらと早く終わったな感がありますが、まぁそんな日もあります^^
今回の内容はこうだと思います。
タロットの世界の見解
今日、私がその辺によくある占いに興味を持っていることは、一見、不思議に思われると思います。
です。
これはだいぶ私の個人的な感情も含まれている気がしますが、もう少し真面目に、もちろんこちらも真面目なんですが、もう少し堅苦しい表現もしてみましょう。
タロットの世界の見解2
今日、私が一般的な占いに興味を持っていることは、一見おかしな行動をとっているかのように見えていると思います。
あれ?
あんまり変わらないかな。
まぁ、いいか。
前回の一文でウェイトは「私は長らく文学者として生きてきた!それに私は崇高な神秘団体の一員であり、代弁者でもある立場なんだぞ!!」と、やっぱり「自分はすごいんだぞ!!」ということをなんとなく言っていて、ここでは「それなのにこんな自分がその辺によくある占いなんかに現を抜かして不思議そうに思うんだろ?ん?だからちょっと言わせておくれよ!!」とそんな風に言っているのだと思います。
少し言葉が粗っぽいですが、きっと、本当はこんな風に思っていたんじゃないかなと思います。
ウェイトがこの本を書く前から〝占い〟に興味があったのかはわかりませんが、この本を書く前は魔術やカバラ、フリーメイソン、錬金術などの本を書いたり、翻訳をしていたそうです。
またグランド・オリエント(Grand Orient)というペンネームで書いていたものもあるそうです。
すごいですね。
「きっと何か意味があるんだろうな♪」という興味本位から、また私は、近年東京は池袋にあるオリエント博物館の大ファンでして、〝オリエント〟と聞くと嬉しくなってしまう傾向があるんですね。
ですので、期待しながら〝Grand Orient〟を調べましたら、ご存じフリーメイソンというワードが出てきました。
やっぱり何かありました!!
今ここで言及はしませんが、フリーメイソンの中でも自由な立場を取る団体の名前なんだとか。(正確には『Grand Orient de France』とう名前でした。)
そう言えば、肝心なことを忘れていました。。。
私、そもそもフリーメイソンが何かもいまいちわかっていません。
こりゃまずい。。。
何も知らなくても勝手に「面白そう」「不思議団体」とそういう印象を持っているのですが、あとニコラス・ケイジ。
これは何かの映画だったんですがタイトルを忘れてしまったので、せっかくなのでまた見返してみたいと思います。
ついでにフリーメイソンについても少し勉強してきます!!
、、、話が逸れてしまいました。
戻ります。
ということで、ウェイトはとことん、〝神秘〟が好きなんですね。
わかります、わかります。
わからないことって、自分が惹かれる分野であればあるほどなんだか面白いんですよね、不思議と。
この感情がウェイトと一緒かはわかりませんが、そんな経歴(経緯?)の持ち主だからこそ、また言ってしまえば神秘オタクの神秘マニアですからね、重ねて自分のことをすごい人間と言っていますし、そうすると「その辺にいるただの占い好きと思われては困る!!」と言いたくなるのは至極全う、至極当然。
しかも元々はカードゲームですからね。
確かに今みたいなこういう世の中でしたらまた全然別だと思うのですが、当時のウェイトの環境を想像してみますと、これまで神秘だ錬金術だオカルトだのカバラだのやっていた人が突然カードゲームを片手にニヤニヤしていたら、、、
そりゃ周りは確かに「!?」ですよね。
ですから、いわゆる〝apologia〟すなわち〝弁明〟なんだと思います。
だいぶ苦戦しましたけど、あってるかはわからないですけど、でもそんなにも外してないような気もするので、なんだかこうやって理解できてくると嬉しいですね。
次の一文はまた長いです。
それに備えて今回はこの一文で終わりにしたいと思います。
最後まで見てくださった方、ありがとうございます。
また次回。


