『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.33

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『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』解読・翻訳シリーズ第33回のアイキャッチ画像。ウェイト=スミスタロットを徹底追究し、表面的な解釈を超え、より魅力的なタロットの世界へ!!

こんにちは。

ご覧いただきありがとうございます。

今回の一文はかなり長いので、早速本題に入りたいと思いますが、まずはいつも通り、前回の一文を振り返りたいと思います。

しばらく続いていた『タロットの起源はアルビジョワ派にある』という説が一転、実はそれがウェイトの創り話だったということを、ウェイト自身、自らの語りの中でほのめかしていました。

そして前回では、今度は『本当はもっとちゃんとした起源があるのだが、私にはそれを語る勇気はない』と、いかようにも受け取れる至極曖昧な言葉を発していました。

タロットに対する愛情があまりにも強過ぎるためなのか、『私は誰よりもタロットのことを知っている』と言いたげな、誇示とも取れるような発言に感じました。

正直、ここ1~2回のウェイトの一文(発言)には、「うーん、、、」と思わされるような語りが続いていて、少し残念な気持ちになります。。。

この『The Pictorial Key to the Tarot』が出版されたのは1909年、つまり、ウェイトが52歳の時、ということになります。

英国紳士としては、十分に成熟した年齢かと思うのですが――それにしては、やや過剰な表現が目立つ気がします。

きっとこの先、何処かで挽回してくれるといいなと思います。

では、今読んでくださっているみなさんも、ぜひ気合いを入れてくださいね!!

そして、いつもながら、お茶とおやつのご用意を。

ちなみに、今夏の私のおすすめはこれ♡

テーブルの上に並べられた森永すッパイチュウ<レモン味>2本。夏にぴったりの爽やかなおやつ。
すッパイチュウ<レモン味>

とっても美味しいです、ぜひ^^

今回の一文:現代タロットの成り立ち――その〝はじまり〟に触れる

では、今回の一文をご紹介します。

When the time came for the Tarot cards to be the subject of their first formal explanation, the archæologist Court de Gebelin reproduced some of their most important emblems, and――if I may so term it――the codex which he used has served――by means of his engraved plates――as a basis of reference for many sets that have been issued subsequently.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

何やら見慣れない文字が含まれていますが、これは誤字でもなければ、私のタイプミスでもありません。

ラテン語の〝æ(エシュ/アッシュ)〟という文字だそうで、現代英語の〝a〟と〝e〟を背中合わせにしたみたいな文字ですよね。

そして、恐らく用途としても、この〝a〟と〝e〟の代わりに用いていると見て良いと思います。

つまり、本来であれば〝the arcaeologist〟という語を、敢えてウェイトは〝the archæologist〟と記述しているわけなのです。

いつも読んでくださっている方であれば、「あぁ、いつものね」と頷いていただけることかなと思います。

これはもう〝ウェイトらしさ〟ですよね。

さて、前置きはこのくらいにしておいて、今回のパートをご紹介します。

〝When the time came for the Tarot cards to be the subject of their first formal explanation〟

〝the archæologist Court de Gebelin reproduced some of their most important emblems〟

〝and――if I may so term it――the codex which he used has served――by means of his engraved plates――as a basis of reference for many sets that have been issued subsequently〟

本文をそのまま引用しています。

はい、今回はこのように、3つに分けました。

また新たな人物の影がありますね。。。

どんな語りが繰り広げられるのでしょうか。

では、よろしくお願いいたします。

タロットの〝解釈〟の始まり――初めて体系的な説明が行われた歴史的瞬間

それでは1つ目の文章、When the time came for the Tarot cards to be the subject of their first formal explanationを見ていきたいと思います。

まずはいつも通り、単語の整理や確認から行っていきましょう。

the time → 時期、時点

subject → 主題、対象

formal → 公式の、体系的な

explanation → 説明、解釈

※これらはほんの一例です。

最初は〝When the time came〟 ですが、こちらは「その時が来た時」というような意味になります。

ご理解いただけていると思いますが、今回は比較的長めの文章を区切っているので、ところどころ不自然に感じられる箇所が多く見られるかも知れません。

明らかに誤解を招くような点があれば取り上げますが、基本的には、最後のパートが終わるまでは、細かい説明は割愛させてください。

都度触れてしまうと、かえって読みにくい文章になってしまうと思うので、どうかよろしくお願いいたします。

では、気を取り直しまして!!

次に〝for the Tarot cards〟ですが、こちらは「タロットカードのための」という意味です。

続いて〝to be the subject〟ですが、こちらが「(それらの)主題となる」、もしくは「(それらの)対象となる」という意味です。

そして、最後の〝of their first formal explanation〟ですが、こちらは「最初の正式な説明の」というような意味になるかと思います。

一度、まとめてみましょう。

〝When the time came for the Tarot cards to be the subject of their first formal explanation〟

タロットカードがそれらの最初の正式な説明の主題となる時が来た時

という感じでしょうか。

ダイレクト訳ですが、なんとなく言わんとしている意味は伝わってきますよね。

では、次のパートに進みたいと思います。

新たな登場人物――コート・ド・ジェブランによる〝象徴〟の再構成

続きまして、the archaeologist Court de Gebelin reproduced some of their most important emblemsです。

また、単語や熟語の整理から行っていきましょう。

archaeologist → 考古学者

Court de Gebelin → コート・ド・ジェブラン

reproduced → 再現した、複製した

※これらはほんの一例です。

〝Court de Gebelin(コート・ド・ジェブラン)〟――また新たな人物が登場しました。

自分で言うのもなんですが、ここ、また面白い考察を挙げられそうな気がしています。。。ふっふっふ。

そして今、「よく、ここに気付いたな。」と、自分で自分を褒め称えているところです。(恐縮です)

また改めて、『まとめ』の方でお話ししたいと思いますので、ぜひ最後までお楽しみください。

はい、ではまず最初に〝the archaeologist Court de Gebelin〟ですが、こちらは「考古学者コート・ド・ジェブラン」という感じになります。

続きまして〝reproduced〟ですが、こちらは「再現した/複製した」という意味になります。

ですが、単にコピーするということではなく、「意味や文脈を持って再提示する」というニュアンスがあるそうです。

そして〝some of their most important emblems〟、こちらは「それらの最も重要な象徴のいくつか」というような意味になると思います。

ちなみに、この「象徴」と訳しました〝emblems〟ですが、厳密には「視覚的に言語化が可能な領域全体」、つまり象徴のまとまりや組み合わせのことを指します。

似た言葉(または混同されやすい言葉)として〝symbol〟が挙げられると思いますが、ウェイトの文脈では、『複数の〝symbol〟が組み合わさって〝emblem〟を形成する』というような面持ちがある――と踏まえておきますと、両者の違いが明確になり、より理解が深まるかと思います。

ここでは割愛しますが、以前、簡単にですが『symbolism/emblem/symbolの違い』ということについて取り上げていますので、宜しければこちらをご覧いただければと思います。▶▶こちら

あれ?

思ったよりも、なんだかあっさりですね。。。

とは言え、油断は禁物です。

むしろ怖いと言いましょうか、拍子抜け、、、

なんて言うと、またとんでもない目に遭うことがありますから、ここは淡々と、脇目も振らず進みましょう。(笑)

では、一度まとめます。

〝the archaeologist Court de Gebelin reproduced some of their most important emblems〟

考古学者コート・ド・ジェブランは、それらの最も重要な象徴のいくつかを再現しました。

というような感じでしょうか。

しばらく〝Tarot(タロット)〟という単語を見掛けていなかったので、一瞬「ん?『それら』って何?」と混乱してしまいそうになりますが、この『それら』が指すものは『タロット』のことだと思います。

つまり、「コート・ド・ジェブランさんという人が、これまでのタロットに描かれていたもの(つまりイラストや記号、文字などの象徴)の中でも最も重要そうなもののいくつかを再現、または再アレンジした」というようなことを言っているのではないでしょうか。

また、断言はできませんが、恐らく、コート・ド・ジェブランが「再現/再アレンジ」した元となっているのは、マルセイユタロットないし、ヴィスコンティタロット辺りではないかと考えられます。

もちろん、当時、既に他にも様々なタロットが存在していたとは思いますので、あくまで〝仮定〟の話になりますが。。。

続きが気になりますね。

では、最後のパートに進みましょう。

〝基礎〟とされた図案――コート・ド・ジェブランの資料を巡って

では3つ目、最後のパートはand――if I may so term it――the codex which he used has served――by means of his engraved plates――as a basis of reference for many sets that have been issued subsequentlyになります。

また、単語等の整理から行っていきます。

term → ~と呼ぶ、~と名付ける

codex → 写本、古文書、資料集

served → ~として役割りを果たした

by means of → ~を手段として、~によって

engraved plates → 版画、彫刻された図版

basis → 土台、基準、基礎、基盤

reference → 参照、参考、資料など

subsequently → その後に、後に

※これらはほんの一例です。

はい、では少しずつ見ていきましょう。

まず〝and――if I may so term it――〟ですね。

こちらは「そして、もしそう呼んで良いのなら」という感じでしょうか。

もっと複雑なものなのかと想像していましたが、ひとまず、ここでのダッシュ(―)の使い方としましては、日本語で使われる〝()=括弧〟のような役割をしているのだと思いました。

そして、〝the codex which he used〟ですが、こちらは「彼が使用した資料が(は)」という意味です。

続いて、見た目的には「なんか変なところで区切ってない?」というふうに見えるかも知れませんが〝has served――by means of his engraved plates〟です。

こちらは「彼の版画を手段として(何らかの役割を)果たしてきた」というような感じかと思います。

そして最後、今お伝えした()の「何らかの役割」を説明しているのがこちらになりますね。

少し長くなりますが、〝as a basis of reference for many sets that have been issued subsequently〟とありまして、こちらが「その後に発行された多くのセットの参考の基礎となっています」という感じでしょうか。

恐らく、この「セット」というのは〝タロットカード1セット(1組)=デッキ〟のことだと思います。

では、一度まとめてみましょう。

〝and――if I may so term it――the codex which he used has served――by means of his engraved plates――as a basis of reference for many sets that have been issued subsequently〟

そして――もし、そのように呼ぶことが許されるなら――彼が使用した資料は、彼の版画を手段として、その後に発行された多くのセットの参考の基盤として機能してきました。

物凄くダイレクトな仕上がりになっていると思いますが、概ね、言わんとしていることは伝わってくるものがありますよね、全文を通して見ても。

では、『まとめ』に入りたいと思います。

まとめ|結論・解説・考察

はい、お疲れ様でした。

今回の一文、思っていたよりはサクッと終わりました。

良かったです。(ほっ)

では、改めて今回の一文をご紹介します。

When the time came for the Tarot cards to be the subject of their first formal explanation, the archæologist Court de Gebelin reproduced some of their most important emblems, and――if I may so term it――the codex which he used has served――by means of his engraved plates――as a basis of reference for many sets that have been issued subsequently.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、ここまでの訳です。(多少不自然でも文の構造を優先しています)

→ タロットカードがそれらの最初の正式な説明の主題となる時が来た時

→ 考古学者コート・ド・ジェブランは、それらの最も重要な象徴のいくつかを再現しました。

→ そして――もし、そのように呼ぶことが許されるなら――彼が使用した資料は、彼の版画を手段として、その後に発行された多くのセットの参考の基盤として機能してきました。

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

しかし、実はこれ以上に響き合うものが確かに存在します。とは言え、それを私の口から語るには......あまりにも恐れ多いのです。

そして最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。

タロットが〝意味〟を持つものとして、初めて公に認知されるようになったのは、考古学者であるコート・ド・ジェブランの資料(仮にも、便宜上そう呼ばせてもらうとして)によるものでした。
彼は、既存のタロットカードの中から、特に重要と見なした象徴をいくつか模写しました。
その写本は、後に出版された多くのタロットにおいて、基礎的な参照資料として用いられてきました。

はい、このように仕上げましたが、いかがでしょうか。

「あれ?随分と変わったな!?」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。

事実、文法的には大幅に順序を入れ替え、また、意訳のようなものもふんだんに取り入れました。

そうでもしないと、日本語として、延々と〝不自然〟さを帯びていたからです。

むしろ今回は、いつもとは逆で、内容そのものは伝わってくるものの、文の構造に忠実に訳してしまうと不自然過ぎる日本語になってしまって、、、不思議ですよね。

ということで、この辺りのことを解説の方でお話ししていきたいと思います。

また、道中でも触れました、今回新たに登場した人物――コート・ド・ジェブラン――にも改めて焦点を当て、今回は終わりにしたいと思います。

ふっふっふ、私には見えます。。。

きっと、みなさんが「えぇーーー!?」と、驚いてくださっている様子が。

解説・考察

では改めまして、今回の結論に至った細かな点と、「コート・ド・ジェブランとは一体何者なのか?」について触れていきたいと思います。

今回の一文の訳のポイント

まず、今回の一文を訳す上での最大のポイントは〝――if I may so term it――〟という表現だと思います。

こちら、道中では「もしそう呼んで良いのなら」というような感じで訳していたんですが、これ、みなさんはどう思われていたでしょう。。。

私は、「珍しくウェイトにしては低姿勢だな」と思って訳を進めていたのですが、、、全然でした。

段々と、「ん?これは本当に謙遜しているような文脈なのか?」と、少しいぶかしげに感じていたのです。

そうなんです。

いつの時も「こうだ!」と断定はできないのですが、恐らく、これは、読者である私たちに向けたような言葉だったのですね。

意味、伝わっていますか、、、?(心配)

ウェイトが謙遜して、コート・ド・ジェブランという人物の資料のことを取り上げているのではなく、むしろ「こんなものを〝資料〟と呼んでもいいものなのかねぇ、、、」というような、かなり嫌みったらしいニュアンスだった可能性があるのです。

〝may〟が含まれていたので、てっきり「許してくださいね」的なニュアンスだと思い込んでしまっていたのですが、その〝may〟は、こちら側――つまり、読者に向けられていたものとして見た方が妥当性があると思いました。

そして実際、そのように捉えて見たところ、文章の意味が一気に一致したように感じられました。

そう、、、少し前に登場した4人の人物同様に、コート・ド・ジェブランにも、尊敬の眼差しのようなものを持っているのかと思いきや、実はそうでもなさそうな、、、ということが伺えたのです。

そこで、またしても私のセンサーが作動します。

「ってか、コート・ド・ジェブランって誰?」「本当に考古学者の人なの?」と。。。

特に根拠があったわけではないのですが、そんなようなことが頭を遮り、そうなると調べずにはいられなくなりました。

すると、意外な結果が出てきたのです。

コート・ド・ジェブランとは?

はい、ということで、ここからは、新たな登場人物で〝コート・ド・ジェブラン〟について触れていきたいと思います。

早速なんですが、このコート・ド・ジェブラン。

ウェイトは、彼のことを〝the archæologist〟と、ラテン語(æ)を交えながら、いかにもそれらしく『考古学者』だなんて語られておりますが、実は、現代的な意味での考古学者とは言い難い人物だったそうです。

この『The Pictorial Key to the Tarot』以外の、タロットに関連する書物なんかもご覧になられる方であれば、もしかすると名前くらいは耳にされたことがあったかも知れません。(ちなみに私は完全に忘れていました。。。へへへっ)

タロットの起源を語る際、しばしば何人か著名な人物の名が挙げられるそうなのですが、彼もまたその一人とされています。

一部では〝考古学者〟と呼ばれることもあるようですが、厳密には、コート・ド・ジェブランは現代的な意味での考古学者には該当しないそうです。

これは時代的な背景が影響していると考えられますが、現代の視点から見ますと、彼は『18世紀、フランスで活躍した思想家』で、「タロットは古代エジプトの神官が作った象徴的な書物です」という説を広めた人物、ということになります。

またしても、そのような〝伝説〟を語る傾向のある人物だった、というわけですね。

僭越ながら、率直に申し上げたいと思いますが、どうしてこのような信憑性に欠ける人物を、ウェイトは、自身の著作の中で取り上げたのでしょうか?

どちらかと言うと、ウェイトもこの手のタイプは嫌悪していると思っていたのですが。。。

しかし、どのような主張であれ、多くの人たちがそれを信じ、広くに受け入れられてしまった瞬間、それは〝真実〟として扱われてしまうのかも知れませんね。

もしかしたら、エッテイヤ同様に、『タロットを世に広めた人物』としては、取り上げざるを得なかったのかも知れません。

本来、ただの〝カードゲーム〟であったはずの『タロット』が、仮に真実ではなかったとしても、そのような吹聴によって、多くの人に「タロットには〝叡智〟や〝真理〟が宿るもの」として認知され始めてしまったわけですから。。。

表現が適切かわかりませんが、『タロット』に対し真摯に取り組んでいたであろうウェイトにとっては「たまったもんじゃない!」というような存在だったと思うのですが、それすら巧みに活用しているように見えるウェイトにも、何処か狡猾さのようなものを感じました。

と、、、ひとまず、人物像についてはこのくらいにして、もう一点補足しておきたいことがあります。

それは〝engraved plates(版画)〟という表現についてです。

こちらは、私たちが思い描いているような版画ではなく、金属の板に模様や絵柄を刻んだものを指すようです。

一応、念のためお伝えしておきます。

ただ、「金属に刻まれた?当時にそんな技術あったの?」という感じがしています、個人的には。

ここからは、完全に私の〝なんでなんでマン〟的な世界観になってしまうのですが、もしご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひこのままお付き合いください。

実は、18世紀頃には、既に金属への精密な彫刻技術は確立されていたそうです。

驚きですよね。

個人的には「PCはないのに、それはできるんだ。。。」という感じがしなくもないのですが、主に銅版(柔らかいため加工しやすい)を用いていたとのことです。

どのくらいの大きさとまではわかりませんが、1つの作品を完成させるには数年かかることもあったそうで、「PCだなんて言ってごめんなさい」と思いました。

また、銅は印刷を繰り返す度に摩耗していくそうなので、扱いも相当大変だったみたいです。

はい、そしてもちろん探しました。

ウェイトが「資料と呼んで良い物なのかわからないけど、それでも一応、当時の多くのタロットが参照資料としただろうからね」とでも言いたげだった、コート・ド・ジェブランの著書『Monde primitif(以後:原始の世界)』第8巻。(全部で9巻まであるそうです)

なんと、728ページもの超大作。。。

一応、曲がりなりにも全ページをチェックしました。

728ページもあるにも関わらず、なんと最後の最後まで〝挿絵〟らしいイラストは数えるほどしかなく、どこもかしこも文字で埋め尽くされていました。

ただ、そのほんの小さな挿絵のようなものが銅版画によるものだったのでしょうか。。。

何せほとんど読めていませんので断言はできませんが、こちらの挿絵は物凄く繊細な模様が施されていました。

しかし、今回のウェイトの発言と特に密接に関わりがあるであろうと思われるのは、706ページ以降のものだと思います。

ほとんど終盤で、イラストだけで構成されています。

正直、「え?これが銅版画なの?」という印象で、それまでの挿絵に比べますと、「いや、鉛筆じゃない?」と思えるような、線画に近いイラストに見えました。

あっ、でも実際、私の訳では『模写』というふうに訳していましたよね。。。

あれ?

私、どうやって『模写』に辿り着いたんだっけ?

まっいっか♪(多分ですが、ウェイトもそこの違いを明確に表現したかったわけではなかったのだと思いますし)

そして、そのほとんどが、どれもマルセイユタロットを元にしていると見て間違いないと思いました。

いろいろあった中から、2枚ほど参考資料として比較画像を作ってみました。

『原始の世界』(コート・ド・ジェブラン)に基づく図像の模写、マルセイユタロット、ヴィスコンティタロットの〝戦車〟と〝恋人たち〟のカードを並べた比較画像。
(左)〝戦車〟のカード/(右)〝恋人〟のカード
出典:Court de Gébelin『Le Monde Primitif』第8巻(1781年)

左半分が〝戦車〟、そして右半分が〝恋人〟のイラストを比較しています。

銅版画というよりは、やはり鉛筆で描かれたような線画に見えませんか?

できれば、実際の『原始の世界』に描かれている他のイラストも見ていただけると良いのですが、そのどれもこれもが、マルセイユタロットを基にして描かれていました。

と言いますか、もしかしたら、コート・ド・ジェブランの時代(1719-1784)、またウェイトの時代(1857-1942)にも、まだヴィスコンティ・タロットは発見されていなかった可能性があるかも知れません、、、ふとそのような考えが浮かび上がりました。(気になる、、、そして何故かどんどん長くなっていく、、、汗)

また、365~410ページに『Du Jeu des Tarots(タロットの遊戯について)』という章があるのですが、こちらにはタロットと関係がありそうな挿絵やイラストは一切ありませんでした。

ですが、せっかくなので、『Du Jeu des Tarots(タロットの遊戯について)』という章に、どんな内容が書かれていたのか、少しだけ要約してみました。

j'y jette les yeux , & auflî-tôt j'en reconnois l'A'légorie

私はそのカードに目を向けた瞬間、そこに寓意を認識した。
これは単なる遊戯ではなく、古代の教義が刻まれた象徴の書物である

Court de Gebelin
『Le Monde Primitif』第8巻 p.367より

はい、こちらはコート・ド・ジェブランの名言とも言えなくない、代表的な一節だそうです。

ノーコメントで申し訳ないですが、ちょっと頭の中の糖分が不足していてるのか、あまり面白い返しが思い浮かびません。。。

知らなかったことにします。

では以下、要約です。

『Du Jeu des Tarots』要約

  • 寓意の解釈
    ∟ 各カードの象徴が持つ意味を分析し、〝宇宙全体〟〝人間の一生〟を表すと主張
    → 現在は〝人生の物語を読む道具〟として親しまれることが多い
  • 数理構造
    ∟ カードの枚数や構成に数学的、神秘的な意味があると説明
    → 現在も、数秘術などの〝数字の象徴性〟が重視されている
  • 歴史的伝承
    ∟ タロットが古代エジプトから伝わり、スペインやフランスのカードに影響を与えたとする
    → 現在では否定されており、15世紀イタリアで誕生したと考えられている
  • 中国との比較
    ∟ 中国の象徴体系との類似性を指摘し、普遍的な知の体系としてのタロットを提示
    → 視点としては興味深いが、直接的な関連は確認されていない
  • 占術との関係
    ∟ タロットが「占いの技術」に用いられていたとする論文が付属(別の著者による)
    → 現在も〝占いの道具〟として広く知られている
  • 図像の再現
    ∟ 大アルカナ+一部スートカードの図像を再現し、寓意とともに提示(今回の一文で言及している部分)
    → 現在では図像資料としての価値が認められている

現在の解釈は、一般的なものを記載しています。

こちらはAIを使って要約したものになります。

そこまで徹底的に調べたわけではありませんので、参考程度にご覧ください。(そこまで酷く間違っているわけでもないとは思いますが)

「もっと画像を見たい」という方は、ぜひ実際の『原始の世界』も見てみてください。(画像のページから見れるようにしています)▶▶こちら

本当に、事あるごとにお世話になっていますが、Internet Archiveさんのサイトです。

このような貴重な資料を無料で見れるだなんて本当に有難いです。(ありがとうございます)

ちなみに、これは完全に私の主観なのですが、、、

実際に『原始の世界』を見てくださればわかると思うのですが、コート・ド・ジェブラン、どう考えても、頭の悪い人ではないと思うんです。

これだけの文章を書き、多くの人たちにも影響を与え、そして後世にも語り継がれるようなものを残せる人物なわけですから。

恐らく、〝研究〟という一分野として見るならば、本当に膨大な知識が盛り込まれていると思います。

、、、全然読めてはいませんが。(何せフランス語なので)

だからこそ、不思議なんです。

何故そのような人物像であるにも関わらず、「タロットの起源は古代エジプトにあり~!!」だとか、「タロットは古代エジプトの神官によって作られたものなのだ~!!」などと、根拠のないことをそう易々と言えてしまうのか。。。(ちなみに証拠みたいなものも一切なく、ただ〝そう言っている〟だけのようです)

むしろ、本気でそれを真実だと思って語っているようにも見えて、、、

もちろん、本に書かれていること全てが嘘というわけではないと思います。

実際、マルセイユタロットの絵なんかは、とても丁寧に複写されていますし。

だからこそ、どうしてそのようなことに熱意を注げる人が、そういう方向に行かれてしまうのか、、、

まぁ、いいかぁ。。。

私も段々と疲れてきてしまいました。(すみません)

おかしいな、そこまで大変な訳ではなかったはずなのに、どうしてこういつもいつも、、、ぶつぶつ。

ですが最後に、どうしてもこれだけはお伝えしたいです!!

すみません、道中に引っ掛かってしまったこと、やっぱり調べてしまいました。

そうです。

『ウェイトの時代も、コート・ド・ジェブランの時代も、もしかしたらヴィスコンティタロットなかったんじゃない?』説についてです。

宜しければ、最後にこちらを『おまけ』としてお納めください。

ヴィスコンティタロットの発見時期

はい、というわけで、先ほどもお伝えしました「もしかしたら、ウェイトの時代にもコート・ド・ジェブラン、の時代にもヴィスコンティタロットはなかったんじゃない?」ということについてなのですが、ピンポンピンポン!!

正解です!!

これは嬉しい発見です。

前回もお伝えしたのですが、ヴィスコンティタロットには主に3つの有名な版が存在します。

今ここでは、その違いについてなんかの説明は割愛しますが、そのどれもが1400年代に作られたものとされています。

そして、先日私が購入しましたのが、一応、『現存する最古のタロット』と言われるカーリー・イェール版というものでして、こちらは1967年頃に発見されたそうです。

こちらは、イェール大学の図書サイトで閲覧が可能です。(こちらも本当に有難い)

不思議なことに、この〝カーリー・イェール〟と〝イェール大学〟の『イェール』には何の繋がりもないそうです。

イェール大学の存在は知ってはいましたが、てっきり、昔の貴族の名前が、大学の名前になっているのかと、一瞬思ってしまいました。

他の2種類も1909年頃、20世紀初頭に発見されたとありまして、いずれも20世紀に入ってから発見されたものなんですね。

ですので、もちろん絶対とは言えませんが、かなりの高い確率で、コート・ド・ジェブランはヴィスコンティタロットの存在を知らなかったのでは?と考えられます。

ウェイトの時代には一部が収蔵され始めていたようですが、恐らく、この『The Pictorial Key to the Tarot』を出版した時点(1909)では、ウェイトもその存在を知らなっただろうなと思います。

また、彼より少し前の世代のオカルティスト――エリファス・レヴィ(1810-1875)なんかも、知らなかった可能性が高いでしょう。

本格的な研究や復刻が進んだのは20世紀後半、まだまだ最近のことだったみたいです。

ということは?

ある意味、私たちはウェイトをはじめとする稀代のオカルティストが知らない『タロット』の一面を知っているということになります。

ふっふっふ、これが言いたかったです。

続きが、より楽しみになりますよね。

では、また次回、お会いしましょう。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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