『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.37

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『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』解読・翻訳シリーズ第37回のアイキャッチ画像。ウェイト=スミスタロットを徹底追究し、表面的な解釈を超え、より魅力的なタロットの世界へ!!

こんにちは。

いつもご覧いただきありがとうございます。

いよいよ【PART1】も、最終ページが見えてきました。

すごく嬉しいです!!

改めて、この『The Pictorial Key to the Tarot』を眺めてみますと、実際には10分の1にも満たない量しかまだ訳せていないのですが、それでも1つの区切りですから、感極まるものがありますよね。

とは言え、まだもう少し続きますので、引き続き頑張っていきたいと思います。

では、本題に入ります。

前回の一文は、ウェイトがマルセイユタロットの〝カップのエース〟を〝チボリウム〟に見立て、「これを聖餐の象徴と呼ぶべきかも知れない」というようなことを述べていました。

しかし、そんなことを言いつつも、「いや、今重要なのはそんなことではない」というようなことを言い残しており一読者としては「じゃぁ、なんでそんなことを言い残したの?」という、少し引っ掛かりの残る一文となりました。

果たして、本当に「今は意味がない/重要ではない」ような内容だったのでしょうか

それとも、いつか然るべき時が来たら、「実はあの時の……」なんていう展開が待っているのでしょうか。

生配信のような、言い直しの効かない場での発言ではなく、出版するまで、ある程度は練り直せる〝本〟という媒体なわけですから、まさかウェイトが何の意図もなく「いや、今それは重要じゃない」なんていった記述を残すとは考えにくく――個人的には、何かしら仕掛けのようなものがあったら嬉しいなと、少しだけそんな期待をしています。

どうか、「あの時〝チボリウム〟のこといっぱい調べておいて良かったー!!」なんていう日が、きっと訪れますように☆彡

では、今回もよろしくお願いいたします。

今回の一文:6つの図案の象徴――アルビジョア派と聖杯に、タロットの接点を見出せるのか

今回の一文です。

The point is that Mr. Harold Bayley gives six analogous devices in his New Light on the Renaissance, being watermarks on paper of the seventeenth century, which he claims to be of Albigensian origin and to represent sacramental and Graal emblems.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

今回は、こちらを2つ分けて見ていきたいと思います。

〝The point is that Mr. Harold Bayley gives six analogous devices in his New Light on the Renaissance

〝being watermarks on paper of the seventeenth century, which he claims to be of Albigensian origin and to represent sacramental and Graal emblems〟

本文をそのまま引用しています。

またしても、Harold Bayley(ハロルド・ベイリー)氏が出てきましたね。

まだ記憶に新しいはずなのですが――毎度、調べる事が多いので、『A New Light on the Renaissance』がどのような内容だったか、既に思い出せずにいます

……はっ!!

アルビジョア派で使われていたとされる〝透かし〟の研究をした人物でした。

前回の一文では、ウェイト自身が〝カップのエース〟に抱いているであろう思想を語りつつも、「今、この場ではそれは重要じゃない」と言い残していました。

ならば、きっと今回の内容こそ本命――真打登場、ということなのだと睨んでおります。

では、宜しければぜひ最後までお付き合いくださいませ。

ハロルド・ベイリー氏が提示した6つの図案とタロットの接点――ウェイトが示した要点

では、まずはThe point is that Mr. Harold Bayley gives six analogous devices in his New Light on the Renaissanceから見ていきたいと思います。

また、いつも通り単語等のチェックから始めていきましょう。

Mr. Harold Bayley → ハロルド・ベイリー氏

gives → 提示する、提供する

analogous → 類似した、対応する

device → 装置、図像、意匠(デザインや図案)

※これらはほんの一例です。

これらとは別に、あらかじめお伝えしておきたいことがあるのですが――ウェイトは〝New Light on the Renaissance〟と記述していますが、本来であれば『A New Light on the Renaissance』というのが、この著の正式なタイトルです。

以前、この書名が登場した時には、「きっと、ウェイトがこの本を好きで、それをもじって引用したかったのだろう」という考えでいたのですが、どうやらそれ以外にも考えられそうなことがあったので、ぜひ共有させていただければと思います。

1つは、今お伝えした、ウェイトが気に入っている著作や文脈を引用したという可能性です。

これは著作の紹介ではなく、気に入ったタイトルや文脈をもじって、ウェイト自身の主張の一部分として意図的に引用していることが多く見られます。

そして、今回新たに浮上しましたのが、19世紀~20世紀初頭に英語文献では冠詞(A,Theなど)が省略されることが多かったそう――つまり、省略することが当たり前だったという可能性です。

どちらが正解とは言えませんが、以前取り上げていた部分でしたので、念のため、追加の考察として補足しておきたいなと思いました。

また、ハロルド・ベイリー氏に関する情報も、簡単にですがまとめたものがありますので、宜しければそちらも併せてご参照ください。(現状インターネットではハロルド氏の情報はほとんど見付かりません)▶▶ こちら

では、本題に戻ります。

まず初めに、〝The point is that〟ですが、こちらは「その要点は~である」ですね。

そして、〝Mr. Harold Bayley gives〟ですがが、こちらは「ハロルド・ベイリー氏が提示している」というような感じでしょうか。

続いて、〝six analogous devices〟ですが、こちらは「6つの類似した図案」ということになると思うのですが、恐らく、この「図案」と言っているのは〝透かし〟のことだと思います。

ですが、確か以前、実際の『A New Light on the Renaissance』を確認していた際には、〝杯〟の絵は6つ以上描かれていたと記憶しています。

ウェイトの記述とぴったり該当するページがあると良いのですが。

ですが、前回にも1度全ページを確認しているのですが、ここでは主にマルセイユタロットのことを扱っていますが、仮にウェイト=スミスタロットの〝カップのエース〟であったとしても、似ているような図(絵)はなかったと思うのですが、はて?

……ということは?

それを確認するために、私はまた『A New Light on the Renaissance』を1から見直していかなければならないということですね、はい。

気を取り直しまして、最後の〝in his New Light on the Renaissance〟ですが、こちらは「彼の『A New Light on the Renaissance』の中で」というところだと思います。

この表現の感じですと、今回の一文に関しては、普通に冠詞を省略しているという可能性が高そうですね。

ただ、前回では〝to Mr. Harold Bayley as another New Light on the Renaissance(また別の新しいルネサンスの光として)〟という記述でしたので、やはり、こちらは著作の紹介というよりは、ウェイトの主張の一部分として引用した可能性が高いと思います。

同じ語を使っていても、ウェイトの中では違うものとして引用していることが伺えると思います。

では、一度まとめてみましょう。

〝The point is that Mr. Harold Bayley gives six analogous devices in his New Light on the Renaissance

その要点は、ハロルド・ベイリー氏が彼の著書『A New Light on the Renaissance』の中で、6つの類似した図案を提示しているという点です。

いつも通り、まずはダイレクト仕上げにしています。

ですが、言っていることは伝わってきますよね。

これまでにも、『A New Light on the Renaissance』に触れたことがあるので、それがちょっと光り輝いている感じがして嬉しく思います。

では、後半へ進みましょう。

タロットのアルビジョア派起源説、再び

では、後半のbeing watermarks on paper of the seventeenth century, which he claims to be of Albigensian origin and to represent sacramental and Graal emblemsを見ていきたいと思います。

また、単語や熟語等の整理から行っていきましょう。

claims → 主張する

origin → 起源、由来

represent → 表す、象徴する

sacramental → 聖礼典の、儀式的な(キリスト教の儀式に関する)

Graal → 聖杯(昔の表記)

※これらはほんの一例です。

〝Graal〟ですが、こちらは現代では〝Grail〟と綴られるのが一般的です。

神話などに詳しい方であれば、聞いたことがある方もいらっしゃるかも知れません。

実際に、神話の『アーサー王伝説』や、中世の文献などでは〝Graal〟として登場するようです。

どちらであっても「聖杯」を表しますが、元々はフランス語やラテン語由来の綴りだそうで、現代でも文学的、象徴的なニュアンスを強調したい場合に〝Graal〟が使われることもあるそうです。

正直、ウェイトの時代(20世紀初頭)を〝現代〟とするのは少し違うかなぁという気がしています。

ざっくりとですが、仮にも120年ほどは昔のことになりますから、現代のように、インターネットが発達している時代と同列にするのは無理があるような……。

ですが、きっと学術的には〝現代〟なのかなぁという気もするので、正直〝学術〟の基準もいささか怪しい気がします。

〝近代〟としても、また少し遠くなり過ぎる気もしますし、時代的な区分からは判断がしづらいと思いますが、とは言え、ウェイトの場合は、意図的に〝Graal〟を選択していると見て差し支えないと思います。

ただ、仮にそうだったとしても、具体的にどんな意図があったのかは、今の段階では見えそうにありません……。

また、本編に入る前にいろいろをお伝えしてしまいましたが、気を取り直して始めていきましょう。

では、まず最初に〝being watermarks on paper〟ですが、こちらは「紙の上に透かし模様がある」というような感じでしょうか。

次に〝of the seventeenth century〟とありますが、こちらは「17世紀の~」という意味です。

続いて、〝which he claims to be of Albigensian origin〟とありまして、こちらは「(それらを)彼はアルビジョア派に由来すると主張している」というような意味だと思います。

敢えてのダイレクト訳ですが、結局また『タロットの起源はアルビジョア派にあり』という仮説に舞い戻ってきてしまいました……。

そして、最後の〝and to represent sacramental and Graal emblems〟ですが、こちらが「そして、神聖な儀式と聖杯の象徴を表しているもの」というような感じでしょうか。

またここで、やや難解な単語が出てきました。

そうです。

〝sacramental〟です。

読み方としては「サクラメント/タル」なのですが、実は、この〝sacramental〟を日本語訳する際、多くの方が「聖餐」としています。

実際、私が確認できた範囲にはなりますが、『The Pictorial Key to the Tarot』の日本語訳はいずれも「聖餐」と訳されていました。

ちなみに、念のためにお伝えしておきますが、それが悪いとかそういう話ではありません。

ただ、私は前回の一文で〝eucharistic〟という語を「聖餐」と訳しました。

もちろん、違う単語であっても同じものを指すことはありますが、私は、これに関しては、無意識でしたが「きっと同じではないだろうな」と考えていました。

前回の一文を読んでくださっている方がいらっしゃったとして、混乱を招くようなことをお伝えするのは嫌なので、念のため、先にこちらの調査結果を共有しておきたいと思います。

〝eucharistic〟と〝sacramental〟の違い

  • eucharistic
    基本的な訳:「聖餐の」「聖餐式の」
    語源:ギリシャ語の〝eucharistia(感謝の祈り)〟→「聖餐式」
    単体で〝聖餐〟そのものを表すことができる。
  • sacramental
    基本的な訳:「神聖な儀式に関すること」
    語源:ラテン語の〝sacramentum(神聖な誓約)〟→ 神聖な儀式全般を指す
    単体でも〝聖餐〟と訳されることもあるが、それだけに限定されない。

このように、〝sacramental〟は、文脈によっては「聖餐」と訳されることもあるかも知れませんが、少なくとも今回の一文においては、それに限定されない広い意味で使われている可能性があると思います。

私のような何の宗教にも属さない人間が、なんとなくそれっぽい単語を区別できずに混同してしまうのならまだしも、ウェイトのように熱心なキリスト教徒であれば、そこに線引きをしていないというのは、やはり少し考えにくいと思うのです。

仮の話ですが、もし前回の〝eucharistic〟を、「聖餐」と訳したことがあっているとするのならば、やはり〝sacramental〟は、恐らくは「聖餐」とは別の意味で使っている可能性が高いと思います。

また、カトリックかプロテスタントかということでも呼び方が変わるそうなのですが、具体的な違いまではわかりませんが、ひとまずは「神聖な儀式」という形で訳しておきたいと思います。

もしかすると、ハロルド氏の『A New Light on the Renaissance』の文章まで、ちゃんと読めたら答えがわかるかも知れませんが、ちょっとそこまでは手が回りそうにないです、すみません。(物凄く気が向いてくれたらやるかも知れません)

ということで、一度まとめてみますね。

〝being watermarks on paper of the seventeenth century, which he claims to be of Albigensian origin and to represent sacramental and Graal emblems〟

17世紀の紙の上に透かし模様であり、彼はそれらがアルビジョア派に由来し、神聖な儀式及び聖杯の象徴を表しているものだと主張している。

一旦はこのようにしてみました。

細かい点は、また『まとめ』の方で整えていきたいと思います。

では、『まとめ』に入りましょう。

まとめ|結論・解説・考察

では、改めて今回の一文をご紹介します。

The point is that Mr. Harold Bayley gives six analogous devices in his New Light on the Renaissance, being watermarks on paper of the seventeenth century, which he claims to be of Albigensian origin and to represent sacramental and Graal emblems.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です。(多少不自然でも文の構造を優先しています)

→ その要点は、ハロルド・ベイリー氏が彼の著書『A New Light on the Renaissance』の中で、6つの類似した図案を提示しているという点です。

→ 17世紀の紙の上に透かし模様であり、彼はそれらがアルビジョア派に由来し、神聖な儀式及び聖杯の象徴を表しているものだと主張している。

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

私はそれをチボリウムに倣い聖餐の象徴と呼ぶべきだろうか……しかし今ここでそれは重要ではありません。

最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。

ここで重要なのは、ハロルド・ベイリー氏が彼の著書『A New Light on the Renaissance』の中で、6つの類似した図案を提示し――いずれも17世紀の用紙に施された透かし模様――それらがアルビジョア派に由来し、神聖な儀式及び聖杯の象徴を表しているものだと主張している点です。

このように整えました。

いかがでしょうか。

これは、私の中の勝手な信念なのですが(とは言え最近意識するようになったことではあるのですが)、基本的に長い文章の時は区切った方が訳しやすいとは思うんです。

ですが、実際の文章は一文なので、基本的には、できる限り一つの文章で訳したいんですよね。

ですが、これがかなり難しい時があります。

過去に、確か何回かは、私も「もうだめだ~」となって、一文を分けたこともあった気がします。

多分あまりにもわかりづらくなってしまうから、という理由の時もあったとは思うのですが。

ということで、今回の一文は一息で続く文章であっても、けっこうすっきりとして、内容も明確に伝わるものに仕上げられたのではないでしょうか。

どうぞ、お納めくださいませ。

そして今回なのですが、きっと勘の良い方であればお気付きのはず。

そうです。

正直、現時点では私もまだ何も調べていない状態なので断言はできませんが、恐らく、かなり濃い考察内容になるのではないかと思います。

読んでくださるみなさんも大変かと思いますが、どうか最後までお付き合いくださいね。

では、解説及び考察に入りたいと思います。

解説・考察

何からお伝えするべきか、かなり迷います。

一度、頭の中を整理させてください……。

  • 該当しそうな6つの図案を見付けた(しかしそれらが本当にウェイトの主張と繋がりがあるものなのかは不明)
  • ハロルド氏の著作の中にも『パウロの手紙』の引用があった(ハロルド氏もキリスト教徒なのだろうか?)
  • ウェイトの記述に見られる内容と『A New Light on the Renaissance』の文の検証
  • 該当するページのリンク

このくらいでしょうか。

調べていく間に広範囲になってしまい、情報量が物凄く多いんですね。

悪気はないのですが、つい何を閃いたのか忘れてしまいます……。

ひとまず、順を追って整理していきたいと思います。

Harold Bayley(ハロルド・ベイリー)という人物

まずは「ハロルド・ベイリーって一体どんな人なの?」ということについて、簡単にですがまとめてみました。

また以前にも、別にまとめたものがありますので、宜しければそちらも併せてご覧ください▶▶ こちら

先にお伝えしておきたいのですが、これらは、あくまでも私がインターネットを使って調べられる範囲でまとめたものになります。

現状、インターネットでもハロルド氏に関する情報は極めて少なく、ちょっとオタク気質な一個人が、彼の著作を読んで感じたことなどを中心に構成しました。

なるべく誤り等ないよう細心の注意を払っているつもりですが、何分専門家ではありませんので、その辺りはご留意いただけますと幸いです。

今回は、まず『A New Light on the Renaissance』と『The Lost Language of Symbolism』を参考に、AIなんかも使ってハロルド氏を分析してみました。

ちなみに、後者は今のところ『The Pictorial Key to the Tarot』には登場していない書物になります、ご了承ください。

  • 美術史家であり、著述家
    象徴や紋章、言語の起源に強い関心を持ち、〝見えざる言語〟の探究をし続けました。
  • 象徴を〝言語〟として扱う傾向
    象徴を単なる装飾ではなく、霊的(精神的など)・文化的(例:アルビジョワ派の暗号のやり取り)なメッセージの担い手として捉えています。 「象徴は思考の化石(thought fossils)」であり、中世の神秘主義や清教徒的霊性の痕跡を含んでいると述べています。
  • 印刷者の記号や透かし模様に注目
    一般的に見過ごされがちな紙の透かし模様や印刷者の記号など。 これらを「失われた象徴言語」として読み解き、宗教的・秘教的な意味を再発見し続けようとする姿勢が見られます。
  • 幅広く各年代の象徴を探求
    古代エジプト、ギリシャ、ローマから中世ヨーロッパ、そしてルネサンス期に至るまで、広範囲にわたる時代と地域の文化的象徴を比較・分析。色・数字・植物・動物などを通じて、神話や民話、印刷物、印章、透かし模様、様々な象徴に潜む共通の象徴言語を探求していました。
  • 精神と寓話を融合
    他の著作になりますが『Cinderella』『Star of the Sea』『Via Dolorosa』など、寓話や宗教的象徴を霊的成長の道として読む章立てが見られます。 これは、象徴を通じて魂の旅を描くという思想的傾向を示していると考えられます。

ちなみに〝清教徒〟というのは、16〜17世紀のイングランド(現イギリス)において、教会の儀式や権威を批判し、聖書と個人の内面を重視したキリスト教を改革しようとした(改革派)人たちのことを指すそうです。

ということで、ここではまず、ハロルド・ベイリーという人物像について、さっとですが触れてみました。

そして、これらを踏まえて、ここから本編に戻りたいと思います。

ウェイトが語った『6つの類似した図案』とは

こちらでは、本文で語られていた『6つの類似した図案(six analogous devices)』について、お話ししていきたいと思います。

まずはこちらをご覧ください。

マルセイユタロットのカップのエースと、Harold Bayley『A New Light on the Renaissance』に掲載された6つの杯の紋章図案を比較した画像。中世からルネサンス期にかけての象徴的・建築的モチーフが描かれている。
左:マルセイユタロット〝カップのエース〟
右:出典:Harold Bayley著
『A New Light on the Renaissance』(1909年)
Internet Archiveより

恐らく、言葉は必要ないと思うのですが、これらがウェイトが語った『6つの類似した図案』と思われる図案なのですが……。

いかがですか?

「全然似てなくない?」と思われた方、いらっしゃいませんか?

正直、私も「え?類似とは?」とは思ったのですが、ここでようやく気付いたことがありました。

ウェイトは初めから、マルセイユタロットの〝カップのエース〟の杯と、ハロルド・ベイリー氏の『A New Light on the Renaissance』に描かれている6つの杯が類似と言っているのではなく、この書面に描かれた6つの杯そのものが類似しているということを言っていたんですよね。

てっきり、マルセイユタロットに描かれている杯と、ハロルド氏の図案が似ているという意味なのかと勘違いしてしまっていました

ちなみになんですが、〝杯〟と思われる図案はこの他にもあります。

確か20~30個くらいあったような……。

しかも、どれ1つとしてマルセイユタロット〝カップのエース〟の杯とは似ていなくて、最初は、どのことを言っているのかまったく見当もつきませんでした。

ですが、答えはすぐ目の前にあるはずなのに特定できないのはすごい悔しいです。

よって、結局翻訳をしながら手掛かりを探した次第です。

ちなみに、『A New Light on the Renaissance』の翻訳の方は全部と言っていいくらいAI任せです、ご了承ください。

それと、私物以外のものが含まれる画像につきましては、提供元から削除の指示があることがございます。

ものによっては、突然非公開となることもあり得ますので、あらかじめご了承ください。

一応、利用規約等に違反していない認識ではありますが、何せ全部が全部英語ですので、解釈が間違っていることもあるかも知れません。

その点につきましても、併せてご理解いただけますようお願いいたします。

気持ちとしては、全部の〝杯〟をご紹介したいところなのですが、なんとなく節度というものがあるかなと存じております。

そのため、実際の『A New Light on the Renaissance』をご覧いただけるリンクもご用意いたしましたので、宜しければそちらもぜひ参考にしてみてください。▶▶ こちら

上記の画像と同じページから見れるよう設定しておりますので、ぜひ20はあると思われるアルビジョワ派の透かしの〝杯〟を覗いてみてくださいね。

ちなみになんですが、多分それぞれの図案の下の英語の表記が、該当する透かしに秘められた暗号を解いたものなのかなぁという気がしているのですが、どうやって解読しているのか、小1時間ほど挑戦してみたのですが、私には全然読めませんでした。

よく見るとわかるのですが、単にアルファベットが書かれているのではなく、文字の先端に句点(。)のような小さな丸が付いているアルファベットがあったり。

「〝DV〟は神様かな?(divine)」とか、一人で勝手に妄想してみたり。

あっているかはわかりませんが、分解すると、ラテン語もしくはスラブ語、ケルト語(古英語)、イタリア語なんかにもなって、実際にそれぞれに意味があったりして、すごく面白かったんですね。

しかし、図のどこを見ればそのようなアルファベットが読み取れるのかはまったく……。

ですが、確かに図案は、ユリの紋章や、十字架、花(バラ?)など、何かしらの象徴が組み合わさってできていますよね。

解読方法なんかが書かれた、ハロルド氏の別の書籍があるのかも確認してみたのですが、どうやらそのような記述は見当たらなさそうでした。

どなたか、解読方法見付けたらぜひ教えてください。

……あっ!!

すみません。

最後になってしまいましたが、何故この6つの杯がウェイトの言う『6つの類似した図案』に該当するのか、その根拠をお伝えするのを忘れていました。

ちょっと行ったり来たりで申し訳ないのですが、まず「何故この図案を探したのか?」というところに話は戻ります。

訳文にしますが、『ここで重要なのは、ハロルド・ベイリー氏が彼の著書『A New Light on the Renaissance』の中で、6つの類似した図案を提示し――いずれも17世紀の用紙に施された透かし模様――それらがアルビジョア派に由来し、神聖な儀式及び聖杯の象徴を表しているものだと主張している点です。』ということを、ウェイトが述べていたからですよね。

そして、もう少し前には、『私は、このような事柄において適切な判断を下せる者ではありませんが、大アルカナの全てのカード1枚1枚が〝透かし〟として機能していたかも知れないという事実は、私が引用した先の事例、並びに〝カップのエース〟に見られる、非常に際立った例によって示されています。』とも語っていたわけです。

要するに、今私は「マルセイユタロットの〝カップのエース〟のカードが(アルビジョワ派に見られる)〝透かし〟として機能していたかも知れないという事実』というウェイトの主張は果たして本当なのか?」ということを検証しているように見えるのかなと思うのですが(それも間違ってはいませんが)、実際には、「ハロルド氏の図案とマルセイユタロットが本当に関係あるのか?」というようなことの根拠を探して、私はこうしてインターネットをあちこち駆け巡っているわけなのです。

そして、この〝絵〟そのものを見てしまうと「絶対関係ないでしょ!!」と、そう思ってしまったのですが、これもそうは問屋が卸しませんで……。

先ほどもお伝えしましたが、もはや〝絵〟のことではないんです。

なんとなく、それっぽい言葉でお伝えすると、もうそれは〝目に見えない部分〟の話をしているようなのですね。

ということで、図案についてのお話しはここまで。

次のパートで、この図案が今回の一文に該当するという根拠と、「一体何故ウェイトはこの図案のことを語ったのか?」という部分について、考察を述べていきたいと思います。

マルセイユタロットとアルビジョワ派の杯──象徴の接点はあるのか

まずは、先ほどの図案が、何故今回の一文に該当するかという点についてなのですが、それは簡単……と言うと語弊があるかも知れませんが、比較的すんなり見付けることができました。

と言いますのも、単純に『A New Light on the Renaissance』の中で、ヒットしそうな単語を検索し続けていたら、該当するぴったりの文章を見付けたというわけなのです。

それが、こちらの一節になります。

In Figs. 208 to 213 the symbols rise to supremely beautiful heights. Observe that these complicated marks form the outlines of sacramental cups. The upper portions, consisting of Fleurs de Lys, Roses, Stars, and pearls of Heavenly Wisdom, symbolise the Celestial Regions.

Harold Bayley著
『A New Light on the Renaissance』より

こちら『図208から213にかけて、これらの象徴は至高の美の高みへと昇華しています。注目すべきは、これらの複雑な印は神聖な儀式の輪郭を形作っている点です。上部には、ユリの花(フルール・ド・リス)、バラ、星々、そして天の叡智の真珠があしらわれており、天上界を象徴しています。』というようなことを言っています。

図208~213というのは先ほどの画像の「6つの類似した杯の図案」になります。(それぞれの図の下に小さな文字で記載されています)

みなさん、今回の一文の内容を覚えていらっしゃいますか?

『ここで重要なのは、ハロルド・ベイリー氏が彼の著書『A New Light on the Renaissance』の中で、6つの類似した図案を提示し――いずれも17世紀の用紙に施された透かし模様――それらがアルビジョア派に由来し、神聖な儀式及び聖杯の象徴を表しているものだと主張している点です。』

こちらなんですが、この一文の中でヒットしそうな単語を1つずつ検索してわかったことなのですが、実際の『A New Light on the Renaissance』には20を越えるほどの〝杯〟の図案が描かれているのにも関わらず、幸いにも、「神聖な儀式(sacramental)」という単語が使われているのが、ほんの2節しかありませんでした。

〝Graal〟及び〝Grail〟なんかは複数のヒットがありましたが、全てAI任せにはなりますが、翻訳し、要約した感じでは、今回のウェイトの一文と関係のありそうな文章は、むしろこれしかないと言ってもいいくらいでした。

また、〝sacramental〟を含む二節のうち、もう一節は違う図案についての説明でした。

事実関係を明らかにしようとしていたわけではなかったのですが、『A New Light on the Renaissance』を見る限り、今回の一文は、実際にハロルド氏が語ったことを引用しており、内容としては適切だなと思いました。

ただし、『マルセイユタロットの〝カップのエース〟のカードが(アルビジョワ派に見られる)〝透かし〟として機能していたかも知れないという事実』という点については――それはかなり根拠が乏しい――というのが、私の素直な感想です。

念のため、〝tarot〟〝card〟〝trump〟なんかも検索しましたが、それらの単語はどれも『A New Light on the Renaissance』には登場しませんでした。

何より、ハロルド氏によるタロットとアルビジョワ派の関連性についての言及は確認できませんでした。

それに加え、ウェイトがマルセイユタロットの〝カップのエース〟を取り上げつつ、まったく異なる図案を提示していることにも少し違和感があります。

両者の画像はあまりにも似ていないと思いますし、構造やデザインの面でも共通点は見当たりません。

恐らくは、〝杯〟そのものの姿形ではなく、『A New Light on the Renaissance』で見られるアルビジョワ派の杯の〝透かし〟――そこに込められた何かしらの象徴――に着目したかったのだと思います。

つまり、ウェイトが言いたかったのは、目に見える部分ではなく、象徴や霊的な部分という抽象的な領域での響き合いのことだったのかなと思いました。

しかし、あまりにも根拠が乏しいので、あくまで、ウェイトの思想や思考に基づいたものとして見なすのが妥当かなと思います。

誤解を恐れずに申し上げるのであれば、この辺りの語りは、ウェイトが当時に存在していた〝それっぽい〟資料や概念を都合良く引用し、あたかもタロットがアルビジョワ派と深い関わり合いがあるかのよう読者に植え付けているようにも見えます。

既に、この辺りの内容は、ウェイトによる創り話と言って差し支えないほど、説得力が欠けるものとなってしまっていますが、もしかすると、『A New Light on the Renaissance』の内容を引用することで、その欠けた部分を補いたかったのかも知れませんね。

もちろん、断定はできませんが。

元々、ここまで複雑な検証になるとは思ってもみなかったのですが、こうして一つずつ紐解いていくことで、少なくとも今のところ、ウェイトの語りの多くが、彼自身の想像や解釈に基づいただけのものであるということが伺えると思います。

捏造とまで言うのは少し違う気がしますが、こう言ってはなんですが、仮にも「私は良い判断を下せない」「~かも知れない」などという逃げ道を残した構造になっているからこそそう言えないだけであって、ウェイトもまた、他の著名なオカルティストと何ら変わりない気がしています。

とは言え、私は他のオカルティストについてはほとんど知らないに等しく、現時点では、ウェイトの記述から一方的に汲み取っているに過ぎません。

それぞれの人物についても、何かを語る際には、一応は調べてから語るようにしていますが、わかっているのは一般的に言われていることだけですので、ウェイトの言い分を鵜呑みにするのも良くないなと思い始めた今日この頃でした……。

また、少し前の一文まで遡りますが、【PART1】のVol.32で、ウェイトは『しかし、実はこれ以上に響き合うものが確かに存在します。とは言え、それを私の口から語るには……あまりにも恐れ多いのです。』と述べていたことを覚えていらっしゃいますでしょうか。

これらの考察を踏まえますと、響き合うどころか「ただ一方的にウェイトがこじ付けているだけじゃないか!」というような気もしてしまいます。

以前にもお伝えしましたが、決して非難するつもりではないのですが、これまでの研究結果も踏まえますと、私個人としては、この§1の内容は、全体的にたちが悪いなと感じております。

もしかすると、オカルトの世界観的には「~かも知れない」という余白や幻想のようなものは、ある意味では魅力的なのかも知れませんが……。

ですが、以前には他者の起源説などに対し「幻想だ」と否定していたウェイトだったのに、今度は自分がその幻想に縋るような形になってしまっているのは、やはり個人的には少し残念だなという気持ちになってしまいます。

どうか、この§1だけであってほしいなと、願うばかりです。

では、「マルセイユタロットとアルビジョワ派に接点はあるのか?」ということについての考察は以上となります。

最後に、以前、この『The Pictorial Key to the Tarot』の中でも扱ったことのある『コリントの信徒への手紙』の一節が、今回取り上げた『A New Light on the Renaissance』の一節の中でも、引用していると見られる箇所があったので、それをご紹介して終わりにしたいと思います。

『A New Light on the Renaissance』に見る『コリントの信徒への手紙』の一節

今回の一文とは直接関係しない部分にはなるのですが、〝sacramenta〟という単語が含まれる文章が2つあった中、対象としている図案はまた別のものでしたが、試しにその一方の一節も翻訳してみたところ「ちょっとウェイトが好きそうだな♪」と思うところがありましたので、ぜひお話しさせてください。

ところで、みなさんは、以前に扱ったその『コリントの信徒への手紙』を覚えていらっしゃいますでしょうか?(宜しければこちらの記事をご参照ください▶▶ こちら

さっとおさらいをしますが、以前ウェイトの一文の中で、ひょっとしたら『コリントの信徒への手紙』の文中から引用したと見られる一文がありました。

『手紙』とありますが、これは、キリスト教のパウロという使徒が、実際にコリントと呼ばれる場所にある教会の教徒たちに宛てて書いた手紙で、今は聖書の一部分となっています。

手紙とは思えない膨大な量だそうで、そもそものタイトルは『パウロ書簡』などと呼ぶそうなのですが、キリスト教の聖書の中でも、この『パウロ書簡』は最長級の大作のようです。

つまり、『聖書』の中に『パウロ書簡』と呼ばれる複数の手紙の集合体があり、その中の一つに『コリントの信徒への手紙』があるということです。

『キリスト教の聖書』>『パウロ書簡』>『コリントの信徒への手紙』 というように、イメージすると捉えやすいかも知れません。

そして、この『コリントの信徒への手紙』も、二つの章から成り立っていて、ウェイトは『コリントの信徒への手紙①』を、ハロルド氏は『コリントの信徒への手紙②』を引用していることがわかりました。(あくまで私の勝手な考察です)

ということで、まずはハロルド氏が引用したと見られる『A New Light on the Renaissance』の一節をご紹介したいと思います。

On reviewing the various attributes of the St Grail, its qualities of producing food to the taste of every partaker, and its abilities to cause heretofore desert lands to blossominto fruit and beauty, it is abundantly clear that we are face to face with an emblem of the Spirit which giveth life, in contradistinction to the Letter which killeth. Hence it is only a step further to recognise the employment of the sacred light-containing cup as an Emblem of MAN himself, the so-called Temple of the Holy Spirit.

It will be remembered that the members of the Albigensian Church claimed to receive daily visitations from their Great Invisible Chief, the Holy Spirit. In Figs.

60 and 61 we saw this idea illustrated by the descent of the Dove with outstretched wings upon the human heart.

The double SS when employed as handles to the sacramental vessels of the Church, and to be seen so frequently in these Grail papermarks, denoted the presence of the Sanctus Spiritus^ or Pure Wisdom.

Harold Bayley著
『A New Light on the Renaissance』より

本文は一続きになっていますが、あまりにも長いので見やすいよう行間を設けています。

これらを翻訳しますと……

聖杯のさまざまな属性を見直してみると、例えば、それがすべての人にその人の好みに合った食物を与える力を持ち、また、これまで不毛だった土地を果実と美で満たす力を持つという点からも、私たちはこの聖なる器が「命を与える霊」の象徴であることを明確に認識することができる。

これは、「文字は殺し、霊は生かす」という対比における「霊」の側に属するものだ。したがって、光を内包する聖なる杯が、人間自身——すなわち「聖霊の神殿」と呼ばれる存在——の象徴として用いられるのも、ほんの一歩先の理解にすぎない。

アルビジョワ派(アルビ教会)の信徒たちが、偉大なる不可視の首領、すなわち聖霊からの日々の訪れを受けていたと主張していたことは、思い出されるべきだろう。

図版60および61では、翼を広げた鳩が人間の心臓に降り立つというかたちで、この思想が視覚的に表現されていた。
教会の聖餐器の取っ手として用いられ、また聖杯に関連する文献にも頻繁に見られる透かしにおいて、二重の「S」文字(SS)は、「聖霊(Sanctus Spiritus)」あるいは「純粋なる叡智」の存在を示すものであった。

このような内容が語られています。

そして、引用欄にも太字にして記載しましたがwe are face to face with an emblem of the Spirit which giveth life, in contradistinction to the Letter which killethの部分が、『コリントの信徒への手紙②』から引用したのではないかと思われる箇所になります。

実際の『コリントの信徒への手紙②』では〝Who also hath made us able ministers of the new testament; not of the letter, but of the spirit: for the letter killeth, but the spirit giveth life.〟と書かれていて、こちらの太字の部分が今回の該当箇所と思われる部分です。

こちらには『神様は私たちに、新しい契約の奉仕者としての力を与えてくださった。それは、文字(律法)によるのではなく、霊による。文字は死をもたらすが、霊は命を与える。』というようなことが書かれていて、ユダヤ教の聖書の律法とキリスト教の聖書の霊を対比している語りだそうです。

今回こちらを追究する気はないので、細かな点についてはあまりわからないこともあるのですが、つまり聖杯は単なる物理的な器ではなく、霊的生命力の象徴であり、人間の内なる聖性や霊的覚醒を示すものとして描かれているのかなと思います。

恐らくなんですが、この「霊」と言うのは、いわゆる一般的に呼ばれる心霊現象的な霊とは違い、神様(もしくはイエス・キリスト)の力なんかが働いて、人間の内側に働く何かしらの作用のようなことを言っているのだと思います。

……ここまで読んでくださった方であれば、もうお気付きですよね。

文体としてはまったく同じということではありませんが、恐らく、ハロルド氏のこの一節は『コリントの信徒への手紙②』から引用した可能性は高いと考えられると思います。

ちなみに、実際の『コリントの信徒への手紙』というのは、主に教会の秩序や霊的賜物について書かれているものだそうで、ハロルド氏はこの聖なる句とも言える一節を、アルビジョワ派の杯の透かしに重ねることで、単なる装飾ではない〝聖体容器〟としての意味を見出したのかも知れません。

私は透かしの解読方法はわかりませんが、『A New Light on the Renaissance』を見ていると、確かに、彼はアルビジョワ派の透かしに込められた秘密の暗号が解読できていたように思えます。

学術的には「暗号の解読に成功している」と言って良いものなのかは慎重にならなくてはいけない部分だそうなのですが、「極めて高い水準に達している」そうです。

また、引用しているのかも知れないという点以外にも、このハロルド氏の一節自体、ウェイトが好きそうな内容にも思えませんか?

改めて言うまでもありませんが、アルビジョワ派から杯の透かしに至るまで、ウェイトがハロルド氏から受けた影響は大きそうですよね。

自分で言うのもなんですが、今回特に焦点を当てた一節の中には、前回の一文に登場した〝ciborium〟という単語を紐解いた際に挙げた考察とほぼ同じ内容が含まれていたので、つい私も、驚きつつも「にんまり」としてしまいました。

……ということで、まったく予想だにしていなかったのですが、気付けば随分な量になってしましましたね。

きっと、読んでくださっている方たちも本当に大変だったと思います。(本当にありがとうございます)

しかし、どういうわけか与えられたヒントに少しずつ焦点を当てていくだけで、何故かピースが合わさっていくというこの不思議な構図が、私は面白くて仕方がありません。

大変な作業ではあるのですが、どうかこんな些細な楽しみがみなさんにも伝わっていたら嬉しいなと思います。

では、また次回。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

参照資料

念のため、参照資料をこちらにまとめておきます。

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