『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.38

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『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』解読・翻訳シリーズ第38回のアイキャッチ画像。ウェイト=スミスタロットを徹底追究し、表面的な解釈を超え、より魅力的なタロットの世界へ!!

こんにちは。

ご覧いただきありがとうございます。

このまま最後まで、少し長めの一文が続きます。(同時に本稿もそうなると思います)

まだ内容はわかりませんが、また膨大な量の調べ事があるかも知れないので、体力温存を兼ね、このまま本編へ突入したいと思います。

ということで、早速、前回の内容を振り返りたいと思います。

前回は、ハロルド・ベイリー著『A New Light on the Renaissance』に登場する、6つの類似した〝杯〟の透かし模様について触れられていた一文でした。

また、ウェイトはその中から、ハロルド氏の「それらはアルビジョワ派に由来し、神秘的な儀式や聖杯の象徴を表しているものだ」という主張も取り上げていました。

当サイトでは、ベイリー著『A New Light on the Renaissance』に描かれた「6つの類似した杯」の図案と、マルセイユ版タロットの〝カップのエース〟を比較する画像を作成しました。

これらの図案は、形として似ているわけではなく、むしろ目に見えない〝象徴的な部分〟に共通するものがあるという考察を添えました。

その際、少し前にウェイトが語っていた「響き合うもの」という言葉を、思い出しました。

しかし、歴史的、学術的な根拠はないに等しく、この「響き合う」という主張は、あくまでウェイト自身の願望的なもの、ということが明らかになってしまいました。

個人的には、§1の特に後半の部分は、ほとんどがウェイトの創り話ではないかと感じられる箇所が多くあり、正直「早く終わってほしいな」という気持ちです。

と言うか、ほとんそうじゃないかしら……ぼそっ。(悲)

とは言え、前回の投稿から2~3日ほどが経ち、今でもその気持ちに変わりはないのですが、何故か「やーめた♪」とはならないんですよね、自分でも不思議なのですが。

まぁ、まだ本来見たかった場所にすら到達できていないので、それが支えになっているのかも知れません。

もちろん、今後も手を抜くつもりはありませんので、どうぞよろしくお願いいたします。

また、文末に「いいね♡」ボタンを設置しました。

読んでくださった際のついでで構いませんので、もし宜しければそちらも押していただけますと、大変励みになります。

ぜひ、そちらも併せてよろしくお願いいたします。

では、本題に入りましょう。

今回の一文:ウェイトの空想――その語りに潜むのは

今回の一文です。

Had he only heard of the Tarot, had he known that these cards of divination, cards of fortune, cards of all vagrant arts, were perhaps current at the period in the South of France, I think that his enchanting but all too fantastic hypothesis might have dilated still more largely in the atmosphere of his dream.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

今回は2つに分けて見ていきます。

〝Had he only heard of the Tarot, had he known that these cards of divination, cards of fortune, cards of all vagrant arts, were perhaps current at the period in the South of France〟

〝I think that his enchanting but all too fantastic hypothesis might have dilated still more largely in the atmosphere of his dream〟

本文をそのまま引用しています。

少し長い気もしますが、多分そこまで難しい内容ではない気がします。

本文を打ち込んでいる私が「こんなことを言っているのかな?」と予想できたくらいなので、きっと前回ほどの情報量ではないだろう……と、そんな淡い期待を抱いていおります。

では、ゆるりとご覧くださいませ。

もしタロットを知っていたなら――ウェイトが描いたもう一つの可能性

では、まずHad he only heard of the Tarot, had he known that these cards of divination, cards of fortune, cards of all vagrant arts, were perhaps current at the period in the South of Franceを見ていきましょう。

いつも通り、単語や熟語の整理から行っていきます。

vagrant → 定住しない、放浪する

perhaps → 恐らく、もしかすると

current → 現在の、流通している、一般的な

at the period → その時代に(19世紀末~20世紀初頭の特定の呼び方)

※これらはほんの一例です。

細かな点については、都度、解説を交えながら進めていきます。

では、参りましょう。

まず〝Had he only heard of the Tarot〟ですが、こちらは「もし彼がタロットのことを聞いていたのなら」という感じでしょうか。

恐らく、これまでに一度も出てきたことはなかったと思うのですが、この〝had+過去分詞〟という形は〝if(もし~ならば)〟の仲間的な文法だそうです。

正式には『仮定法過去完了』という呼び方があるそうですが、平たく言うと「実際には起こっていない過去の出来事を、もし起こっていたら……」と想像しているような文になるようです。

〝Had~heard(もし~聞いていたら)〟とありますので、恐らく、ハロルド氏は『タロット』のことを知らないという前提がありそうです。

そして、それに対し「彼(ハロルド・ベイリー)がタロットのことを知っていたら(耳にしていたら)良かったのにな~」と想像している、そんなウェイトの気持ちが表れた部分かと思います。

確かに、前回の調査では、ハロルド氏の著書『A New Light on the Renaissance』の中には、〝tarot〟〝card〟〝trump〟、いずれの単語も使われていないことがわかりました。

ですので、ハロルド氏が本当にタロットの存在を知らなかった可能性は高く、あるいは知ってはいたかも知れないけど、彼にとっては玩具やカードゲームというような認識だったかも知れないということが伺えると思います。

もし、ハロルド氏がタロットの開発(研究?)に携わっていたのなら、ウェイト=スミスタロットとは別の何かが生まれていたか、あるいは、ウェイト=スミスタロットがより強化されたものになっていたかも知れませんよね。

そのようなことが安易に想像できるくらい、ハロルド氏が研究熱心な人物であったということは、彼の著書から強く感じ取ることができました。

……すみません、少し脱線してしまいました。

気を取り直しまして。

少し長いのですが、〝had he known that these cards of divination, cards of fortune, cards of all vagrant arts〟です。

ひとまず、ダイレクトに訳してみますが、「もし彼が、占いのカード、運のカード、全ての放浪する芸術的なカードを」というような意味になります。

しかし、これまで読んでくださっている方なら、既にお気付きかも知れません。

そうです。

もう随分と前のになりますが、〝divination〟を単に「占い」と訳すのは、注意が必要ということです。

今ここで「占い」とお伝えしているのは、私自身もあまり興味のない、いわゆるその辺によくある〝占い〟のことを指しています。

あくまで当サイトの基準のようなものになりますが、そのような解釈に至った経緯など、過去の記事でも触れていますので、宜しければぜひそちらも併せてご覧ください。▶▶ こちら

そして、2番目のカード〝cards of fortune〟も、少し注意が必要かも知れません。

それこそ〝fortune-telling〟とあれば、いわゆる上記のような〝占い〟を指すと思いますが、〝fortune〟だけになると、意味の幅が広く、様々な解釈が可能となります。

概ね、「運/幸運」というようなニュアンスに集約されそうですが、「〝運のカード〟って何?」という感じはしませんか?

素通りしても良かったのですが、個人的には、ウェイトの時代を思い浮かべても、〝運のカード〟と聞いてピンとくるものがなかったので、ちょっと引っ気になってしまいました。

こちらは、また後程、掘り下げていきたいと思います。

最後に、〝were perhaps current at the period in the South of France〟ですが、こちらは「恐らく、当時の南フランスで流通していたことを知っていたのなら」というような意味になると思います。

〝current〟をどう訳すかもまた悩ましいところですね。

また、これまでしばらくの間、マルセイユタロットを扱っていましたから、一見「南フランス」と聞くと、「=マルセイユタロット?」なんて思ってしまいそうですが、〝南フランス〟には複数の都市や地名が含まれますので、必ずしも南フランス=マルセイユではないかも知れません。

厳密にはマルセイユも南というよりは、やや南東の方にあるみたいですね。

では一度まとめてみましょう。

〝Had he only heard of the Tarot, had he known that these cards of divination, cards of fortune, cards of all vagrant arts, were perhaps current at the period in the South of France〟

もし彼がタロットのことを聞いていて、もし彼がこれらの占いのカード、運のカード、全ての放浪する芸術的なカードが、当時の南フランスで流通していたことを知っていたのなら

という感じでしょうか。

細かな部分は、また最後に調整しましょう。

では、次のパートへ進みたいと思います。

空想を語る者が他者に空想と論じる――語りに潜む人物像の影

では、I think that his enchanting but all too fantastic hypothesis might have dilated still more largely in the atmosphere of his dreamを見ていきましょう。

まずは、単語等の整理からです。

enchanting → 魅惑的な、心を惹き付ける

fantastic → 空想的な、非現実的な(否定的)

hypothesis → 仮説、仮定された考え

dilated → 広がった、拡張された

still → さらに、より一層

atmosphere → 雰囲気、空気感

※これらはほんの一例です。

では、参りましょう。

まず〝I think that his enchanting but all too fantastic hypothesis〟ですが、こちらは「私は思う、彼の魅惑的だが、あまりにも空想的過ぎる仮説」というような意味になると思うのですが……いきなり、やや摩訶不思議な文章がやってきましたね。

しかし、ひとまずはこのまま進めていきたいと思います。

そして次に、〝might have dilated still more largely〟ですが、こちらは「より大きく広がっていたかも知れない」というような意味です。

こちらは〝might+have〟の形になっているので「~していたかも知れない(が実際にはそうではない)」という意味になります。

また、〝still〟も通常は「まだ」と訳されることが多いと思いますが、ここでは「より一層」「さらに」というように、強調するための言葉になるそうです。

最後に〝in the atmosphere of his dream〟とありますが、こちらが「彼の夢の空気感の中で」というような感じになると思います。

「夢の空気感/雰囲気」とは何のことなのでしょう?

〝dream〟だけでも良さそうな感じがするのですが、それでも〝atmosphere〟とあるので、「夢」以外の何かを言いたかったのかなと思いました。

ちなみに〝atmosphere〟には「大気」というような意味もありますが、それはここでは違う気がします。

短期ですが、昔カナダにいた頃、現地の友人に「〝良い雰囲気だな~♪〟って英語で何て言うの?」と聞いた時、「〝nice atmosphere〟かな」と言われました。

オリンピックの開催地にもなった、ウィスラーという物凄く綺麗な土地に行った時のことでした。

何と言いますか……物凄く手入れが行き届いているんですよね、無限に広がる大自然のはずなのに。

そのウィスラーにある温泉に行った際に教えてもらった言葉だったので、なんとなくその時の広大な景色が浮かび上がりました。

以来〝atmosphere〟は、ちょっとした良い思い出なんです。

ありがとう、ウェイト。(今の今まで忘れていましたが)

……ということで、話を本題に戻しますが、あっているかわかりませんが、どちらかと言うと〝atmosphere〟は、ふわふわしたような、気持ちの良い時に使える言葉だと思っていて、このウェイトの文章で使われている〝atmosphere〟も、もしかしたら〝空想〟とか〝妄想〟とか、「ふんわり」したものを表すのかなぁなんて思いました。

違っていたらすみません。

では、一度まとめてみましょう。

〝I think that his enchanting but all too fantastic hypothesis might have dilated still more largely in the atmosphere of his dream〟

私は思う、彼の魅惑的だがあまりにも空想的過ぎる仮説は、彼の夢の空気感の中で、より大きく広がっていたかも知れない

という感じでしょうか……。

まだ私自身「?」という感じで、あまり内容が掴めていません。

どのように調整しようか頭をフル稼働させます。

では『まとめ』に入りましょう。

まとめ|結論・解説・考察

では、改めて今回の一文をご紹介します。

Had he only heard of the Tarot, had he known that these cards of divination, cards of fortune, cards of all vagrant arts, were perhaps current at the period in the South of France, I think that his enchanting but all too fantastic hypothesis might have dilated still more largely in the atmosphere of his dream.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です。

多少不自然でも原文に手を加えず、なるべくダイレクトに訳したものになります。

→ もし彼がタロットのことを聞いていて、もし彼がこれらの占いのカード、運のカード、全ての放浪する芸術的なカードが、当時の南フランスで流通していたことを知っていたのなら

→ 私は思う、彼の魅惑的だがあまりにも空想的過ぎる仮説は、彼の夢の空気感の中で、より大きく広がっていたかも知れない

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

ここで重要なのは、ハロルド・ベイリー氏が彼の著書『A New Light on the Renaissance』の中で、6つの類似した図案を提示し――いずれも17世紀の用紙に施された透かし模様――それらがアルビジョア派に由来し、神聖な儀式及び聖杯の象徴を表しているものだと主張している点です。

最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。

もし彼がタロットの存在を耳にしていたならば、もし彼が、霊的なカード、運命のカード、未だ見ぬ芸術とすら呼べるかも知れないカード、恐らくこれら全てのカードが、当時の南フランスでも流通していた可能性があることを知っていたとしたならば――彼の……魅惑的ではあるが絵空事のような仮説は、彼自身の夢という空想の中でより大きく膨れ上がっていたかも知れません。

このように仕上げました。

これまでにも「難しいな…」と感じた一文はありましたが、今回は過去1番難しかったかも知れません。

内容自体は、比較的そのままでも読める文章だったとは思うのですが、まとめるのが難しかったです。

最後に、訳す際に意識したことや、今回の一文をめぐって感じたことなんかを添え、終わりにしたいと思います。

宜しければ、ぜひ最後までお付き合いください。

解説・考察

では、まず今回の一文を訳すにあたり、意識したポイントについてお話ししたいと思います。

語られた3種のカードについて

道中でも少し触れましたが、この3種のカード、みなさんならどのように訳しましたでしょうか?

  • cards of divination
  • cards of fortune
  • cards of all vagrant arts

cards of divination

以前からお伝えしていますように、〝divination〟を単に「(一般的な)占い」とするのは、少し慎重になる必要があると思っています。

もう少し〝儀式〟めいた、あまり日常的ではない占いを指すのであれば、まだそうかも知れないなとい思うことはできるのですが、そうでなければ少し違和感があります。

初めは「神託」などという言葉も思い浮かんだのですが、少し重苦しいかなと思い却下。

そこで、〝cards of divination〟とした際、〝divination〟に与えられそうな語を集められるだけ集めてみました。

中には「さすがにこれはないでしょ」というようなものも多かったのですが、「ウェイトだったらあり得そうだな」という視点で、いくつかの語訳を厳選してみました。

【割と一般的な〝divination〟の意味】
占い、占術、予言、予知、神託、啓示、虫の知らせ(比喩)、天啓、神意の解釈、霊的導き、神秘的洞察

他にも数多くありましたが、ひとまずはこの辺りで。

ただ、「〝○○のカード〟という形にしたいな」というのが初めから念頭にあったので、続く〝cards of fortune〟とも違いを持たせる意図で、なんとなく「霊的なカード」としました。

ですが「神聖なるカード」とかでも良かったかも知れませんし、「占術のカード」とかでも割と自然だったかも知れません。

個人的には、「占術」という言い方の方が、「占い」より少し重みがあるような感じがします。

また、これは完全な主観ですが、ウェイトが、黄金の夜明け団に属していたこともあり、もしかしたら「儀式のカード」とかでも良いかも知れません!!

本来の「儀式」を指すのであれば、また別の単語が使われる気がしますが、そう、彼は黄金の夜明け団だったのですよね。(他にもいろいろ属していましたが)

となれば、彼(団内)にとって『タロット』とは、〝秘義〟の一つだった可能性も大いに考えられ、自分で言っておいてなんですが、やはり〝divination〟には「神聖な」とか「儀式的な」というような意味が強く込められているのではないかと思いました。

あっ!!

なら、「秘義のカード」でも良かったのかも知れませんね……。

キリがないですね。(笑)

ウェイトの英語は、我々日本人がおおよそ学校で学ぶような単語の意味とは違う意味を持たせていることも多く、既に〝ウェイト語〟として馴染んでしまっているのですが、今のところ「秘義」「教義」「神聖な」「儀式の」、これらのような言葉がぴったりかなと思いました。

解説の途中で思い付いたことだったので、念のため、上記の最終訳はそのままにしておきますが、現時点では、私は「秘義のカード」という訳が1番良いかなと思いました。

では、〝divination〟についてはこの辺りにして、次はcards of divinationに焦点を当ててみたいと思います。

cards of divination

あくまで私の主観になりますが〝fortune〟は、〝divination〟より少し軽い感じがします。

こちらも〝divination〟同様に、〝fortune〟に見られるであろう意味を集めました。

【割と一般的な〝fortune〟の意味】
運、運命、運勢、吉凶、幸運/不運、果報、巡り合わせ、星回り、天命、宿命、占い、占術、予言、おみくじ

……と、いろいろ挙げておいてなんですが、ふと「あれ?〝運命の輪(Wheel of Fortune)〟というカードがあったよな……」ということを思いました。

そう思うと、やはり、〝fortune〟には〝運〟的な語が適しているように感じます。

後付けになってしまっていますがが、割と説得力はあるような気がするので、今回は「運命のカード」とします。

あくまでも、ウェイト視点を基にした考えになりますが、仮にcards of divinationが、儀式で使うような、ウェイトにとって神聖なるタロットを指すとしたら、〝cards of divination〟はそれ以外のものを指すのかなぁなんて考えていました。

当サイトでは初めて触れるかも知れませんが、実は『タロット』以外にも、占いなどに使われるカードは多く存在しています。

ここでは細かいことについては触れませんが、例えば『ルノルマンカード』なんかであれば、18世紀末~19世紀初頭フランスで生まれたカードだったので、当然ウェイトの時代にも存在していたことになります。

この『ルノルマン』という名も、実は後から付けられたものだそうで、こちらもタロット同様、最初は『Das Spiel der Hoffnung(希望のゲーム)』というカードゲームが基盤だったそうです。

ウェイトがルノルマンカードのことを直接的に指していたかは分かりませんが、〝fortune〟という言葉には「希望」というニュアンスも含まれなくはないのかなぁと感じるので、これは一つの例ですが、こうしたカードを指していた可能性もあるのかなと考えました。

cards of all vagrant arts

最後に〝cards of all vagrant arts〟ですが、こちら、ダイレクトな訳では「全ての放浪する芸術的なカード」になります。

恐らく、タロットの存在を知らないとされているであろうハロルド氏はもちろんのこと、ウェイト自身にとっても、「まだ広くは知られていないけど、きっと世の中には素敵なカードがあるに違いない」というようなことを言いたかったのではないかなと思います。

かなり前の頃の考察になりますが、ウェイトは自身のタロットに対し〝plate〟という数え方をしていたことがあります。

この〝plate〟という語には、版画や図像といった美術的なニュアンスがあるので、ウェイトがタロットを絵画のように捉えていた可能性があると考えています。

そのような背景がありますので、この「全ての放浪する芸術的なカード」というのも、特に違和感はないような気がします。

ただ、「未だ見ぬ」とした方が、なんとなく語感の響きとして耳馴染みの良い気がしたので、そうしました。

今回の訳のポイントは以上になります。

今回の一文についての考察

では最後に、今回の一文の内容についての考察を挙げさせていただければと思います。

今回の一文、みなさんはいかがでしたか?

既にお気付きの方も多くいらっしゃるかと思うのですが、今回の一文、かなりの〝有り様〟ですよね。

先にお断りしておきたいのですが、私は、物凄く怒っています。(笑)

さすがに今回ばかりは、一読者として堪忍袋の緒が切れました。

読んでくださっている方々に不快な思いをさせるつもりはないのですが、どうか今回はストレートに物申すことをお許しください。

最初は私も「いや、まさかな……」「どうか嘘であってくれ……」という思いでした。

しかしながら、段々と読み進めていく中で、「まっ、まさか……」という結末に辿り着いてしまい、さすがにこう言わざるを得なくなってしまいました。

――「お前が言う?」

もう、一体どうなっているんでしょうか、この人は……。

この人――この人は、もはや〝人〟なのでしょうか。(管理人比)

よく、他人様の研究の一部をお借りして、それに関わらず、その研究者に対して、「絵空事」だの「夢という空想の中でなら」などということが言えるなぁと思いました。

その上、あたかもそれが自分で発案したかのように語り、それを読者に対してさも事実であるかのように語り、それでもなお自分が批評、批判できる立場にいると思い込んでいるその思考回路。

びっくりです。

訳文は、あくまで私が訳したものになりますが、「それをお前が言っちゃあかんやろ!!」ということを、ウェイトは平然と語っているようにさえ思えます。

最初は「まさかそんなことは……」と、そうは思いたくなかったのですが、次第に雲行きも怪しくなり、いよいよ自分の解釈が間違ってないかどうか、AIを使って検証せざるを得なくなりました。

しかし、どうやら、私の読みは、そこまで的外れでもなかったようで……。

前回も少しお伝えしたのですが、ハロルド氏の透かしに関する研究は、学術的には、確定的な評価が下されているわけではないそうです。

私自身、さっとですが、ハロルド氏の著作をいくつか確認した中で、まずその膨大な研究量に驚かされました。

それに、愛妻家だったのか、『A New Light on the Renaissance』の冒頭に〝TO MY WIFE〟と記されていたのが印象的で、こんな素敵な人なら「どうか、事実であってほしいな」という思いがあります。

しかし、私がそれを判断できる立場にはありません。

ですが一方で、「非常に高い水準の研究」とも評されています。

しかし、仮にもウェイトはそれを「仮説」と評しています。

それなのに、自らのタロット説に都合良く取り込む様や、その上で「これは今まで誰にも語られなかった非常に輝かしい可能性だ」など、声を大にして高々と言い切っているも関わらず、それでいて当の研究者に対しては「彼がタロットのことを知っていたら、もっと机上の空論に幅が広がっていただろうな」などと、何故そのようなことが言えるのでしょうか。

それにこの一文、これまでにも何度かありましたが、敢えて似たような言葉を続けることによって、その言葉の持つ意味がやや過剰に強調されるという、俗に言う『ウェイトマジック』と、以前私が読んでいたものだと思います。(当初は良い意味で使っていましたが悲)

主に……

  • fantastic = 空想的な、非現実的な
  • hypothesis = 仮説
  • dream = 夢
  • atmosphere = 雰囲気、空気感

このような語を、敢えて選択していると思うのですが、どれも『ふんわり』とした語感のものですよね、きっと敢えての。

とんでもなく失礼な話ですよ。

完全に「それ、お前が言う?」案件です。

こうした表現を公の場で使うのは本来控えるべきかもしれませんが、今回はあえて心を鬼にして言わせていただきます。

──「完全にイカれてる」

正直、そう思ってしまいました。

少し前には「深い敬意と共に……」だなんて、ハロルド氏の名を挙げていたと思うのですが、この前言撤回ぶりです。

私には到底理解できない奇行です。

もしや、奇行種!?(興味のある方はぜひ『進撃の巨人』を!!)

とは言え、ここまでになってしまうと、それはそれである意味、ウェイトもウェイトなりに振り切っているのかなぁという印象で、多少は面白くもあるのですが、なんだかんだ言って、今回も残念な気持ちであることには変わりありません。

どうか、「あの時は悪く言い過ぎてごめんなさーい!!」なんて言う日が訪れると良いのですが……。

……頼むよ、ウェイトよ。

ということで、後半は、かなり主観的な内容になってしまいましたが、言いたいことは全て言い切りました。(ご清聴ありがとうございます)

本当に、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

また気を取り直して、引き続き頑張りたいと思います。

では、また次回お会いしましょう。

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