『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.41(最終回)

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『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』解読・翻訳シリーズ第41回のアイキャッチ画像。ウェイト=スミスタロットを徹底追究し、表面的な解釈を超え、より魅力的なタロットの世界へ!!

こんにちは。

いつもご覧いただきありがとうございます。

いよいよ、最後の一文となりました。

最後の一文ということで歯切れ良く、前回の投稿からあまり日数を空けずに投稿したかったのですが(できれば8月中に終わらせたかったです)、私自身、自分の解釈に自信が持てず、あまり投稿する気になれませんでした。

一度は書き終えたものの「果たして、これでいいのかな……」という、なんだか漠然とした「なんか違う」感があり、なかなか投稿に至れませんでした。

少し時間が掛かってしまいましたが、ようやく「これなら」という記事に書き上げることができたと思います。

本当の最終回はまだまだ先ですが、ひとまずは〝一段落〟ということで、最後まで全うできたことに対し、喜びと「ほっ」という安堵感のようなものを感じております。

とは言え、やることとしてはいつも通り何も変わりませんので、このまま本題へ入りたいと思います。(ちょっと味気ないかしら……)

前回は、これまで度々ハロルド氏の研究の一部分を取り上げながらも、「私はそのような眼鏡を通しては見ていない」と、彼の象徴を見出す姿勢を一刀両断するかのような一文でした。

また、文章に使われている単語が、過去のことなのか、現在のことなのか、それとも未来のことを言っているのか、敢えて、時系列を特定しにくい語を選択しているようにも伺えました。

ウェイトは、「ハロルド氏の研究の内容を、この『The Pictorial Key to the Tarot』内で語ることを許されている」ということも述べていましたが、当サイトでは、それがウェイトの自作自演である可能性が高いという考察を挙げました。

さて、最後の一文では、どのようなことが語られているのでしょうか。

早速、見ていきましょう!!

今回の一文:控えめな語りに潜む支配の影

では、【PART1】§1の最後の一文です。

With reference to their form and number, it should scarcely be necessary to enumerate them, for they must be almost commonly familiar, but as it is precarious to assume anything, and as there are also other reasons, I will tabulate them briefly as follows:――

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

こちらを、2つに区切ります。

〝With reference to their form and number, it should scarcely be necessary to enumerate them, for they must be almost commonly familiar〟

〝but as it is precarious to assume anything, and as there are also other reasons, I will tabulate them briefly as follows:――〟

本文をそのまま引用しています。

文末の〝:――〟に意味があるだなんて、思いもしませんでした。

「これから何かを提示するよ、だけど少しだけ間を空けるね。」という意味なのだとか。

確かに、この後の§2では、大アルカナ1枚1枚に紐付けられた既存の歴史的な解釈に対して、ウェイト自身の見解や解釈を述べているようなうな内容でした。(前回さっとですが確認したんですよね)

前回は、「批判や批評が述べられている」とお伝えしてしまったのですが、今回の記事を投稿するあたり、改めて確認してみたいたいことがあったので、前回より少しじっくりと読んでみました。

もしかすると、AIが言っていたほど、批判や批評という内容ではないのかなと感じました。(最初からもう少ししっかり読んでおけば良かったです)

むしろ、これまでのような空想を主体としたぼんやりとした印象はなく、ウェイト自身の考えや意見(見解)がはっきりと述べられているかのように見え、どちらかと言うと(ぱっと見た感じですが)§2は楽しそうだなと思いました。

前回、ご覧いいただいた画像になりますが……、

アーサー・エドワード・ウェイト著『The Pictorial Key to the Tarot』PART1の§2の冒頭。それぞれの大アルカナの歴史的解釈が綴られている。
赤く丸で囲まれている数字が大アルカナの各カードに対応する番号であり、全てのカードが一つひとつ区切られて記載されているので読みやすそうな気がします、内容はともかく……。

このように、一覧のような形で記載されています。

……となると、もしかしたら、一文ずつ進めていくより、カードごとに進めていった方が良いかも知れませんよね。

まだ何とも言えませんが、もしかすると〝更新の頻度は落ちるけど読みやすい〟方に重きを置くかも知れません。

あっ、ちなみになんですが、この§2で取り上げられている〝大アルカナ〟は、タイトルに『TRUMPS MAJOR』とあることからもわかるように、ウェイト=スミスタロットではないタロットのことを指していると思います。

基本的には、マルセイユタロットの大アルカナがメインと考えて良さそうです。

また、ようやくはっきりとした答えが一つ見えた気がします。

タロットに何ら興味もない人にとっては、ウェイト=スミスタロットも〝TRUMP〟の一つに過ぎなかったと思いますが、やはり、ウェイトにとっての〝TRUMP〟は、ウェイト=スミスタロット以外のタロットを指したようですね。

これまでも度々触れたことがある気がするのですが、ようやくはっきりとしましたね。

……それにしても、最初の〝魔術師〟の部分だけ、異様に長くないですか?

既に前途多難の未来しか見えないのですが……。(笑)

さて、どうしたものか。

ですが、ひとまずは、その前に少し長めのお休みをいただきますので、その間、どうしたらみなさんにもっと楽しんでいただけるかということも含め、新たなスタートに向けて作戦を練っておきたいと思います。

では、本編へ入りたいと思います。

最後も、最後までよろしくお願いいたします。

列挙は不要?――知れ渡っているとされるタロットの解釈は常識的なものなのか

まず、前半のWith reference to their form and number, it should scarcely be necessary to enumerate them, for they must be almost commonly familiarを見ていきたいと思います。

最初に、単語や熟語の整理から行っていきましょう。

With reference to → ~に関して言えば

form → 形態、構成

scarcely → ほとんど~ない

necessary → 必要な、不可欠な

enumerate → 列挙する、数え上げる

commonly → 一般的に、広く

familiar → よく知られているため、馴染みある

※ここでは代表的な意味を挙げています。

また新たな「~に関して」が出てきました。

こちらを、これまでのリストに追加します。

表現意味・ニュアンス使われる場面
about最も一般的な「〜について」。ややカジュアルな印象日常会話
カジュアルなビジネス
concerning「〜に関して」。やや硬く、問題・懸念など深刻な話題にも報道・公的文章
説明文など
regarding「〜に関して」。現代的で自然なフォーマル表現ビジネス文書
公式な連絡・案内
as regards「〜に関して言えば」。やや格式あり、全体の話題導入に使われる書き言葉
論文や哲学的な語り
with reference to「〜に関して言えば」。やや古風で格式があり、構文重視の語りや文語的な導入に使われる書き言葉
古典的な論考・構造的な語り
as to「〜について言えば」。特定の要素に焦点をあてる補足的表現公式文書
説明文中の要素補足
in respect of「〜に関して」。契約・法律文書で使われる最も格式の高い表現契約書
法律関連文書

ついに、7つ目の「~に関して」ですね。

本当に、この『The Pictorial Key to the Tarot』の訳が終わる頃には考えられない数になっていそうです。

では、始めていきます。

まず、〝With reference to their form and number〟ですが、こちらは「それらの形態と数に関して言えば」というような意味です。

恐らく〝number〟は、カードに割り振られた1~22の「数」のことを指しているのではないかなと思います。

次に〝it should scarcely be necessary to enumerate them〟ですが、こちら、敢えて文の構造に合わせて訳します。

すると、少し不自然な日本語になりますが、ベースとして、「それは、それらを列挙することが必要であるべきではほとんどない」というような意味になります。

つまり、「本来であれば、それらを列挙する必要はほとんどない」というような心持ちなのかなと思います。

続いて、〝for they must be almost commonly familiar〟ですが、こちらは「何故なら、それらは一般的に広く知られているに違いないからです」というような感じでしょうか。

それでは一度、まとめてみましょう。

〝With reference to their form and number, it should scarcely be necessary to enumerate them, for they must be almost commonly familiar〟

それらの形態と数に関して言えば、本来、それらを列挙する必要はほとんどありません。何故なら、それらは一般的に広く知られているものだからです。

普通に文の構造に沿ってダイレクトに訳しても、そこまで不自然な日本語でもなく、内容自体はきちんと伝わってくるかなと思います。

とは言え、みなさんには、この一文がどのように聞こえているのでしょう。

私の個人的な感じ方としましては、いつも通り、なんとなく棘のあるような言い方に聞こえる気がします。

なんでしょう……。

冒頭とは言え、§2を先読みしてしまっているためなのか、「けど列挙するんだよね?」という気持ちが否めず、なのに、何故そのような言い方をするのかなと思ってしまいます。

なんとなく「列挙する必要はないけど列挙するね」と、恩着せがましさが感じられなくもない気がするんです。

もしかしたら、根本的に私の解釈が間違っているかも知れませんが、何度考え直してみても、その微妙な引っ掛かりが払拭されないんですよね。

これは、私とウェイトの違いを比較して、私がすごいとかそういうことを言いたいのではないのですが、もし私だったら「既に知っている方もいらっしゃると思いますが、まだ知らない方も多くいらっしゃると思います。」というような言い方をするでしょうし、なんとなく偉そう……というのは今に始まったことではないと思いますが、まぁ、そのような雰囲気が滲み出ているのかも知れませんね。

どうせ列挙するわけなのだから、もう少し読者に対する配慮なり、気の利いたことを言えないのかな?と思ってしまうのです。

というわけで、ちょっと栄養補給が必要かも知れません。(笑)

後半に入る前に、一度気分転換を兼ね、お散歩がてらケーキでも買ってこようと思います。

題して、『先に、自分にご褒美をあげちゃう作戦!!』ということで。

……では、後半の文章を見ていきましょう!!(察してください、ふふっ)

それは読者に向けた配慮なのか?──自己都合な前置き

残るは、but as it is precarious to assume anything, and as there are also other reasons, I will tabulate them briefly as follows:――という文章です。

例によって、単語や熟語の整理から行っていきたいと思います。

as it is → ~なので、~であるため

precarious → 不安定な、危うい(思い込みの危険性を示す)

assume → 仮定する、当然と思う(読者の知識を前提にすることへの警戒)

as there are → ~があるので

tabulate → 表にする、一覧にする

briefly → 簡潔に

as follows → 以下の通り

※ここでは代表的な意味を挙げています。

では、参りましょう。

まず、〝but as it is precarious to assume anything〟ですが、こちらは「しかし、何事も当然だと決めつけることは危ういので」という感じでしょうか。

意味はわかりますが、実際に「危ういので」と口にするのは、少し不自然な気がします。

こちらは、また後ほど調整しましょう。

続いて〝and as there are also other reasons〟ですが、こちらは「他の理由もあるため」というような感じかなと思います。

〝also〟とあるので、「何事も当然だと決めつけるのは危ういという理由の他にまた……」という意味だと思うのですが、その理由については語られていないようです。

なのに、わざわざそのようなことを言うのは何故なのでしょう?

最後に、〝I will tabulate them briefly as follows:――〟とありますが、こちらは「私はそれらを以下の通り、簡潔に一覧にします」という意味だと思います。

念のためお伝えしますが、実際には〝will〟とあるので、〝未来〟とまではいかなくとも、少し先の自分の行動の話をしていると思います。

では、こちらもまとめてみましょう。

〝but as it is precarious to assume anything, and as there are also other reasons, I will tabulate them briefly as follows:――〟

しかし、何事も当然だと決めつけるのは危うく、また他の理由もあるため、私はそれらを以下の通り簡潔に一覧にします。

というような感じでしょうか。

こちらも、意味はなんとなく伝わってくるものがあるかと思います。

今後明らかになるのかはわかりませんが、この「他の理由」について得られるヒントは付近にはなさそうなので、ひとまずはこのまま訳に使いたいと思います。

また、ここのところ本当に毎度のように申し訳ないのですが、現時点での率直な意見としましては、「どうせ、(読者にとっては)そこまで大した理由じゃないんだろうな……(ぼそっ)」なんて思ってしまっています。

一瞬、特に前半は、聞こえの良いことを言っているようにも感じられましたが、いつも通り、回りくどい言い方をしているのには変わりないと思うので、なんとなく「文脈からすっと読み取れるようなことは言ってないんだろうな」と感じてしまうのですね。

なんだか煮え切らない感じがありますが、また『まとめ』の方で掘り下げていきましょう!!

まとめ|結論・解説・考察

では改めて、今回の一文をご紹介します。

With reference to their form and number, it should scarcely be necessary to enumerate them, for they must be almost commonly familiar, but as it is precarious to assume anything, and as there are also other reasons, I will tabulate them briefly as follows:――

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です。

多少不自然でも、なるべく原文に手を加えずダイレクトに訳したものになります。

→ それらの形態と数に関して言えば、本来、それらを列挙する必要はほとんどありません。何故なら、それらは一般的に広く知られているものだからです。

→ しかし、何事も当然だと決めつけるのは危うく、また他の理由もあるため、私はそれらを以下の通り簡潔に一覧にします。

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。

私はそのような見方はしませんし、今後、彼がその件に関して着目してくれるかどうかは、私はただ彼に委ねるしかありません。(私がここで述べた、タロットカードに関するまるで根拠のない空想による驚異は、前代未聞と驚くべきこととして紹介しても良いとされています。)

最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。

タロットの形態や数に関しては、既に多くの方に知れ渡っており、改めて列挙する必要はほとんどないはずですが、しかし何事も〝当然〟と決めつけるのは早計、また他にも理由があるため、以下、簡潔に一覧にしておきます。――

このような形に整えてみましたが、いかがでしょうか。

AI曰く、「99点」という太鼓判をいただきました。(だからと言って正解とも思っていませんがやはりちょっと嬉しかったです)

なるべく、元の意味を壊さないよう、日本語としての滑らかさも意識して仕上げたつもりです。

どうぞお納めくださいませ。

では、今回の一文の内容について、考察に入りたいと思います。

解説・考察

はい、では早速ですが、今回の一文、みなさんの心に何かしら届くものがありましたでしょうか。

もしかしたら、素直に「並べる必要のないカードの解釈を並べてくれたんだ!!」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。

それも、一つの受け取り方として自然だと思います。

私はそうは思いませんでしたが、実際そのように受け取ることは可能だと思いますし、私は、他の方の解釈や受け取り方に対して批判や非難、否定をするつもりは一切ありません。

この点は、特に誤解してほしくない部分です。

ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

一方、道中の私の言葉から、何かしら察してくださった方もいらっしゃるかと思います。

そうです、今となってはもう、ウェイトに「語り手として……」の何たるかを求める気持ちはありませんが、やはり、今回の一文はやや棘があるなぁと感じながら読み進めていました。

きっと、今回の一文の意味自体は伝わっていると思うので、最後に、私が何故棘があるように感じたかという点についてお話しさせていただければと思います。

なんとなくですが、今回の一文を繰り返して読んでいて、主となる部分は「それら(タロットの形態や数に関して)を並べる必要はない」「私が簡単に一覧にしました」というところだと思いました。

つまり、「本当は説明する必要もないはずだけど、でも私がそれを説明します」というようにも受け取れると思います。

しかし、道中でも触れてきましたが、もし本当に読者のことを考えているのであれば、前半の「本当は説明する必要もないはず」は、わざわざ言う必要があったのでしょうか?

仮にも、言わなくてはいけない理由があったのでしょうか?

もし、私がタロットのことを、今日知ったばかりの何も知らない読者だったとしたら――きっと、もっと「なんか感じ悪いな」と感じていたはずです。

それに、「決めつけてはいけない」とは言いながらも、結局は「多くの人に知れ渡っている」という前提の上で発言しているように思えるのです。

この点につきましても道中で少しお話ししてきましたが、「決めつけてはいけない」とわかっているなら、やはり最初から「知っている人と知らない人がいる」というようなことを前提として、もう少し知らない人への配慮が見られると思うのですね。

ですから、私の感覚では、「一見親切そうに見える(聞こえる)けど、実は全然そうじゃないんじゃない?」と感じてしまいました。

ウェイトという人物に、そのような〝思いやり〟があったのかはわかりませんが、そうすることより、自身の伝えたいことを、いつものウェイト特有の言い回しで、遠回しに伝えてきているような気がしました。

では、この最後の一文では何を言いたかったのでしょうか。

あるいは、したかったのか……。

翻訳をするということ

私、今回の一文を読んでいて、「きっと私にも変な眼鏡が掛かってしまっているんだろうな」と何回も思ったほど、そして「それは、いかん!!」と思い、何度も自分の解釈が間違っていないか、行き過ぎてないか確認を繰り返していたのですね。

実際、ここ最近のウェイトの一文は、私の中ではあまり良いものだと感じられていなかったのですが、だからと言って、何もウェイトを悪役のように仕立てたいだなんていう気持ちも微塵もありません。

ですが、あまり思ったこと、感じたことをストレートに言い過ぎると、ウェイト自身のことを否定しているような形になってしまっている気がして、それもなんだか自分のしたいことではなくて……。

今回の一文を書いてる最中も、「なんか偉そうだなー」とは何度も感じていたのですが、これまでの経緯もあったので、もはや、私がそう見えてしまう眼鏡を意図せず掛けてしまっているのかなとも思い、それで自分の感じ方や解釈に自信が持てなかったのですね。

間が空いてしまっていたこともなんとなく気になってはいたのですが、でも、納得のいかないものをお見せするのも嫌で……それで何度も何度も、繰り返し読み返していました。

その道中、ふと思ったことがあったのですね。

それは、「実際のネイティブの人たちがこれを見たら、どんなふうに捉えるんだろう?」ということです。

このような疑問は、これまでにも何度かふと浮かび上がってはAIとのセッションを試みたりしていたのですが、なんと、今回の一文をネイティブの方が見ると、「非常に慎重な人」「ちょっと構え過ぎじゃない?」というような印象を抱くだろうとのことでした。

「え?こんな嫌味な文章が全然嫌味として見られないの?」と、私が思っていたこととは真逆の答えが返ってきて驚きました。

「あぁ、やっぱり私の見方が間違っているのかなぁ」と、残念な気持ちにもなりました。

ですが、「だからと言って、ただこれから一覧を表示しますよーという文章にしては、やっぱりなんかすっきりしないんだよねぇ……」という、気持ちは拭えませんでした。

きっと、確かなことは一生わかり得ませんが、そのような中でも、なるべくウェイトを否定するのではなく、あくまで自分の感じたことや考えたことを、こうしてお話しさせていただくにはどのようにすればいいのか――そんなことをずっと考えていました。

正直なところ、それは、まだはっきりとはわかっておりません……へへっ。

ところで、この「ネイティブの人なら……」の話には続きがありまして、これも道中調べていて気付いたことだったのですが、日本語に訳すことで、本来であれば見向きもされないような微妙なニュアンスも汲み取れてしまうことがあるというようなのです。

つまり、思想や哲学を扱うような英語の文章では、「控えめ」「婉曲(遠回しというような意味)」「構造的」という表現が好まれる傾向にあるようで、ネイティブの方にとっては〝自然〟に見えても、日本語に訳すことで、文章の姿勢や温度がより明瞭に立ち上がってくることがあるそうなのです。

世界的に見ても、日本語の語彙の豊かさはとても高く評価されています。

もしかしたら、通常では気に留められないような些細なニュアンスを、自然と汲み取ってしまうのかも知れません。

また、柔らかく見せつつも、語り手の支配欲や主導権欲といったものが強く働いている(含まれている)場合もあるそうです。

確かに、ウェイトの文章には、上記のような傾向はよく見られると思います。

これまで、そんなこと一度も考えたことがなかったのですが、なんと、実際に翻訳時の違和感や問題として取り上げている方がいるとのことで、それは思ってもみない嬉しい発見でした。

この違和感などについて、日本でも研究している方がいるそうで、例えば滝川桂子さんという方は、翻訳によって語りの温度や構造が変質することを指摘しています。

西川長夫さんという方は、翻訳を通して語り手の立場や文化的背景が露呈することを、思想的な視点から深く掘り下げています。

【参考文献】
滝川桂子 日本文化教育学会紀要 第20号
言語の背景 : 翻訳における違和感』(2000)
西川長夫 立命館言語文化研究 第10巻 5・6号
現代における「翻訳」の問題』(2005)

このような方たちのおかげで、少し自分の考えや解釈に自信を持つことができました。

今回感じた、「なんかちょっと恩着せがましい気がする……」や、「ちょっと上から目線のような……」という違和感や疑問は、どうやら、私の個人的な感覚だけによるものではなく、翻訳をする上で避けがたい現象だったようなのです。

つまり、「正解」とは言い切れませんが、「間違っているかもわからない」ということなので、今回もまた、一つの考察として受け止めていただけますと幸いです。(いつも通りでした)

では、これらを踏まえたところで本編に戻ります。

今回の一文に見られるウェイトの真意

私は、きっと、今回の一文のような言い方をする必要がウェイトにはあったのだ、と思っています。

本来、それらを列挙する必要はほとんどありません。」につきましては、ほとんどは道中でもお伝えした通りですが、「でも列挙するんでしょ?」ということになりますので、やはり、むしろこの言葉こそ、本来言う必要がなかったのではないかと思ってしまうのです。

つまるところ、「結局、ウェイトがそれ(一覧にすること)をしたいんでしょ?」というふうに、私には見えています。

ですが、敢えてそれを言うのは、やはり何処かしら、主導権を握っていたいという欲のようなものがあるからなのではないでしょうか。

もしかしたら、私が「恩着せがましい」と感じていたのは、そのような見えない支配欲というものが滲み出ていたのかも知れないなと思います。

また、これから先(§2)にあることを加味しながら、この一文について、今一度よく考えてみてほしいのです。

ここでの「一般的に広く知られているもの」は、ウェイト=スミスタロット以外のものを指すというのは間違いないと思うのですが、ウェイトはこれから、その「一般的に広く知られているもの」一つひとつに物申していくわけですよね。

つまり、ウェイトの観点からすれば、それは本当に〝知られている〟ということになるのでしょうか。

どちらかと言うと、ウェイト視点からは、「本当のタロットを知らない者たち」という見え方になると思うのです。

ですから、ある意味、この一文はもしかすると、そのような人たちに向けて、見下しているような発言にも受け取れなくもない気がするのです。

§2のタイトルにも『TRUMP MAJOR』とありましたように、この「一般的に広く知られているもの」は、ウェイトにとっては〝TRUMP〟の方ですよね。

私が、良かれと思ってやったことが良くなかったと今反省しているところなのですが、これまで〝tarot〟という記述がなくても、〝it〟や〝the ○○〟を「タロット」としてきました。

ですが、改めてこれまでの一文を確認してみたところ、〝tarot〟と使われていない一文の時は、確かに〝trump〟を指しているのかも知れないなとも伺える内容で(というか多分そう)、たまたまかも知れませんが、だいたい「それ(itやthe ○○など)」とされています。

全部を細かく見返すことまではしていないのですが、少なくとも、直近のほぼ妄想と言っても差し支えない文章の数々には、一つも〝tarot〟という記述はないんですね。

わかりやすいだろうと思い、良かれと思って、敢えて「タロット」としていたのですが、どうやらそれは間違いだったようです。(急な発見だったので補足のような形でお伝えしてしまって申し訳ないです)

また、少なからず§1の中で〝tarot〟という語が使われている文章には、もれなく、ウェイトの『タロット』に対する愛情が感じられる一文となっております。

すごいですよね、自身のタロット以外のものを〝tarot〟とは言わない徹底ぶり……。

ここまでの内容を要約しますね。

今回の一文は、「真のタロットも知らずに〝知っている〟と勘違いしている者たちよ。〝知っている〟のだろうから、まさかそれを敢えて並べる必要はないとは思うのだけれど、でも他の理由もあるし、とりあえず私が簡単にまとめといてあげるね。」というようなことを言いたいのかなと思いました。

「他の理由」は、例えば、「実際には、タロットのことを何も知らないのに、だからと言って〝君たち、本当には何も知らないよ、勘違いしているだけなんだよ〟なんて指摘できるはずもないでしょ?角が立つだけだしね。それに僕は別に波風を立てたいわけじゃないんだよ」という理由だとしたら?

それなら、敢えては言わないけど、仄めかす程度に留めておくこともできますよね、個人的には物凄く感じの悪い人だなと思ってしまいますけど。(笑)

きっと、そこを黙っているという選択肢はウェイトにはなかったのでしょう。

私はあまり好きではありませんが、日本語でも遠回しに言う文化のようなものがありますよね。

ですが意外にも、英語にも実はそのような文化があり、また同じ〝遠回し〟でも、かなり表現の仕方が違い、今回の一文には、実際にはこのような意図が込められているのではないかと思いました。

もしかすると、全然的外れなことを言っているかも知れませんが、どういうわけか、ウェイトの文章は、良い方に解釈しようとすると辻褄の合わないことが多いのですが、このような方向性で解釈していくと、割とすんなり納得がいくことが多いんですよね。

以上が、今回の一文についての考察になります。

さて、ということで、これで【PRAT1】§1の一文の訳、もとい意訳が、全て整いました。

しかし、もちろんこれらは、正解だと断言できるものではありません。

私は、私なりに頑張った結果ではありますが、みなさんは、みなさんで感じることがそれぞれあると思いますし、それを大切にしていただけたらと思います。

ですが、もし何かしら参考になるものがありましたら嬉しいです。

どのくらいの方が見てくださっているのかはわかりませんが、ここまで読んでくださった方には改めてお礼を申し上げます。

わからないことの方が多いので、どうしても字数が増えていってしまい、読んでくださる方も大変だと思います。

本当にありがとうございます。

また、私自身、その時その時はベストを尽くしてきたつもりではありますが、日に日に少しずつでも知識や考えられることも増えていきますので、訳を進めていく中で前のものを振り返った際に、「もう少しこうした方が良かったかな」と思うこともありました。

またいつかは、改めて編集し直そうと考えています。

当初は「年内に終わらせられたらいいな」なんて言っておりましたが、割と早い段階で「あっ、無理だな……」と断念していまして、今では、ゆっくり長い時間を掛けて携わっていくことになるんだろうなと感じております。

その辺りにつきましては、一度全ての訳を終えてから、またパワーアップという形で更に磨きを掛けていきたいなと思います。

ですが、ひとまずはここで一段落、一区切りとさせていただきたいと思います。

ここから先は、今後の活動の方針と、少しだけプライベートな話をさせていただき、終わりにしたいと思います。

はい、では改めまして、お疲れさまでした。

本当にありがとうございました。

そして、本当に少し疲れました。(笑)

本当に、いつでも一筋縄ではいかないことの方が多く、基本1日中PCに向かっているような日も少なくはなく、あまりこんなこと言うのもなんですが、腰が……限界です。(笑)

本当に、自分でも格好悪いなとは思うのですが、私自身、気付くとあっという間に4~5時間くらい作業していることは珍しくなく、少しの間、程良く運動を交えながら生活したいなぁと、運動嫌いの私がそう思っているくらいです。(なんか「本当に」が続いてますね笑)

また、近々東京に戻らなくてはいけないこともあり、それに加え、お盆休みも取らず毎日真面目に新米オカルティストをしていたので、ちょっとした休息も兼ねて、1ヶ月~2ヶ月くらいお休みを頂こうと考えております。

ちょっと今の段階では、いつまでとお伝えするのが難しいのですが、また目処が付きました頃、こちらのサイトの方でお知らせしたいと思いますので、どうかまた§2が始まるのを楽しみにしていただけたらなと思います。

私自身も、先が気になるのですが、他にもやりたいことがあったり、やらなければならないことも多少はあったりで、少しそちらにも時間を充てていきたいと思っています。

月並みな言葉になりますが、ひとまずは、これにて【PART1】の§1を完了とさせていただきたいと思います。

少し間が空いてしまいますが、どうか元気に、楽しい毎日をお過ごしくださいね^^

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