『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMPS MAJOR)』翻訳・解読【恋人】Vol.2

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こんにちは。

『タロットの世界』へお越しいただきありがとうございます。

今回は前回に続き、マルセイユタロット「恋人」の後半部分を見ていきたいと思います。

前回、ようやく当時のマルセイユタロットの解釈について聞けたと思ったのですが、実際は Court de Gébelin(コート・ド・ジェブラン)の書物から引用した可能性が高いというところで終わりになりました。

また個人的には、単に引用したわけではなく、今回語られる内容の何らかの布石かも知れないとも考えています。

今回も、どのようなことが語られるのか楽しみですね。

では、本題へと入りましょう。

前回の記事はこちら

『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMPS MAJOR)』日本語訳|マルセイユタロット【恋人】Vol1. | タロットの世界

マルセイユタロットの「恋人たち」(前半)。カードに描かれた象徴を取り上げ、そこに付与された解釈を説明します。

今回の文章:キューピッド――〝愛の始まり〟

後半は四つの文章からなります。

The Cupid is of love beginning rather than of love in its fulness, guarding the fruit thereof.

The card is said to have been entitled Simulacrum fidei, the symbol of conjugal faith, for which the rainbow as a sign of the covenant would have been a more appropriate concomitant.

The figures are also held to have signified Truth, Honour and Love, but I suspect that this was, so to speak, the gloss of a commentator moralizing.

It has these, but it has other and higher aspects.

※原文にある改行時に用いられるハイフンは省略しています。

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

また一文ずつ見ていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

一文目:キューピッドが象徴するもの

一文目は〝The Cupid is of love beginning rather than of love in its fulness, guarding the fruit thereof.〟です。

単語の整理から行っていきます。

is of → ~に属する、~の性質を持つ
love beginning → 愛の始まり/芽生え
rather than → ~よりも~
thereof → そのものの、前述のものの

※ここでは代表的なものを挙げています。

では、まず〝The Cupid is of love beginning〟ですが、こちらは「そのキューピッドは〝愛の始まり〟の性質を持つ」という意味です。

次に〝rather than of love in its fulness〟ですが、こちらは「〝愛の完成形〟よりも」というような意味です。

本文では〝fulness〟となっていますが、現代英語では〝fullness〟です。

何故かはわかりませんが〝fullness〟という言葉を聞くと温かい気持ちになります。

そして〝guarding the fruit thereof〟ですが、こちらが「その果実そのものを守っている」というような意味です。

一度まとめてみましょう。

〝The Cupid is of love beginning rather than of love in its fulness, guarding the fruit thereof.〟

→ そのキューピッドは〝愛の完成形〟より〝愛の始まり〟の性質を持ち、その果実そのものを守っています。

なるほど。

意味は伝わりますよね。

ただし、ここまではマルセイユタロットの「恋人たち」の説明をしているはずなのですが、果実のようなものはないんですよね。

果実というなら、むしろウェイト=スミスタロットの「恋人たち」の方には描かれているのですが…はて?

左:ウェイト=スミスタロット「恋人たち」、右:マルセイユタロットの「恋人たち」
左:ウェイト=スミスタロット「恋人たち」
右:マルセイユタロットの「恋人たち」

愛を〝果実〟に例え、その実りを守っているということなのでしょうか?

続きを見ましょう。

二文目:〝虹〟とは?――象徴にないものを語り始めるウェイト

二つ目の文章は〝The card is said to have been entitled Simulacrum fidei, the symbol of conjugal faith, for which the rainbow as a sign of the covenant would have been a more appropriate concomitant.〟です。

まずは単語のチェックから行います。

is said to → ~と言われている/されている(伝聞)
entitled → 題された
simulacrum → 模像、似姿、模倣物(ラテン語)
fidei → 信仰、忠実、信頼(ラテン語)
conjugal → 夫婦の、婚姻の
faith → 信念、信頼、信仰、誠実
covenant → 契約、盟約
appropriate → 適切な、ふさわしい
concomitant → 付随するもの、伴うもの

※ここでは代表的なものを挙げています。

聞き慣れない単語が多かったです。

では、まず〝The card is said to have been entitled Simulacrum fidei〟ですが、こちらは「そのカードは〝Simulacrum fidei〟と題されていたと言われている」というような意味です。

Simulacrum fidei〟は「シムラクルム・フィディ」というような読み方だそうで、ラテン語で「信仰を模造」、つまり「信仰を表す像(姿)」というような意味があるそうです。

次に〝the symbol of conjugal faith〟とありまして、こちらが「その象徴は夫婦の信頼です」というような意味です。

個人的に〝faith〟という言葉は「信念」という意味で好きなのですが、ここでは「信頼」が適切かなと思います。

続いて〝for which the rainbow as a sign of the covenant〟ですが、こちらは「~に対して、契約の印としての虹が」というような意味かと思います。

そして、最後に〝would have been a more appropriate concomitant〟とありまして、こちらが「より適切な伴うものであっただろう」というような意味です。

一度まとめてみますね。

〝The card is said to have been entitled Simulacrum fidei, the symbol of conjugal faith, for which the rainbow as a sign of the covenant would have been a more appropriate concomitant.〟

→ そのカードは〝Simulacrum fidei〟と題されていたと言われ、その象徴は夫婦の信頼であり、それに対し、契約の印として虹がより適切な伴うものであっただろう。

少しぎこちないですが、まずは文の構造に沿った直訳寄りにしました。

一瞬「虹なんてあったっけ?」と思ったのですが、恐らく〝夫婦の信頼〟の象徴としてはキューピッドより虹の方が適している、というような言い分なのだと思います。

先を読み進めれば解明されるでしょうか?

では、次に進みましょう。

三文目:真実、名誉、愛という解釈

三つ目の文章は〝The figures are also held to have signified Truth, Honour and Love, but I suspect that this was, so to speak, the gloss of a commentator moralizing.〟です。

また、使われてる単語等から見ていきましょう。

are held to → ~と見なされている/考えられている
signified → 表す、意味する
honour → 名誉
suspect → ~ではないかと疑う/推測する
so to speak → 言わば、/言うなれば
gloss → 注釈(後付けの脚色)
moralizing → 道徳的な教訓を垂れること

※ここでは代表的なものを挙げています。

〝honour〟は英国式の綴りでそうです(米式は〝honor〟)。

少し長くなりますが、まずは〝The figures are also held to have signified Truth, Honour and Love〟です。

こちらは「その人物たちは、また、真実、名誉、そして愛を象徴するものと考えられている」というような意味です。

次に〝but I suspect that this was〟とありまして、こちらが「しかし、私はこれは~だったのではないかと推測する」というような意味です。

続いて〝so to speak, the gloss of a commentator moralizing〟ですが、こちらが「言わば、道徳的な教訓を垂れる解説者の脚色」というような意味だと思います。

敢えて「道徳的な教訓を垂れる」と直訳しましたが、これは日本語的に言うと「説教臭い」とか、そのようなニュアンスになります。

言葉を選ばずに言うと、個人的には「頭の固い人、自分の正義を押し付けるばかりのような人、自身の正論ばかり述べる人」というようなイメージかと思います。解説者として不適切、二流三流を表すような、少し強めな批判だと思います。

では、一度まとめてみましょう。

〝The figures are also held to have signified Truth, Honour and Love, but I suspect that this was, so to speak, the gloss of a commentator moralizing.〟

→ その人物たちは、また、真実、名誉、そして愛を象徴するものと考えられているが、しかし、私はこれが、言わば、道徳的な教訓を垂れる解説者の脚色だったのではないかと推測する。

このような訳になるかと思います。

この一文は批判的な内容を含んでいるので、実際には「推測される」より「疑っている」というニュアンスの方が強いかも知れません。

意味は伝わりますよね。

ただし、最初の文章ではキューピッドを、次の文章では描かれていない虹のことを、ここではまた人物像と、正直、文脈が飛び飛びで話が掴みにくいです…。

文章の全体的な印象としては、マルセイユタロットの「恋人たち」のカードの描写について説明しているように思われますが、真実や名誉を表現しているようなカード(人物たち)にはあまり見えないなと思います。

愛と言うにも、それは愛情とか深い愛よりも、まだ薄っぺらい…と言うと誤解を生じそうですが、まだ生まれて間もない、始まったばかりの愛(恋愛的な)という感じが強い気がします(そう言えば「愛の始まり」とか言ってましたね)。

ちなみに、この「真実、名誉、愛」という解釈は Eliphas Levi(エリファス・レヴィ)の解釈ではありません。

個人的には、こうした解釈を付けたがる人は、きっとカードそのもの(絵)には目を向けず、「恋人」という名ばかりに気を取られてしまうのかなと思いました。

それが悪いというわけではありませんが、確かにそれは物事の視野を狭めてしまうだろうなと思いました。

「私もそういうとこあるなぁ…」と、何故か訳していて自分を改める(戒める?笑)きっかけになる『The Pictorial Key to the Tarot』なのでした。

では、最後の文章を見ていきたいと思います。

四文目:より深い解釈を持つと語るウェイト

最後は〝It has these, but it has other and higher aspects.〟です。

短い文章なので、このまま見ていきます。

まずは〝It has these〟ですが、こちらは「それはこれらを持っています」というような意味でしょう。

前文は、若干見下したような言い方をしている雰囲気があると思っていましたが、一応「真実、名誉、愛という意味もある」とは言うのですね。

そして〝but it has other and higher aspects〟ですが、こちらが「しかし、それは他の、より高次の側面を持っています」というような意味でしょうか。

「高次の側面」というのは、「より深い意味(解釈)」とか、そういったことを言っているのかなと思います。

一度まとめてみます。

〝It has these, but it has other and higher aspects.〟

→ それはこれらを持っているが、それは他の、より高次の側面を持っています。

いつも通りでしたかね。

つまるところ、「表面的な解釈にとどまらず、もっと深い意味があるんだよ」というようなことを言いたいのだと思います。

前回のも合わせて『まとめ』に入りましょう。

まとめ

改めて、今回扱った文章をご紹介します。

The Cupid is of love beginning rather than of love in its fulness, guarding the fruit thereof.

The card is said to have been entitled Simulacrum fidei, the symbol of conjugal faith, for which the rainbow as a sign of the covenant would have been a more appropriate concomitant.

The figures are also held to have signified Truth, Honour and Love, but I suspect that this was, so to speak, the gloss of a commentator moralizing.

It has these, but it has other and higher aspects.

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

そして、今回のこれまでの訳です(多少不自然でも、なるべく原文に手を加えずダイレクトに訳したものになります)。

→ そのキューピッドは〝愛の完成形〟より〝愛の始まり〟の性質を持ち、その果実そのものを守っています。

→ そのカードは〝Simulacrum fidei〟と題されていたと言われ、その象徴は夫婦の信頼であり、それに対し、契約の印として虹がより適切な伴うものであっただろう。実ではないと主張し、そしてそれが装飾的であることを理解できない。

→ その人物たちは、また、真実、名誉、そして愛を象徴するものと考えられているが、しかし、私はこれが、言わば、道徳的な教訓を垂れる解説者の注釈だったのではないかと推測する。

→ それはこれらを持っているが、それは他の、より高次の側面を持っています。

最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。細字のものは前回の、太字のものが今回の訳になります。

6、「恋人たち」あるいは「結婚」。
この象徴は、その主題から予想されるように多くの変化を遂げてきました。
18世紀の形態によって初めて考古学の世界に知られるようになったこのカードは、実際には結婚生活を表すものであり、父と母、そして彼らの間に配置された子供が示しています。そして上方には矢を射ようとしている異教のキューピッドは――もちろん、誤って用いられた象徴である。
キューピッドは〝完成された愛〟より〝愛の始まり〟を意味し、その実りを守っています。
このカードは〝Simulacrum fidei〟と題されていたと言われ、その象徴は夫婦の信頼であり、その契約の証としては虹の方がより相応しいものであっただろう。
また、この人物たちは〝真実、名誉、愛〟を表すものと考えられてきたが、私はこれが、言わば道徳的な解説者による後付けの脚色だったのではないかと疑っています。
確かにそれらの意味も持ちますが、他に、より高次の側面が備わっています。

このような形に整えました。

初めてそれらしい説明があったようには感じるものの、実際には何を伝えたいのかがいまいちわかりませんでした。と言いますか、何処を掴めば良いものかわかりにくいという表現の方が合っているでしょうか。

言っていること一つひとつは理解できますが、これまでのように「こうだ!」と断言するのではなく、「こういうものがある→しかし、こういう意味ではない」と否定するだけで、ウェイト自身の考えはここではあまり述べられなかったように思えます。

確かに、この§2は〝表向き〟は当時のマルセイユタロットの紹介ですから、むしろ、これまでの内容がそれに沿っていなかったとさえ言えると思いますが、ここに来て初めてそれらしい説明がされたなと、個人的にはそのように感じました。

では最後に、簡単な解説と考察を挙げ、終わりにしたいと思います。

キューピッドに関しましても、私なりに整理しましたので、良かったらぜひ最後までご覧ください。

解説・考察

今回の内容に関して、補足的な解説は必要ないかと感じています。

手前味噌ですが、私の訳で通じていると信じて、ここからは〝キューピッド〟について、少しお話しさせていただければと思います。

神話における〝キューピッド〟

この記事を見てくださっている方の中に、どれほどの神話マスターの諸先輩方がいらっしゃるかはわかりませんが、『神話』はまだまだ門外漢の私です。

私自身の「キューピッドにまつわる神話、知りたいな♪」という思いで、このまとめを行いました。参考になるものがあれば嬉しいです。

結論からお伝えしますが、実はキューピッドが登場する神話は二つあるとされています。

代表的且つ一般的なのは、ローマ神話の『Cupid and Psyche(キューピッドとプシュケー)』というものだそうです(アプレイウス『変身物語』第4〜6巻に収録されています)。

しかし、実はこの物語の原型と言ったら良いのでしょうか…ギリシャ神話の中にも『エロス(エロース)』という神様として登場するそうなのです。ただし、ギリシャ神話の方はタイトルらしいものはないそうです。

初期のエロスは〝原初神〟として描かれ、宇宙創造に関わる存在であるとされました。

後に、ヴィーナスの息子として「恋を芽生えさせる弓矢を持つ幼児」として描かれるようになります(男の子だったんですね)。

初期のエロスより、後のエロスの方を強く受け継いだみたいですね。

歴史的な時系列では、ローマ神話よりギリシャ神話の方が500年ほども前になります。ギリシャ神話の方がずっと古いんですね。

こうして文章でお伝えするより、まずは視覚的に捉えた方がわかりやすいと思ったので表を作りました。

項目ギリシャ神話(エロス)ローマ神話(キューピッド/アモール)
名称エロス(Eros)キューピッド(Cupid)、アモール(Amor)
時系列/起源紀元前8世紀頃に体系化。原初神としても描かれる紀元前3世紀以降に受容・再解釈。ラテン文学で定着
容姿初期は宇宙的原理、後期は青年像翼を持つ幼児・少年像が一般的
神話上の設定原初神、またはアフロディーテの子ヴィーナス(アフロディーテ)の子として固定
役割/象徴愛・欲望・結合の原理(宇宙的・哲学的)恋の始まり・情熱(人間的・物語的)
代表的な物語断片的逸話(弓矢で恋を生じさせる等)『キューピッドとプシュケー』(アプレイウス『変身物語』第4〜6巻に収録)
内容詩的・哲学的文脈で解釈美術・恋愛譚で愛らしさの象徴として普及

ちなみに、あまり聞き慣れないかも知れませんが、実はギリシャ神話が最も古くからある神話ではありません

私は以前、好きな漫画の影響でギリシャ神話しか知らなかったので、勝手にギリシャ神話が最古だと思い込んでいたことがありました。

遡ると、メソポタミア神話やエジプト神話など、神話の元祖は更に他に存在します。

もし歴史的な時系列や、さっとでもどのような種類があるか知りたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひこちらの第3章をご覧ください。▶▶ こちら

ギリシャ神話では、まとまった物語として登場することはなく、エピソードが断片的だそうです。ですので、ギリシャ神話の方は概要的に、ローマ神話の方はそこまで長いものではなかったので、物語調にして、『Cupid and Psyche(キューピッドとプシュケー)』を簡単にお伝えできればなと思います。

ギリシャ神話におけるエロス

ギリシャ神話では「キューピッド」という名前は登場せず、エロス/エロース(Eros)という名で知られています。

  • 初期の姿:宇宙創造に関わる原初神。カオス(混沌)から生まれ、世界を結びつける〝愛の力〟を象徴。
  • 後期の姿:アフロディーテの息子として描かれ、弓矢を持つ神。人々に恋を芽生えさせる役割を担う。
  • 特徴:まとまった物語はなく、断片的なエピソードが中心。例えば「弓矢で人を恋に落とす」という逸話など。

ギリシャ神話における代表的なエロスは、目隠しをし、手当たり次第に矢を放つような、いたずらっ子的な少年として描かれていたそうです。

ギリシャ神話のエロース(Eros)をイメージした画像。
なんとなく私のイメージするエロス。

前回、ヴィスコンティタロットの「恋人たち」のキューピッドは目隠しをしているとお伝えしましたが、もしかするとギリシャ神話のエロスをイメージしたものだったのかも知れませんね。

【後日追記】
ローマ神話のキューピッドがいたずら好きな子供として描かれたという情報もありました。『神話』に関する情報は様々に出回っているものの、ローマ神話としての〝キューピッド〟に関する日本語の情報はあまり多くないように見受けられました。ほとんどが『ギリシャ神話』として紹介されていて…。
諸説あるそうなので、ここでお伝えした内容は一つの解釈として受け止めていただければ幸いです。

ローマ神話におけるキューピッド

一方、ローマ神話におけるキューピッド(Cupid/Amor)は、青年として描かれていることが多いようです。愛と欲望を司る神とされています。

〝受苦の愛(苦しみを経て完成する愛)〟という表現も見付けたのですが、内容を聞くと、私はそれがぴったりだなと思いました。

古典的な『キューピッドとプシュケー』

むかし、ある王国に三人の姫がいました。
末娘のプシュケーはあまりに美しく、人々は女神ヴィーナス以上に彼女を讃えました。

これに嫉妬したヴィーナスは怒り、息子のキューピッドに「彼女を卑しい男に恋させよ」と命じます。しかし矢を放とうとしたキューピッドは、誤って自らの心を射抜いてしまいました。彼はプシュケーに恋をしてしまったのです。

一方、プシュケーは美しすぎるが故に人間の花婿が現れず、両親は神託を求めました。すると「娘は恐ろしい存在の妻となるだろう。花嫁衣装を着せて山頂に送り出せ」と告げられます。王と王妃は涙ながらにその命に従い、プシュケーを山頂へ送り出しました。
しかし、そこへ西風ゼピュロスが現れ、彼女を豪奢な宮殿へと運びます。

そこでは夜ごと姿を隠した夫が訪れ、優しく彼女を愛しました。プシュケーは「これが定められた夫なのだ」と思いましたが、その正体はわかりません。

やがて姉たちの嫉妬に惑わされ、「夫は怪物だ」と信じてしまいます。疑念に駆られたプシュケーは、ある夜、灯火を持って眠る夫を覗きました。

すると、そこにいたのは怪物ではなく、美しい神キューピッドでした。見惚れた彼女が矢に触れたとき、灯火の油が滴り落ち、キューピッドは目を覚まし、裏切りを知った彼は怒りと悲しみのまま、プシュケーのもとを去ってしまいました。

愛を失ったプシュケーは深く後悔し、彼を取り戻そうと旅を続けます。やがて母ヴィーナスのもとに辿り着きますが、ヴィーナスは憎しみを募らせ、彼女に数々の試練を課しました。
小麦の仕分け、危険な羊から黄金の毛を集める、冥府から美の箱を持ち帰る――絶望的な課題ばかりでしたが、プシュケーは勇気と助けを得て乗り越えました。

しかし最後の試練で、プシュケーは誘惑に負けて美の箱を開けてしまいます。そこに仕込まれていたのは「美」ではなく死の眠りでした。彼女はその場で深い眠りに落ちてしまいます。

そこへキューピッドが現れ、彼女を憐れんで矢で眠りを払い、再び目覚めさせました。

こうして二人の愛は神々に認められ、ゼウスがプシュケーに不死を与えます。プシュケーは神となり、キューピッドと永遠に結ばれました。

面白いと言えば面白いのですが、個人的に『キューピッドとプシュケー』は、プシュケーがかなりかわいそうだなと思いました。

アフロディーテも「どうしてこんな人が女神という設定になれるんだろうか…」と『女神』と呼ぶには程遠い女性像だなぁと思ってしまいます。

もちろん今で言う漫画みたいなものだと理解はしていますが、神話は本当に内容が飛躍していますよね。

一応、4種類ほどの動画を見てまとめました。

では、今回は以上となります。

最後まで見てくださり、ありがとうございます。

次回は、大アルカナ7番「戦車」のカードになります。

お楽しみに。

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