『The Pictorial Key to the Tarot(PART1)』を解読しながら訳していく Vol.27
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こんにちは。
これから私は、また東京に向かうのですが、それでもやれることはやっておきたいなということで、なんだか落ち着かずPCを触り始めた今です。
気付いたら、自分でも思っていた以上に、この翻訳が楽しいと思っていたみたいです。
なんか良かったです。
特に嫌々やっていた記憶もないのですが、意外と「楽しい」とか「面白い」だなんていうもの、探そうとしたところで、そう簡単に見付けられるものでもないじゃないですか。
今後も楽しく、そして丁寧に、そしてなるべく誠実に、、、翻訳を続けていこうと思いました。(正確には〝意訳〟に近いみたいですけどね)
はい、改めて意思表明したということで、早速本題へ入りたいと思います。
前回の一文は、いずれのタロットの解説も(主にタロットの起源について)、極めて狭い枠組みの中だけに留まっており、神より賜わりし貴重な〝創造する〟という能力の恩恵をちっとも受けていない――というような、非常にウェイトらしい、静かで研ぎ澄まされた皮肉が浮かび上がる一文でした。
さて、依然として〝ウェイトのターン〟が続きそうですが、今回も見事な皮肉コンボが炸裂するのでしょうか?
では、参りましょう。
もくじ
今回の一文:タロットの起源に関する未解明の仮説とアルビジョワ派との関係性
今回の一文です。
One brilliant opportunity has at least been missed, for it has not so far occurred to any one that the Tarot might perhaps have done duty and even originated as a secret symbolical language of the Albigen-sian sects.
Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より
こちらを、2つに分けて見ていきたいと思います。
〝One brilliant opportunity has at least been missed〟
〝for it has not so far occurred to any one that the Tarot might perhaps have done duty and even originated as a secret symbolical language of the Albigen-sian sects〟
本文をそのまま引用しています。赤字の部分は改行時に使用されるハイフン(-)で間違いではありません。ハイフンを除いたものが元の単語になります。
見慣れない単語がちらほらとありますが、何を言い出すのか楽しみです。
では、よろしくお願いいたします。
見逃され続けてきたタロットの起源の可能性
【前半】は〝One brilliant opportunity has at least been missed〟です。
確認程度に、さっと単語を見ていきましょう。
・brilliant → 輝かしい、優れた
・opportunity → 機会、可能性
・missed→ 見落とされた、見逃された、見過ごされた
・least → 最も少ない/最小
・at least → せめて、少なくとも
※これらはほんの一例です。
まず〝One brilliant opportunity〟ですが、こちらは「1つの輝かしい可能性」という意味ですね。
そして〝has at least been missed〟ですが、こちらは「少なくとも見逃されてきた」というような意味かと思います。
意味としては、既にご理解いただけていると思いますが、こちらには「これまでの長い間」というようなニュアンスが含まれていると思います。
前回の一文の「視野が狭いな、お前たち、、、」とは言っていないのですが、個人的には「要は、そんな感じでしょ?」というふうに聞こえたことを、お伝えしているまでです。
それに続き、、、「君たち、ちゃんと考えてる?(創造力を使っていることすら垣間見えない)」というようなことも言っていて、そこに今回は「見過ごしている/見逃している」とまで来ているわけで、、、
これは、ささやかに否定、皮肉、批判、あくまで直接的ではありませんが、静かに沸々と迫りくるものがありますね。
1度、まとめてみましょう。
〝One brilliant opportunity has at least been missed〟
→ 1つの輝かしい可能性は、少なくとも見逃されてきた
というような感じになるかと思います。
また、たった今思い付いたことですが、、、
恐らく、日本で言う〝brilliant(ブリリアント)〟は、主にダイヤモンドのカットのことを指す言葉だと思うのですが(他にも色の名前とかにも付いていますが、基本的には使いどころが難しい言葉なのかなと思っています)、要は、それだけ輝かしいというものなのにも関わらず見過ごされてきた=もはや「君たちの目には、そんな眩いものさえ映らないのか?」というようなことが言いたいのかなと思いました。
盲目という言葉は不適切かも知れませんが、それに近いようなことを、この皮肉には乗せられているのかなと。。。
次はどのようなことを語るのでしょうかね。
楽しみです。
先へ進みましょう。
タロットの起源――誰もが思い浮かべることすらなかった別の視点
はい、では【後半】の〝for it has not so far occurred to any one that the Tarot might perhaps have done duty and even originated as a secret symbolical language of the Albigensian sects〟を見ていきます。
少し長い文章ですので多くなってしまいますが、まずは使われている単語の整理等びっちり行っていきましょう。
・so far → これまでのところ
・occur(red) → 発生する、思い浮かぶ
・any one → 誰一人として
・might perhaps → ~かも知れない
・done duty → 役割を果たした
・originated → 起源を持つ、始まった
・Albigensian sects → アルビジョワ派
※これらはほんの一例です。
きっと、多くの方が「アルビジョア派?」と思われていると思うのですが、私もです、ご安心ください。
こちらは、『まとめ』の方で詳しくお話ししていますので、ここでは「そういうものがあるんだなー」と、一旦は留めていただけると助かります。(気になる方は先に『まとめ』の方を見てくださいね。)
はい、では見ていきましょう。
まず〝for it has not so far occurred to any one〟ですが、こちらは「何故ならそれは、これまでの間、誰一人として思い浮かばなかった」というような意味かと思います。
以前にも、この〝for〟の使い方についてはお話ししたことがあるのですが、この〝for〟は〝because〟のような明確な理由付けの「何故なら」ではなく、どちらかと言うと、何かを伝える際の補足や説明というための「何故なら」になります。
ちなみになのですが、この〝any one〟も「え?〝anyone〟じゃないの?」と思われた方がいらっしゃるかも知れません。(ちなみに、スペースがあるかないかについての話です)
〝any one〟は、「誰一人として/どの1人でも/一人ひとり」という意味で、〝個〟がより強調された語になります。
一方〝anyone〟は「誰でも/誰か」というような意味で、どちらかと言うと「誰でもいいから誰か~」みたいなニュアンスが強いかと思います。
ここでは、「誰も気付かなかった」というより、「誰一人として気付かないの?」と、そんな皮肉を込めたニュアンスを出したかったのかも知れません。
では次に、〝that the Tarot might perhaps have done duty〟ですが、こちらは「タロットは役に立っていたかも知れない」、もしくは「義務を果たしていたかも知れない」というような意味になると思います。
得意の『愚直なまでの訳=愚直訳(私の造語です)』にしていますが、この〝duty〟がけっこう幅広く訳すことができそうなので、訳者によっては表現が変わりやすい箇所かも知れません。(ちなみに私が言う「愚直訳」は多分「逐語訳」と言うのがあっている気がするのですが、個人的に〝逐〟という漢字が嫌なので使わない方針でいきます)
〝duty〟と聞くと、Ayuこと浜崎あゆみさんが全身豹柄のタイツを着て、猫耳を付けていた「あの〝Duty〟のアルバムは本当にかわいかったなぁ♪」と、個人的にはそっちを思い出してしまいます。。。
本当に、かわいいんですよね。(実家にCDがあった気がするので気が向いたら撮って載せますね、久しぶりに私も見たくなりました^^)
また、「~かも知れない」という意味の〝might perhaps〟(「マイト・パーハップス」と読みますが)ですが、同じ「~かも知れない」の〝may〟よりも、可能性としては低く、確信もほとんどないというような違いがあるそうです。
また、かなり遠慮気味(控えめ)な言い方だそうです。
一般的に、〝might〟は〝may〟の過去形とされることもあるそうで、〝may〟は現在や未来のことを言うことが多いのに対し、〝might〟は過去や仮のことを指すことが多いそうです。
ですが、日本の英語には間違った解釈も多いと思っている私且つ、AI的にも「ちょっと違うんだよね」ということだそうなので、私は「違う」方で歩んでいきたいと思います。(厳密に言うと〝might〟も現在に使えるそうです)
そうですね。。。
「そういった可能性も、あるかも知れないよ?」と、あくまで断定ではなく、「可能性や仮定の話」ということを強調したかったのかも知れません。
では、先へ進みます。
続いて、〝and even originated〟ですが、こちらがちょっと難しいです。
と言いますのも、この部分だけを切り取って訳すとなると、「そして、起源を持っていたことさえ」というような意味になるのですが、恐らくここは、もう少し丁寧に訳した方が良い気がします。
早くも意訳的な感じになってしまいますが、これまでの文脈を加味しますと、「それに、(タロットそのものが)起源を持っていた可能性すらあるかも知れない」というような言い分になるかと思います。
そして、この後すぐに、その〝起源〟について語られているのですね。
それが〝as a secret symbolical language of the Albigensian sects〟とありまして、こちらが「アルビジョワ派の秘密の象徴的な言語として」というような感じでしょうか。
来ましたね、Symbol系の単語。。。
以前、さっと『symbolism/emblem/symbolの違い』ということについて触れましたが、また新たなSymbol系の単語が出てきましたか。(宜しければその時の記事もぜひ併せてご覧ください▶▶こちら)
〝symbolical〟さん、いらっしゃい。
ですが、ひとまずは「象徴的な」という訳(解釈)で良さそうですね。
意味として、あっている気がします。
それと、あまり重要ではないかも知れませんが、〝Albigeois〟=「アルビジョワ派」は「アルビジョア派」と言うことがあるそうなのですが、こちらはフランス語になります。
フランス語で、〝bourgeois〟と書いて「ブルジョワ」と読むように、本来は〝Albigeois〟も「アルビジョワ」と言う方が正しいのかな?と、個人的にはそのような感じがしております。
しかし日本では、「ブルジョワ」も「ブルジョア」と言う方が、もしかしたら耳馴染み的には良いかも知れません、私も若干その気があります。
また、「カタリ派」とも呼ぶそうなのですが、「全然違う(名前)じゃん、、、」という感じがするのですが、その辺については後ほど。
ちなみに、この「ブルジョワ(bourgeois)」も、元々は「中級階級や資本家階級の人たち」を表す言葉だそうで、基本的に〝ois〟と語尾に付く単語は、そういう〝族〟のようなものを指すことが多いみたいです。(他にも例えば〝Liégeois〟なら「リエージュ(ベルギー)の住民/民族」というように)
では、1度まとめてみましょう。
〝for it has not so far occurred to any one that the Tarot might perhaps have done duty and even originated as a secret symbolical language of the Albigensian sects〟
→ 何故ならそれは、これまで誰一人として、タロットがアルビジョワ派の秘密の象徴的な言語として義務を果たし、更には、タロットにそのような起源があったかも知れない可能性すらある、と思い付いた者はいなかったからです。
ちょっと長いのもあり、全部を拾おうとすると、日本語としてはやや重たく、やや不自然な印象がありますが、ここから整えていくのが楽しいのです。
でも、何事も『〝元〟を知ることは大事!!』だとも思います。
では、『まとめ』に入りましょう。
まとめ|結論・解説・考察
では、改めて今回の一文をご紹介します。
One brilliant opportunity has at least been missed, for it has not so far occurred to any one that the Tarot might perhaps have done duty and even originated as a secret symbolical language of the Albigen-sian sects.
Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より
そして、今回のこれまでの訳です。
→ 1つの輝かしい可能性は、少なくとも見逃されてきた
→ 何故ならそれは、これまで誰一人として、タロットがアルビジョワ派の秘密の象徴的な言語として義務を果たし、更には、タロットにそのような起源があったかも知れない可能性すらある、と思い付いた者はいなかったからです。
また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、改めて前回の結論もお伝えしておきます。
事実、これまでの解説のほとんどは、極めて狭い範囲の中だけに留まり、相対的に見ても、創造力という恩恵をほとんど受けていません。
最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。
少なくともこれまでに、眩いと言わんばかりの、ある1つの可能性は見逃され続けてきました。
それは――タロットがもしかすると、アルビジョワ派の秘密の象徴的な言語としての役割を担っていた可能性があり、更には、それがタロットの起源だったかも知れない――そんな発想すら、誰一人として思い浮かべたことはなかったからです。
はい、このように仕上げました。
いかがでしょうか。
生まれてこの方〝―(ダッシュ)〟なんて1度も使ったこともなかったのに、訳を始め、そして覚えてからは頻繁に使うようになりましたが、本当に便利ですね、これ。
では、お待ちかね。。。
アルビジョワ派について、少しお話しをさせてもらえたらと思います。
解説・考察
道中でも、各ポイントについては、けっこうお伝えしてきましたので、ここではあと2つほどお話しをして、そして最後に、アルビジョワ派についてお話しをして締め括りたいと思います。
世界史がお好きな方にとっても、アルビジョワ派はけっこうマニアックな領域らしいですよ。
知っていて損はないと思いますというのと、出来るだけ歴史に興味がない方でも、タロットに興味がない方でも楽しんでいただけるよう、さっと、わかりやすくまとめられたの思うので、ぜひ最後まで見てみてください^^
①〝opportunity(機会/可能性)〟と〝chance〟の違いは?
こちら、道中にお伝えすれば良かったのですが、何故か思ったままここまで来てしまいました。(すみません。。。)
気を取り直しまして、この一文で使われている〝opportunity(機会/可能性)〟なんですが、これ、みなさんは「〝chance〟じゃないの?」とは思いませんでしたか?
〝chance〟に、直接「可能性」という意味があるかないかは少し微妙ですが、「機会」といったら、私はまず〝chance〟を思い浮かべるんじゃないかな?と思いました。
ざっくりですが、簡単にこの2つの単語の違いを説明させてください。
- opportunity
∟ 好機、有利な状況
自分の努力や状況によって得られる「前向きな機会」
例:「チャンスを活かす」「機会を得る」など比較的ポジティブな文脈で使われやすい - chance
∟ 可能性、偶然性
良いことも悪いことも含む「確率的な可能性」
例:「雨が降る可能性」「失敗する可能性がある」など中立~ややネガティブなものも含む
つまり、〝opportunity〟は「やりたいことができる状況にある」というような可能性に対し、〝chance〟は「何かが起こるかも知れない確率」というような、可能性というよりかは確率と言う方がやや強い印象。
今回の一文(〝One brilliant opportunity has at least been missed〟)の使われ方ですと、恐らく、「あんなに光り輝いているのにも関わらず、それなのに誰の目にも留まることはないの?そんな馬鹿な?」とか「あんなに目立つんだから、手さえ伸ばせば届くのにねぇ、、、」というような言い分で、静か~な嫌味が込められているような気がします。(かなり主観が入っています)
もしこれが〝One brilliant chance〟だとしたなら、、、!?
訳そのものには、そこまでの変化はないと思いますが、意味としては「なんかうっかり見逃しちゃったー(てへっ)」みたいな感じで、雰囲気としては「宝くじ買い忘れちゃったー」くらいの軽さになるそうです。
ということで、〝opportunity〟と〝chance〟の違いについてでした。
②『秘密の象徴的な言語としての役割』とは?
はい、こちらも、日本語として言っていることはわかると思うのですが、実際、意味は伝わっていますか?
これまでにも同じようなことを何度か扱ってきていますので、日頃『タロットの世界』をご覧になってくださっている方でしたら、もしかしたら「こんなんかなぁ~」と想像がついている方もいらっしゃるかも知れません。
そうです。
あくまでも〝可能性〟の話になりますが、、、
確かに、タロットカードは元々、カードゲームとして作られた物だったのかも知れません。
ですが、もっと前の時代に遡りますと、芸術的な絵画だった、という可能性もあるかも知れません。
それらがいつの間にか〝占い〟という道具にもなっていたわけなのですが、これらはあくまでも表向きの話。。。
というような感じで、実は裏では、教義や哲学、思想なんかを伝える暗号のような役割を果たしていたのかも知れない――それがアルビジョワ派の人たちにとっての伝達手段だったのかも知れない――ということをウェイトは〝可能性〟として挙げているわけなんですね。
つまり、ここでの〝役割〟というのは、そのようなことを言っているのだと思うのです。
では何故、アルビジョワ派の人たちがそのような手段を用いらなくてはならなかったのか?(あくまでウェイトの考察で、真実かどうかは不明だそうです)
そこで『アルビジョワ派』について少し、我々も学んでみましょう!!
アルビジョワ派とは?
まず、アルビジョワ派には、『カタリ派』という呼び方もあります。
ざっくりお伝えしますと、、、
- アルビジョワ派
∟ フランス南部のアルビ地方の人々(地理的・歴史的な呼称) - カタリ派
∟ ギリシャ語で「純粋な」を意味し、思想的な呼称
どちらを中心に見るかでも、呼び方が変わるようです。
ウェイトは〝Albigensian sects(アルビジョワ派)〟と記述していますので、ここでは「アルビジョワ派」で統一していきたいと思います。
では、アルビジョワ派とは、一体どんな人たちのことを言うのでしょう?
キリスト教において〝異端〟とされた人たち――と言われることが多いようですが、個人的には、あまりこの言い方は好きではないのですが、一旦は感情は横に置いて、さらっとお伝えしていきますね。
「異端とは?」ということになると、またとんでもなく長くなってしまうので、細かいことは割愛しますが、ざっくり言えば、中世ヨーロッパの〝キリスト教カトリック〟の主流派とは異なる〝神の見方〟を持っていた人たち、だそうです。
宗教に限らず、元々1つだったものが、見方や思想の違いで枝分かれすることは、何処の世界にもある話ですよね。
さて、、、いきなりですが、みなさん『マニ教』という宗教はご存知でしょうか?
ゾロアスター教を母体に、ユダヤ教、キリスト教、仏教などの影響を受けていると言われている宗教だそうなのですが。。。
マニ教の特徴としては、まず強めの『二元論(善と悪、光明と暗黒など)』が挙げられるそうです。
「じゃぁ、キリスト教は?」と言いますと、、、
キリスト教にも、善(神)と悪(サタン)という構図がありますが、基本的には一神教(神は1人という考え=唯一神)で、『どんなにサタンが強くても最終的には神が勝つ』という、『非対称な二元論』という考え方だそうです。
一方マニ教は、『善と悪が対等で永遠に戦っている』という『強い二元論』という構造だそう。
さっとしか調べていませんが、始まりから違うんですね。
また例えば、〝物質〟に対する見方なんかにも違いがあります。
キリスト教は、物質は神様が創った物(創造物)としていますが、マニ教は「物質=悪」「霊=善」という捉え方だそうで、個人的には、マニ教がちょっと面白そうだなと思ってしまいました。
他にも、キリスト教では〝悪〟は『神に反逆する存在』として位置付けられていますが、マニ教では〝悪〟は『独立した原理』として存在しているのだとか。
たまたまなのですが、以前から読もうとしている『グノーシスの宗教』という本があるのですが(押入れに)、もしかしたらグノーシスの影響も受けているかも知れませんね、マニ教は。

初めて「買っといて良かった」と思えました。
とても〝本〟らしい分厚い本で、「読むより動画の方がいいや♪」と、いくつかの動画を見てグノーシスを勉強した気になっていたのですが、なんとなく、グノーシスの思想とマニ教の神の在り方が似ているような気がしました。(全然関係なかったらごめんなさい)
ようやく「読もうかな」という気になってきました。(笑)
余談でした、話を戻します。
そして、このマニ教の思想要素をキリスト教に取り入れたのが、アルビジョワ派と言われています。
ちなみに、マニ教の影響を受けた宗教は、アルビジョワ派以前にも他にもあったそうです。
ここだけのことを見ると、「特に悪いこともしていなければ、ただ自分たちが他に良いと思うものを取り入れただけじゃないの?」なんて思えてしまうのですが、どうしても異なる世界観というものには対立が起きてしまうんですね。。。
時にそれは、「どちらか一方を潰さなくてはいけない」というような力や、思い込みが働いてしまうのかも知れません。
そして〝異端〟という言葉で一括りにされてしまうのです。
世界中の歴史の中で何度も〝異端〟とされた人たちは、断罪、弾圧、迫害の対象となってきました。
そしてついに、アルビジョワ十字軍という軍が結成され、アルビジョワ派もまた、この十字軍によって激しい弾圧を受けたそうなのでした。。。
アルビジョワ派の起源は10世紀末~11世紀初頭とされていて、ウェイトの時代(20世紀初頭)とは、少なくとも700年以上の乖離があると思います。
また、現存する最古のタロットカードも14世紀頃のものなので、ウェイトは何を思って突如〝Albigensian sects〟と語ったのか、正直なところ、見当もつきません。
今のところ、これまでの『The Pictorial Key to the Tarot』の中にも、特にそのようなことを感じさせる文脈はなかったように思いますし、、、
もしかすると、アルビジョワ派が思想を持つ集団だったために、神秘好きなウェイトの何かが共鳴していたのかも知れませんが、これはもう、永遠に解けない謎かも知れません。。。しゅん。
実際のところ、この可能性について少し調べてみたのですが、直接的な証拠は見つかりませんでした。(あくまで〝仮説〟という印象です)
ですが〝可能性〟という話であれば、0ではないと思います。
アメリカの生態学の博士であるRobert V. O’Neill(ロバート・V・オニール)さんという方が書いた考察の中には、タロットの起源を巡る仮説として、アルビジョワ派とタロットの象徴体系に接点があったのではないかという意見もあるのです。
ただし、博士はウェイトの時代よりも100年程後の人物ですので、直接的な関連性は低いとは思いますが、タロットが初めて記録されたFerrara(フェラーラ)という都市に、アルビジョワ派の痕跡があった可能性を指摘していたりなんかもします。
また、タロットカードに見られる『二元論的な象徴(光と闇、塔や隠者のカードなど)』が、アルビジョワ派の世界観と響き合っている可能性があるというようなことも語っています。
こちら英語になりますが、実際の博士の記事です。(ちょっと広告が多くて読みづらいかも知れませんが、、、)
宜しければ読んでみてください。
『アルビジョワ十字軍とタロットの思想的接点についての考察(Robert O’Neill)』
Robert O’Neill: Albigensian Crusade | Tarot.com より
タロットって、世界規模で見ると、社会的に物凄い地位や権威のある人でも惹かれる分野なんですよね。
えぇ、えぇ、わかります。
わかりますよね?
ねっ?
それが日本だと、妙に煙たがられてしまったり、勘繰られたりしまったりなんかして、妙に話しづらい。。。(笑)
私からしたら、それこそ〝異端〟ですよ。。。ぼそっ(小声)
言い過ぎかな?
まっいっか♪
本当に「英語が話せていたらどんなに良かったか」と思う一方で、実は最近、「いや、そこまで英語ができなくて良かったのかも知れないなぁ」なんていうふうにも思ったりします。
何故なら、もし私が英語をまともに話せる人間だったのなら、きっと、こんなにも一文一文を丁寧に見ていくことはなかったと思うんです。
〝英語がペラペラ〟への憧れが消えるわけではありませんが、やはり『短所は長所』、なんでも表裏一体なのかも知れませんね。
ということで、私の大好きな言葉、『万事、塞翁が馬』がますます好きになりました。(良かったら調べてみてくださいね、本当に良い言葉だと思っていますので)
では、今回はこれで終わりになります。
最後まで見てくださり、ありがとうございました。
また次回。


