『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMPS MAJOR)』翻訳・解読【隠者】Vol.8 ~四大枢要徳 まとめ~

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こんにちは。

『タロットの世界』へようこそ。

ついに、この§2の「隠者」もようやく終わりが見えてきました。

今回を入れて、あと3回で完了する予定です。

最初は「一気に全部行ってしまおう!」と思ったのですが、念のため、難易度を確認してみました。

「ねぇねぇ、前回の文章の難易度を1として、MAX10までとしたら、残りの文章の難易度はどれくらいかな?」とAIに尋ねてみたところ、「7~9.5くらいです」との返答がありました。(汗)

予想の遥か斜め上を行く答えが返ってきたので思わず唖然。

「ならば、一つずつやろ~」と、すぐさま気持ちを切り替えました。

ということで、扱う文章そのものはそこまで多くはない(今回は二文あります)ものの、そこまで高い難易度とは一体……と、少し身構えてしまっています。

とは言え、私も内容は確認していないので楽しみです。

これまで、当時の「隠者」の一般的な呼称が語られ、描写について少し触れられ、あとはひたすら『四大枢要徳』だったわけですが、それも前回で一区切りとなりました。

残りの3回で何が語られるというのでしょうか。

早速、見ていきましょう!!

前回の記事はこちら

『The Pictorial Key to the Tarot(§2 TRUMPS MAJOR)』日本語訳|マルセイユタロット【隠者】Vol.7 | タロットの世界

§2の「隠者」を読み解きながら、魂の帰る場所、エネルギーの使い方、そして真の思慮の意味を丁寧に紹介します。四大枢要徳の最後となるPrudenceを原文に寄り添って解説し…

今回の文章:霊的な供給と需要の法則――その結論と、ここで触れる理由

今回扱う文章です。

The conclusion of the whole matter is a business proposition founded on the law of exchange: You cannot help getting what you seek in respect of the things that are Divine: it is the law of supply and demand.

I have mentioned these few matters at this point for two simple reasons:

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

一つ目の文章にはコロン(:)が2つ付いていますね。

これは、英文的には少しクセのある構造だそうです。

通常、英語では一つの文章にコロンが2つ付くことはないそうで、基本的には1つ。2つ必要な場合(他に説明が必要な場合)は、文章を別に分けるのが一般的とされています。

したがって、一つの文章の中にコロンを2つ用いるというのは、かなり独特な表現だそうです(間違っているということではないです)。

伝えたいこととしてよほど強調させかったのか、〝何かを説明:更に説明:更に何かを付け加えている〟という構成になっています。

また、二つ目の文章の文末にもコロンが付いていますが、こちらは、次回以降に扱う文章に対する前振りのような役割を果たしているかと思います。

では、本編に入ります。

よろしくお願いいたします。

一文目:求める者は必ず得られる――聖なる供給と需要

一つ目〝The conclusion of the whole matter is a business proposition founded on the law of exchange: You cannot help getting what you seek in respect of the things that are Divine: it is the law of supply and demand.〟を見ていきましょう。

少し長い文章なのでリストも多くなると思いきや、そこまででもありませんでした(ほっ)。

conclusion → 結論、結び、総括(最終的なまとめ)
whole → 全体の、全ての
matter → 事柄、問題、テーマ
proposition → 提案、申し出、命題
founded on → ~に基づいた、~を土台とした
seek → 求める、探す
law of exchange → 交換の法則
supply → 供給、与える側
demand → 需要、求める側

※ここでは一般的なものを挙げています。

これまでに登場した、7つの「~に関して」という表現の中で最も硬い(フォーマルな)ものを用いていきましたね。

念のため、「~に関して」一覧表を置いておきます。

表現意味・ニュアンス使われる場面
about最も一般的な「〜について」。ややカジュアルな印象日常会話
カジュアルなビジネス
concerning「〜に関して」。やや硬く、問題・懸念など深刻な話題にも報道・公的文章
説明文など
regarding「〜に関して」。現代的で自然なフォーマル表現ビジネス文書
公式な連絡・案内
as regards「〜に関して言えば」。やや格式あり、全体の話題導入に使われる書き言葉
論文や哲学的な語り
with reference to「〜に関して言えば」。やや古風で格式があり、構文重視の語りや文語的な導入に使われる書き言葉
古典的な論考・構造的な語り
as to「〜について言えば」。特定の要素に焦点をあてる補足的表現公式文書
説明文中の要素補足
in respect of「〜に関して」。契約・法律文書で使われる最も格式の高い表現契約書
法律関連文書

なんとなく、ビジネスでも使われそうな単語が混じっている雰囲気がする一方で(そんなわけないか…)、〝whole〟を見て「あっ、アラジンの曲のやつ」と、ご存知ディズニー映画で有名な、あのアラジンの主題歌『A whole new world』を思い出してしまいました。

しかし、同じ〝whole〟ではありますが、ここでの〝whole(「全体の」という意味)〟と、アラジンの〝whole(「完全に」というような意味)〟はまったく別の意味でした。

では、まず〝The conclusion of the whole matter is a business proposition〟ですが、こちらが「この件全体の結論は一つの商業的な提案です」というような意味です。

普通に「ビジネス的な提案」で良いと思いますが、一応直訳っぽくしておきました。

続いて〝founded on the law of exchange〟ですが、こちらが「交換の法則に基づいている」という意味だと思います。

次に〝 You cannot help getting〟とありまして、こちらが「あなたは手に入れずにはいられない」という意味です。

この〝cannot help ~ing〟は「~せずにはいられない(どうしても~避けることできない)」という意味の熟語なのですが、私はこういう表現、なんだか好きです。

何故かはわかりませんが、私は普通に日本で生まれ育った超日本人なのですが、どういうわけか「楽しみで仕方ない」と言うより「I can't wait!!(私は待てない)」と言う方が、「楽しみで仕方ない」ということがよりダイレクトに伝わってくる気がしてしまうんですね。

あまりじっくりと考えたことはないのですが、なんとなく、この〝cannot help ~ing〟からも同じニオイがして好きな気がしました(余談でした)。

訳としては「あなたは手に入れずにはいられない」ですが、意味としては「どうしても手にれることを避けることができない」、つまり「結果として必ず手に入る」というようなことを含むそうです。

そして〝what you seek in respect of the things that are Divine〟とありまして、こちらが「あなたが求める、霊的な事柄に関しては」というような意味かと思います。

また〝Divine〟がやってきました…。

前回登場した際には「神的な(エクスタシー)」と訳しましたが、ここでは「神聖な」とか「霊的な」という方が合っているかも知れません。また全体の雰囲気を見てから決めましょう。

最後に〝it is the law of supply and demand〟ですが、こちらは「それは供給と需要の法則です」という意味です。

日本語では〝需要と供給〟と言う方が自然なのでしょうけど、英語圏では「供給と需要」と言う方が定着しているそうです。

諸説あるようですが、英語圏では〝supply(供給)=原因 → demand(需要)=結果〟という経済を中心とした自然な構造で、日本の〝需要(欲しい) → 供給(人間の欲求に応じる/与える)〟は、人間中心という構造になっているそうです。

同じ言葉を用いつつ、ただ順番を入れ替えたからと言って、内容が反対になるということでもなく、そもそもが別の内容を表現しているのが面白いですよね。

やはり、ビジネスっぽい雰囲気のある文章で間違いなかったのかも知れません。

また、ジャンルは異なりますが、日本語で言う「白黒」も、英語圏では〝Black and White〟だったりしますよね。

面白いなーと思います。

では、一度まとめてみましょう。

〝The conclusion of the whole matter is a business proposition founded on the law of exchange: You cannot help getting what you seek in respect of the things that are Divine: it is the law of supply and demand.〟

この件全体の結論は交換の法則に基づいた一つの商業的な提案である。霊的な事柄に関してあなたが求めるものを、あなたは得ずにはいられません。それは供給と需要の法則です

まずは、このような形に整えました。

はっきりとはわかりにくいものの、なんとなく言っていることの意味は伝わる気がしますよね。

また、日本語訳としては「需要と供給」とした方が正解なのかも知れませんが、先程お伝えしました通り、英語圏と日本では根本的にベースが異なりましたよね。

そうした違いは解釈に影響すると思ったので、敢えて英語圏の並びである「供給と需要」と採用しました。

何故、突然ビジネス的な雰囲気を取り入れたのかは定かではありませんが、訳文を基に考えてみます。

まず、〝求めるもの〟と〝得ずにはいられない(つまり得られるもの)〟という関係がありますよね。

日本的な「需要と供給」の発想では、まずは、あなたが求めるという需要があり、それに応じて供給が生まれます(得られる)。

つまり、基準が〝あなた〟なのです。

一方、英語的な「供給と需要」の発想は、まず、供給という仕組みが先に存在し(例えば市場とか)、その既にあるものに対してあなたが求めるという流れになっているのだと思います。

こちらは、ある仕組みに対し、〝あなた〟が後から加わるという構造になっているかと思います。

ですので、日本語訳的な正解を選んでしまうと、恐らく、ウェイトの狙いとするところからは少し離れてしまうように思いました。

「あなたが求めるものは何でも神が応じてくれるよ」でも間違いではないと思うのですが、「神はいつでもあなたが求めるものを持っていて、あなたが求めればいつでも差し出せるんだよ」と、神が主体となっている方がウェイトの世界観には合っている気がしました。

それと冒頭でお伝えしたコロン(:)についても、少しお話しをさせていただきたいのですが…。

訳文に用いりますと、次のようになるんです。

①この件全体の結論は交換の法則に基づいた一つの商業的な提案である
②霊的な事柄に関してあなたが求めるものを、あなたは得ずにはいられません
③それは供給と需要の法則です。

このような並びになり、

「①の結論とは何か?」→ ②で説明しますよ
「何故必ず手に入ると言えるのか?(②)」→ ③で説明しますよ

というような流れになっていると思います。

しかし、「コロンを2つ用いらなくてはできないような説明だったのだろうか」「そこまでして一文に収めなくてはいけないような内容だったのだろうか」と、個人的にはそのように思ってしまいます。

ですが、きっとウェイトにとっては、この『結論(得る)→内容(求める)→理由(法則)』という論理的な構造を、一つのまとまりとして一文にしたかったのではないかと、AIが言っていまして(笑)、私も「なるほど!!」と思ってしまいました。

ちなみに、AIと言っていますが、私は複数のAIに同じ質問を投げ掛けています。

AIも様々で、それぞれに得意不得意があるようです。
この回答を導き出したAIもひとり…(何と数えるのが良いのでしょう?)だけだったのですが、これは鋭いと感じ、ぜひ共有したいと思いました。

ということで、神秘主義とビジネス(経済)がコラボするという意外な一文でしたね。でもなんだか通じ合っていると言いますか……。

ちょっと細かい点かも知れませんけど、私も気になってしまって調べずにはいられませんでした。

I could not help searching!! lol(今でもlolって使うのかしら…笑)

では、次の文章へ参りましょう。

二文目:何故今語るのか――単純な二つの理由

二つ目の文章は〝I have mentioned these few matters at this point for two simple reasons:〟です。

こちらはこのまま行けそうなので、このまま進めていきます。

一気にいきますね。

〝I have mentioned these few matters at this point for two simple reasons:〟

→ 私はこの時点で、これらのいくつかの事柄を、二つの単純な理由のために述べてきた。

日本語としては少し違和感がありますが、意味は伝わりますよね。

先に意訳してしまいますが、要するに、「これまでいくつかのことを取り上げてきたのは、実はとても単純な二つの理由からだよ」というようなことを言っていて、そして次回以降にその二つの理由が語られるという流れになるのだと思います。

ただし、「これら」というのが何処からどの辺りのことを指すのかがいまいちわかりません。

恐らくは、ここ最近で取り上げてた『四大枢要徳』を指しているのだと思いますが、もしかしたら「隠者」全体、あるいは§2全体(あるいはもっと前から……)を指している可能性も考えられます。

はっきり主張しない時のウェイトは、文字通りではないことがあるので少し注意が必要です。(笑)

至ってシンプルな一文に見えるものの、〝at〟以降の順番を少し迷いました。

「意味としてはどっちだって一緒じゃない?」という自分もいるのですが、まずはやはり文法に沿った直訳を目指したいです。

それから、我々日本人が読んでも「なるほど」と、できるだけ理解しやすい文章にしたいです。

どうでもいいことかも知れないのですが、漢数字と英数字の使い方がいまいち定まらないんですよね……ぼそっ(まっいいか)。

では、まとめに入りましょう。

まとめ

改めて、今回扱った文章をご紹介します。

The conclusion of the whole matter is a business proposition founded on the law of exchange: You cannot help getting what you seek in respect of the things that are Divine: it is the law of supply and demand.
I have mentioned these few matters at this point for two simple reasons:

Arthur Edward Waite
『The Pictorial Key to the Tarot』より

また、これまでの流れも把握できた方がわかりやすいと思うので、前回の結論もお伝えしておきます。

(d)思慮とは、最も抵抗の少ない道を辿る節約であり、魂が元来た場所へ戻ることを可能にするためのものである。
それは、この人生に生じる重圧や恐れ、そして数々の煩わしさ故の、神聖な倹約とエネルギー保存の教義でもある。
これに対応する助言は、真の思慮とは唯一必要なことに関心を向けることであり、その公理は〝無駄がなければ、不足なし〟ということである。

そして、今回のこれまでの訳です(多少不自然でも、なるべく原文に手を加えずダイレクトに訳したものになります)。

この件全体の結論は交換の法則に基づいた一つの商業的な提案である。霊的な事柄に関してあなたが求めるものを、あなたは得ずにはいられません。それは供給と需要の法則です

→ 私はこの時点で、これらのいくつかの事柄を、二つの単純な理由のために述べてきた。

最後に、本文の内容をより忠実に整えた(当サイト比)訳がこちらです。

この件全体の結論は交換の法則に基づく一つの取引だということである。神聖な事柄に関して言えば、求めるものを得られぬわけがない。それが供給と需要の法則である。
私がこの段階でこれらの点について触れたのには、二つの単純な理由からである。

このような形に整えました。

「商業的な提案」を「取引」とし、「霊的な」としていたのを、やはり「神聖な」と訳しました。

文章の内容自体はご理解いただけていてるのではないかと思います。

神聖な事柄、つまり神聖な領域に属することですよね(私はついそれを〝精神面〟と一括りにしたくなってしまうのですが…)。

ただひたすらに自分の内側にあるものに関して求めれば、それが手に入らないわけがないと言っていて、それはもう法則のようなものだと伝えているようです。

そこで、今回の内容そのものは理解できたものとして、でも実際には、「この件全体」の結論としてこのことを述べているわけですよね。

で、あるならば――

せっかくなので、「この件全体」が『四大枢要徳』を指してると見なして、この法則について、もう少し一人会議を始めたいと思います。

宜しければ、みなさまにもご参列賜わりたく存じます(むしろ、この後の方が重要かも知れません。自分で言うのもなんですが…)。

ぜひ、最後までお付き合いくださいね。

解説・考察

はい、では早速なんですが、まずは『四大枢要徳』について、おさらいをしたいと思います。

四大枢要徳

  • 思慮(Prudence):よく考えて正しい判断をする力。
  • 正義(Justice):人に公平に接し、約束や義務を守ること。
  • 剛毅(Fortitude):困難や恐れに負けずに立ち向かう強さ。
  • 節制(Temperance):欲望や感情を抑えて、バランスを保つこと。

まず基本的に、一般的な『四大枢要徳』は、この四つの項目が挙げられます。

この並びが絶対ということでもないそうなのですが、伝統的且つ一般的とされている順番を並べています。

ちなみに、「何故この順番なの?」という根拠がなくては、これから語るウェイトの再表現とどのような違いがあるのかがわかりませんから、この順番が伝統的とされている理由を要点だけさっとまとめておきます。

何故この順番なのか?

① 思慮(Prudence):よく考えて正しい判断をする力
 「何を善とし、何を求めるか」を判断する力(徳)なので、他の徳を正しく動かすための最初の司令塔となる。

② 正義(Justice):人に公平に接し、約束や義務を守ること
 思慮によって判断した善を、他者との関係において実行する徳とされ、正義は社会秩序の基礎であるため、思慮の次に位置付けられるとされていた。つまり、まず正しく判断し、次に正しく行うという構造。

③ 剛毅(Fortitude):困難や恐れに負けずに立ち向かう強さ
 正義を実行する際に生じる困難に耐えるための力。正義を貫こうとすると必ず困難が生じる。その困難に折れないために「剛毅」が必要となり、正義の後に置かれる。

④ 節制(Temperance):欲望や感情を抑えて、バランスを保つこと
 内側の欲望や衝動を整える徳。最も内面的な徳であり、他の徳を支える最後の基礎とされる。

※ここでは古代ギリシャの哲学から始まり、 ローマを経てキリスト教へと受け継がれ、最終的にロッカセッカ(現在のイタリア)出身の神学者、及び哲学者であるトマス・アクィナスによって体系化されたものをお伝えしています。

つまり、この順番は明確に――

① 思慮:方向を決める

② 正義:行動を決める

③ 剛毅:行動を守る

④ 節制:内面を整える

と、外側から内側へという流れになっていると思います。

いかがでしょう。

みなさんは「うんうん、なるほど」となりますでしょうか?

正直、私は「うーん」という気持ちです。

この流れに沿って言うと、物事の始まりは思慮、つまり思考的なところになりますよね。

それが間違っているということではないのですが、個人的には、考えるまでもなくお菓子に手が伸びていたり、手に取ってから「あれ、私、今グラスを持とうなんて思わなかったよな。喉乾いてたのかな?」と思うことがよくあり、そのことを鑑みますと、この流れ(運び)は私にはあまり響きません。

もしかしたら、物凄く見当違いなことを言っているかも知れませんが…。

また特にお伝えしていませんが、私は相変わらずスピノザを追いかけていて、その中で『心身平行論』という仕組みを知ったのですが、私はこの考え方にも「あー本当だー」と思ってしまい、その仕組みを軸にして考えますと、この流れは完全に真逆のことを言っているのですね。

これはあくまで私的な考えですが、そのような点も踏まえ、ここからウェイトが再表現した四大枢要徳(当サイト訳文)を挙げていきたいと思います。

ウェイトが再表現した四大枢要徳

(a)超越的な正義
 それは天秤が神の側へ大きく傾き、深く沈み込んだ時のアンバランスな状態である。それに対応する助言は――あなたが悪魔相手に一世一代の大勝負をする時には、いかさまのサイコロすら使え――ということである。その真理は〝神か、さもなくば無か〟である。

(b)神的なエクスタシー(節制)
 〝節制〟と呼ばれるものに対する均衡とされ、その兆しは酒場の灯りが消えることだと私は確信している。それに対応する助言とは――父の国では新しいワインだけを飲むこと――何故なら、神は万物の全てであるからである。その真理は、人間が理性的な存在であるからこそ、神に陶酔せねばならず、その典型例がスピノザである。

(c)王なる不屈の精神(剛毅)
 それは象牙の塔や金の家と並び、人間ではなく〝敵の前に立つ力の塔〟となった神であり、そしてその家の外へ敵は追い払われたのである。これに対応する助言は、人間は死を目前にしても自分を惜しんではならないということであり、その犠牲は――どのような道であっても――自分の目的を確実にする最善であると確信しなければならない。その真理とは、人間が敢えて自分を失うほどにまで高められた強さこそ、神がどのように見出されるのかを人間に示し、その拠り所は……であるからこそ、思い切って学ぶが良い。

(d)思慮
 思慮とは、最も抵抗の少ない道を辿る節約であり、魂が元来た場所へ戻ることを可能にするためのものである。それは、この人生に生じる重圧や恐れ、そして数々の煩わしさ故の、神聖な倹約とエネルギー保存の教義でもある。これに対応する助言は、真の思慮とは唯一必要なことに関心を向けることであり、その公理は〝無駄がなければ、不足なし〟ということである。

それぞれの項目をクリックすると、より詳しい解説をした記事に飛べますので、宜しければぜひそちらもご覧ください。

おおおおおっ!?

なんと!!

今までまるで意識していなかったことがばれてしまうのですが、ウェイトはこれまでの四大枢要徳とは違う順番で語っていたのですね!!

この並びについては、特に今の段階では触れられていませんが、(a)から順に書かれているものが、ウェイトの思う四大枢要徳の順番と解釈しても差し支えないでしょう(という前提でこの後の話も進めます)。

まるで、スピノザ論ですね。

ウェイトの思う四大枢要徳も、思慮となるもの(つまり思考や意識的なもの)が最後に来ているんですね。

「え?今更?」と思われた方もいらっしゃるかも知れませんが、すみません。

私は毎日訳に追われる身で、訳す=理解するのでいっぱいいっぱいなんです。(汗)

まったく気が付きませんでした。

つまり、従来の四大枢要徳では、

思慮 → 正義 → 剛毅 → 節制(思考 → 行動 → 困難に耐える → 欲の調整)

という並びだったのに対し、ウェイトは

正義 → 節制 → 剛毅 → 思慮(行動 → 欲の調整 → 困難に耐える → 思考)

と再表現…と言いますか、もはや再解釈ですよね。(笑)

いえ、作り変えていると言っても過言ではないと思います!!

あっ、なるほど。だから『再表現』なんですね。

もはやこれまでの四大枢要徳と、ウェイトの四大枢要徳は別物と捉えた方が良いと思います。

ちなみに私も、ウェイトの四大枢要徳の方が、私の体的には馴染みが良いです(もちろん「どちらが…」ということではありませんが)。

先程の私のお菓子の件なんて、まさにウェイトの四大枢要徳とぴったりではないでしょうか!?

それでなんですが…あくまでここまでは前座。

あくまで前置きで、ここからが本題になるのですが…。(笑)

従来の『四大枢要徳』を物凄く簡単に平たく言うと、そもそもは社会的な秩序を保つために「理性による統制が必要だ」と考えられたことから生まれ、その並びも〝社会を維持するための順番〟として構成されたそうなのです。

そして後に、キリスト教では信徒を導くための「道徳の枠組みが必要だ」と考えられ、そこにトマス・アクィナスが〝神に近付くための徳〟として再構成したようです。

そして今回、ウェイトが再表現した『四大枢要徳』が、「交換の法則(供給と需要)」に基づく取引だとするなら、それは一体どういうことなのか?と、やっとそこに足を踏み入れることができるわけなのですね。

というわけで、まずは従来の四大枢要徳と、ウェイトが再表現した四大枢要徳は〝別物〟という前提で、これからの考察をお話しさせていただければと思います。

「取引」と聞くと、普通は何か商談のようなシーンを思い浮かべるのでしょうか。

私は漫画やアニメの見過ぎなのか、すぐに麻薬の取引的なことを思い浮かべてしまいます。

ですが、私たちが生きている中で最も身近な取引と言えば、やはり〝買い物〟ではないでしょうか。

私たちはお店に並ぶ商品(ネットショップ等も含め)を、お金という対価を支払って得ています。

しかし〝対価〟という言い方は、この地球というシステム上の話であり、厳密には、あくまで〝お金〟という物質を差し出すことで『交換(取引)』が成り立っているとも考えられます。

この構造こそ、ウェイトの言う『供給と需要』のイメージそのものだと思います。

「では、ウェイトの文脈で言うところの〝お金〟に相当するものは何なのか?」ということになると思うのですが、それが『四大枢要徳』にある四つの〝徳〟ということなのだと思います。

少しイメージしづらいかも知れませんが、私たちが〝ある商品とお金を交換〟することが当然であるように、ウェイトの文脈(世界観)では〝神が用意している霊的なものと徳を交換〟することが当たり前(とは言っていませんが)のことなのかも知れません。

もう一度訳文を見ていただきたいのですが、と言いながら、私が見たいだけなのですが…。(笑)

この件全体の結論は交換の法則に基づく一つの取引だということである。神聖な事柄に関して言えば、求めるものを得られぬわけがない。それが供給と需要の法則である。
私がこの段階でこれらの点について触れたのには、二つの単純な理由からである。

先程お伝えしましたが、「神聖な事柄」というのは、神聖な領域に属する事柄=つまり、私は精神面ないし自分の内側に存在するものを指しているという解釈なのですが、要するに「神聖な領域において求めたものは必ず返ってくる、けどそれは〝徳〟と交換ね」ということを言っているのだと思います。

ここまでは大丈夫そうですよね。

続いて、「では、その〝徳〟とは一体どういう単位で支払われる(交換できる)のか?」という疑問が湧いてくると思います。

湧いてきますよね?

ねっ。

そこで私は考えました。

一つは、この四つの枢要徳のうち、どれか一つを示せば良いのか。

もう一つは、この四つの枢要徳を一つのセットとして見れば良いのか。

恐らく、私は後者だと踏んでいます。

似たようなイメージとして、「徳を積む」という言葉を想像された方もいらっしゃるかも知れませんが、こちらはどちらかと言うと、ポイント制のような印象があり、恐らくそのようなイメージで捉えている方が大半だと思います(つまり、善い行いを繰り返すと良いことが返ってくる、というイメージ)。

しかし、ウェイトは『交換の法則は必ず得られる』と断言しています。

つまり、単発の善い行いを1ポイントのようなものとして見るのではなく、得られるまでの四つの工程(=ウェイトの四大枢要徳)を一つとし、それを取引の交換単位として扱っているのだと思います。

なんとなくでも伝わっていますでしょうか…心配。

最後にもう少し踏み込んでみたいと思うのですが、あまり詳細まで語ってしまうとまた膨大な量になってしまうので、ここからは私の主観多めで進めさせていただきます。

詳細は、また気が向けば、別に記事を設けたいと思います。

さて、従来の四大枢要徳と、ウェイトが再表現した四大枢要徳は、 そもそも目的も構造もまったく異なるものだという見解をお伝えしてきました。

ここで更なる理解を求め、ウェイトが示した『交換の法則』と『四大枢要徳』を、実際に現代の私たちの生活に落とし込んでみたらどのようなことが起きるのかという点について触れてみたいと思います。

ここでは例として、誰しもが一度は抱いたことのある「お金持ちになりたい」という願望を使って考えてみたいと思います。

「え?お金持ちって思い切り外側の話じゃね?」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。

確かに〝お金持ち〟は 一見外側的な願望に思えますが、実際のところ、その多くは内面の何かしらに直結することがほとんどです。

つまり、この場合「お金持ちになりたい」という願望そのものではなく、 その願望を通して欲している〝内面の状態〟こそが『交換の法則』における「求めるもの」になると思います。

では、「お金持ちになりたい」という願望の根底には何があるのでしょうか。

結論だけをお伝えしてしまい恐縮ですが、大抵の場合そのほとんどが、安心や自由、自己の承認なんかに結び付くことが多いです(もちろん人によって様々ですが)。

つまり、表面的には「お金持ちになりたい」でも、内面的な部分では精神的な安心や自由を求めていると言い換えることができます(個人的には〝神聖化〟と呼びたいです)。

ここでは一つに絞って、精神的な〝安心〟を求めていると仮定します。

それを、ウェイトの『四大枢要徳』のそれぞれに当てはめ、四つで1セットの〝徳〟として交換できる状態に変換してみます。

その〝徳〟が『交換の法則』によってどのように〝安心〟と取引されるのか――想像だけでも試しにしてみましょう(上手くいくかな…笑)。

繰り返しになりますが、ウェイトの『四大枢要徳』はこのようなプロセスです。

① 正義(行動)
② 節制
(欲の調整)
③ 剛毅
(困難に耐える)
④ 思慮
(方向性が決まる)

〝安心〟を得るために、これらの工程全てに「〝安心〟を得るためには?」という視点を取り入れ自分なりの回答を導き出します。

ちなみに、超極端だとはわかりつつも、敢えて私の極端な思考をそのまま反映させてみたいと思います。

良い悪いは人それぞれだと思いますが、あくまで私個人の解釈として受け止めていただけたら幸いです(ではっ)。

① 正義:安心を得るために必要な具体的な行動を決める
 ・自分を安心させない全てのことから身を遠ざける
 → まずは自分にとって安心じゃないものを一掃する

(極端は承知で)ウェイトの文脈では、天秤を神の側に深く沈み込ませる=思い切り傾かせると述べています。つまり、一世一代の大勝負事と言えるような行動こそが『超越的な正義』なのだと思います。
「いかさまをしてでも勝つ勢いではないとだめだ」と解釈しており、安全策を残すようでは大した傾きにはならないと考えます。誰に何と言われようと振り切れるくらいの行動が必要なのだと思います。

② 節制:どんなに不安が訪れようとひたすら安心に酔う
 ・不安と思っていることが実は不安じゃないかも知れない
 ・スピノザ精神で乗り切れ
 → 現実と思えるあらゆる不安を無視し、ひたすら自分の中にある安心に酔う

ウェイトは『真の節制』とは「本来何かを我慢することではない」というようなことを述べています。むしろ世俗的なものに気を取られるのではなく、自分の内側にある神的なエクスタシー(ここでは〝安心〟ということになると思います)に酔いしれることだと促しているようにも思います。
そのため、現実のあらゆる不安はもはや幻想と言ってもいいくらの描写なのではないかと解釈しました。不安を感じているようでは全然酔いが足りないとうことではないでしょうか。(笑)

③ 剛毅:死を恐れず、目的のために自分を差し出す
 ・孤独や弱さ、あらゆる障害を感じても決して折れない
 → 最悪、神が何とかしてくれるから、それすら学びだと思い自分(望み)を諦めない

当記事では詳しく触れていませんが(詳細はこちらをご覧ください)、ダビデ王の最も悲惨且つ過酷な場面を引用し、「どんな状況下に置かれても自分の信念を曲げるな」というようなことを伝えているのだと解釈しています。「自分を惜しんではならない」という言葉は、結局のところ、自我が脅かされるほどの極限状況にあったとしても、自分の望みを手放してはいけないということだと思いました。
個人的には、②よりも更に強い不安に襲われる局面だと感じられ、だからこそ「剛毅」=『王なる不屈の精神』が必要なのだと思いました。

④ 思慮:必要な場面にこそエネルギーを使い、無駄な浪費は避ける
 ・欲しくもない煩わしさのために自分を使うことなかれ
 ・自分という限られたエネルギーを倹約し、慎重に消費する
 → 本来、魂が望む場所への帰還

例え①~③の全てを遂行できたとしても、それでもこの地球という不思議なシステムが存在する中で生きている限り、避けられない何かは必ず起きます(ウェイトはこれを「人生に生じる重圧や恐れ、数々の煩わしさ」と明言しています)。だからこそウェイトは、そうした避けがたい事柄に対しては「最も抵抗が少ない道を選び、限りあるエネルギー(自分)を賢く消費しなさい」と伝えているのだと思います。これは現代にも通じることかも知れません。
また一見すると、「没頭できる何かがなければ一つのことに集中するのは難しいのでは?」と感じられる方もいらっしゃるかも知れませんが、ここで言う集中とは、余計なことを考えていない状態を指すのだと思います。つまり、余計なことを考えるからこそ(ここでは)不安が生まれるという仕組みが出来上がり、本来向ける必要のない部分にエネルギーを使うことになるのです。
つまるところ、月並みな表現にはなりますが「今に集中しろ」ということに集約されるのだと思いました。

いかがでしょう。

『取引』は成立しましたでしょうか。

どうしても想像の範囲ですから、「言うは易く行うは難し」ということは否定できません。

あとは神のみぞ知るならぬ、行動した者のみぞ知る――ということかも知れません。

また、今回は(かなりざっくりではありますが)具体例を挙げるため、「お金持ちになりたい」という外側的な願望から〝安心〟という内面に関わる感情を取り出しました。

ですが、実際そこに行き着くまでには、数々のエゴが覆い被さり、層のように積み重なっていることもあります(つまり、とても見えにくいということです)。

そのため、あまり安易に直結することはおすすめしません。「こういう見方もあるんだな」くらいの気持ちで受け止めていただけると良いかなと思います。

あまり大きな声では言えませんが、実は私自身も上記と似たような経験をしたことがあるんです。

もちろん、『交換の法則』だと知っていたわけはありませんが、本当にダビデ王を思わせるような極限の状態だった時がありました。

確かにその頃の私は、良い意味でも悪い意味でも諦め…いえ、開き直っていたと思います。

「我々人間が想像もできないようなことが起きる」とは言いませんが、当事者である私の想像を遥かに超える出来事が起こりました。

ちなみに、ぱっと思い付く限りでも、人生でこのようなことを三回ほど経験しています。

とは言え、一度きりの人生において生命の危機を感じるような場面に何度も遭遇するのはあまり良いことだとは思えませんが(笑)、ウェイトが言っていることも、私は「全然ない話じゃないだろうなー」と思いました。

では、今回は以上となります。

訳自体は然程難しくなかったものの、確かに難易度としては(10段階評価中)7~9.5と言われてもおかしくない内容でしたね。

いやぁ~疲れました。満身創痍です。(笑)

ここのところ、ずっとPCをいじっていて少し目の調子が悪い感じがあります。

もしかすると一週間ほど更新をお休みするかも知れません(しないかも知れませんけど)。

「隠者」も残すところ、あと二回なので止まりたくない気持ちもあるのですが、ちょっと少しばかり運動がてら雪かきでもしようかと思います。

本当にいつも最後まで見てくださり、ありがとうございます。

また次回、お会いしましょう。

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